↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した悪役令嬢ですが、悪事で残業ばかりしていたら、王子が定時で終われとルールを定めてきます  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/31

第9話「告発状は3通目です」

所在申告書は、自分で様式から作った。


時刻の列、場所の列、行動の列。17時から翌朝9時までを30分ごとに割って、全部埋めた。夕食。入浴。それから机。最後に就寝。就寝の欄には『就寝(推定)』と書いた。寝ているあいだの所在を自分で申告するのは、原理的に無理がある。


30分の枠がひとつも空いていない。これで文句はないはずだ。


王宮の執務室の前で、ヨアヒム・ブラント様が出てきて書類を受け取った。


「お預かりします、公爵令嬢。殿下へお渡ししておきます」


「ご本人にお渡ししたいのですが」


「いま東の使節の方々とご一緒です。あと4分で出てこられます」


4分。分単位で把握されている。なんで4分って分かるの。


待つあいだ、私は廊下に立って、この人の手が動くのを見ていた。


使いの者が来る。ヨアヒム様が受け取る。封を切り、通す分と止める分に分ける。門番が指示を仰ぎに来る。ヨアヒム様が答える。日程表を挟んだ板が運ばれてくる。ヨアヒム様が1行書き換えて返す。


王宮の門の通行証も、ここで1枚ずつ数えられて配られていた。殿下の1日のかたちが、この廊下で決まっている。


便利な人だ。仕事を持ってくる人はいくらでもいる。仕分ける人が、この王宮にはひとりしかいない。


「ヨアヒム様。先日の見張りの件ですけれど」


「2名の手配でしたら、いつでも」


「殿下は、伝える相手がいないとおっしゃったんです。ヨアヒム様がここにいらっしゃるのに」


ヨアヒム様は封を切る手を止めずに、少しだけ首を傾げた。


「私がお預かりしているのは、殿下の手の届く範囲までです。書類と日程と、人の出入り。夜のことまでは伺っておりません」


丁寧な声だった。丁寧すぎて、断られたのか慰められたのか分からない。


扉が開いて、殿下が出てきた。


「申告書を読んだ」


早い。ヨアヒム様が渡してから、たぶん1分も経っていない。


「30分ごとに割ってあります。前世の勤怠表より精度が高いです」


「就寝、推定、とある」


30分ごとに割った表から、殿下が拾ったのは『推定』の2文字だった。中身のほうには、一度も触らない。


「そこは自己申告の限界です」


「つまり、申告では足りない」


嫌な予感がした。


殿下は折り目のついた紙を取り出して、廊下の窓枠の上で広げた。第7条の行に、二重線が引かれる。その下に新しい一行が伸びていった。


『第7条を改める。就業時間外、ウィンズロウ公爵令嬢は上司の視界にあること』


「視界」


「そうだ」


「それはもう勤務ではありません。監視です」


「これは仕事ではない」


言い返そうとして、言葉が出てこなかった。


仕事ではない、というのは否定の言葉のはずだ。監視ではない、でも、管理でもない。ではいったい何なのかというと、この人は続きを言わない。言わないまま紙を畳んで、内ポケットへ戻した。


そこで、ひとつ腑に落ちたことがある。


17時の鐘のあと、私はいつも王家の馬車に乗せられてきた。うちの馬車は帰されている。あれを私は、定時退勤の徹底なのだと思っていた。上司が部下を家まで押し込んで、確実に終業させているのだと。


違った。あれは17時から公爵邸の門までのあいだ、私を視界に入れておくための時間だ。条文になる前から、この人はもう運用していた。


「殿下。今日の17時以降、私はどこにいれば」


「私の見えるところだ。場所は毎日変わる」


「行き先は事前に教えていただけます?」


「教える」


意外と融通が利く。


殿下は次の用へ歩いていった。ヨアヒム様が板を抱えて後ろにつく。廊下の角を曲がるところで、殿下だけが先に扉の中へ入り、ヨアヒム様は扉の外に残った。


残った人のところへ、別の使いが封書を届けた。


私は階段を降りかけていた。降りかけて、背中で聞いた。さっきの、丁寧すぎる声だ。


「告発状は3通目です。夜会までには揃いますよ」


足が止まった。


告発状。


表書きに『ウィンズロウ公爵令嬢の悪行について』とあった、あの束。誰かが書いた紙が封をされて王宮へ届いている。あの厚み。あれが3通目まで来ている。そして夏至の夜会までに揃う予定になっている。


揃う。揃うというのは、数が足りて、使える形になるということだ。


つまり夜会で読み上げられる。罪状として。


胸の奥が鳴った。前世で、出したことも忘れていた申請が通ったときの音に似ている。


殿下は却下しかしない。第5条を盾に、私の退職を90日ぶん止め続けるつもりでいる。でも、罪状のほうが先に揃ってしまったら? 上司の承認が要るのは退職のほうで、断罪ではない。


誰かが私の退職の書類を、私の代わりに整えてくれている。


階段を戻って、廊下の角から顔を出した。ヨアヒム様が封書を胸の内へしまうところだった。赤い封蝋。通す分の山にも、止める分の山にも入らなかった。私に気づくと、丁寧に礼をする。


「何かお忘れものでしょうか、公爵令嬢」


「いいえ。お仕事のお邪魔をしました」


私は深く頭を下げた。


どうか夜会までに、全部揃いますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。