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転生した悪役令嬢ですが、悪事で残業ばかりしていたら、王子が定時で終われとルールを定めてきます  作者: 夜凪 蒼


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第6話「昼休憩は取るものだと、悪役令嬢は知らなかった」

12時の食堂に、私はいない。


前世からそうだった。昼を1時間まるまる休むと、その1時間ぶんが夕方にそのまま残る。だから昼は手を動かす時間に充てる。片手にパン、もう片方に書類。これが正しい時間の使い方だと、29年間信じていた。


いま片手にあるのはパンで、もう片方にあるのは鍵束だ。


食堂の東壁に当番表が貼ってある。ネリー・ハルトマンの名前は今週も3つ入っていた。花壇、配膳、礼拝堂の蝋燭。彼女は昼のあいだ中庭と食堂を往復していて、この鍵束を配膳台に置きっぱなしにする。掛け違えておけば、午後の当番が順番に遅れていく。


悪事である。時刻は12時を回っている。就業時間内である。何の問題もない。


「無効だ」


鍵束を持ち上げた手首を掴まれこそしなかったけれど、声だけで止められた。振り返ると、殿下が折り目のついた紙を広げている。第5条の下に、また一行増えていた。


『第6条 12時より13時までを休憩とする。休憩中の悪事は無効とする』


「殿下。それは権利であって、義務ではありません。行使しない自由も含まれます」


「義務だ。第6条にそう定めてある」


「いま書かれたんですよね、それ」


「運用だ」


運用という言葉が、この人の手の中で万能の鍵になりつつある。


鍵束は配膳台へ戻された。私は長卓へ連行された。連行と言ったけれど、殿下は私の腕も袖も掴んでいない。歩く先に立って、こちらが追い越せない速さで進むだけだ。それで人は連行される。


長卓の端に皿が2つ並んだ。


殿下の前にあるのは豆のスープとパンと水で、学園の食堂のいちばん普通のやつだった。王太子が食べるものとして、それはどうなの?というか、この人が何かを食べているところを、私はいま目の前で見ている。


食べるのが速い。異様に速い。スープの椀が、こちらが2口飲むあいだに空になった。


「殿下、それ、味わってます?」


「時間内に済ませている」


「昼休憩は1時間だと、いまご自分で書かれたばかりですが」


殿下はスプーンを置いた。置いてから、置いた自分の手をすこし見ている。


「……1時間だな」


そこからの殿下は、妙にゆっくりスプーンを動かしはじめた。ぎこちない。休み方を知らない人間が、休むという動作の真似をしている。


見覚えがある。昨日、東屋で鋏を握っていたやつだ。


食堂のざわめきが遠巻きになっていた。生徒たちが長卓のこちら側を避けて座っている。王太子と悪役令嬢が黙って豆のスープを飲んでいるのだから、避けるのが正しい。


「ご一緒してもよろしいですか」


盆を持ったネリー・ハルトマンが立っていた。殿下が向かいの席を目で示す。彼女はきちんと礼をして腰かけ、それからこちらを向いて、にこりと笑った。


「ロザリンド様。悪事、お疲れさまです」


パンが喉に詰まりかけた。


「ハルトマン様。いま私は、あなたの鍵を掛け違えようとして止められたところなんですけれど」


「存じております。わたし、配膳台に置きっぱなしにしてしまうので」


「そこ、怒るところですよ。いま現行犯なんですけど」


「怒れないんです」


彼女はスープを一口飲んで、器を両手で持ったまま続けた。


「わたし、男爵家の娘で、寮に入るのもやっとで、身の回りを全部ひとりでやっています。だからいつも、どこかひとつ間に合っていません。帳面の指数のところも、靴も、傘も。ロザリンド様は必ず、その間に合っていないところに来てくださいます」


「それは違います。私は嫌がらせをしているんです」


「最初はわたしも偶然だと思いました。2回目もそう思いました。でも4回続くと、偶然ではないです」


数えられている。私の悪事が、彼女の中で件数として積み上がっている。積み上がった先が感謝なので、積めば積むほど私の勤務評定が良くなる。


前世の後輩にもこういう子がいた。仕事を押しつけられているのに、押しつけた側に礼を言う。あのとき私は、放っておけなくて全部引き取った。引き取った結果が残業で、残業の結果が死だ。


「ロザリンド様、それ」


彼女が私の手元を見ていた。


私はいつの間にか自分のパンを割って、大きいほうを彼女の盆のふちに置いていた。無意識だった。後輩の机に差し入れを置いていたときと、指の形まで同じだ。


「……これは、毒です」


「ありがとうございます」


「毒だと言いましたよね」


「はい。お疲れさまです」


効かない。


この子に悪事が1件も効いていない。墨も靴も傘も鍵も、全部が彼女の中で私の仕事に化けて、そのうえ丁寧に労われている。断罪の材料が1件も貯まらないどころか、推薦状の束ができあがっていく。


殿下が台帳を開いた。


「12時40分。食堂。ハルトマン嬢への毒の供与。休憩中につき無効」


「それはそれで困るんです。有効にされたら、また感謝されますので」


ネリー・ハルトマンは割ったパンを両手で持ち直して、私の皿のほうへ寄せてきた。自分のぶんの、大きいほうを。

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