↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した悪役令嬢ですが、悪事で残業ばかりしていたら、王子が定時で終われとルールを定めてきます  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/31

第27話「——以上の罪の時刻、被告は私と共にいた」

「——以上の罪の時刻、被告は私と共にいた」


広間の音が、そこで全部落ちた。


顔を上げた。罪により、のあとに来るのは追放とか廃嫡とか、そういう語のはずだ。


「殿下。お言葉の意味を測りかねます」


宰相閣下の声だった。


「被告の罪状は、ただいま読み上げたとおりにございます。そこへ婚約者であられる殿下の私記を差し挟まれても」


「私記ではない」


殿下は台帳を卓へ置いた。


「王印つきの勤務規定に、就業時間外の悪事は上司が代わって記録すると定めてある。これはその紙が書けと命じている記録だ。私的な覚え書きであれば、閣下が先日わざわざ王印の使用を数え上げられることもない」


閣下の口が閉じた。


私はあの日、小広間でそれを思っただけで黙っていた。黙っていたぶんが、いま卓の上に置かれている。


「加えて、ただいま私が承認した退職には一行ついている」


殿下が承認の紙を持ち上げた。さっき書き足した、あの一行だ。


『効力は、本夜会の閉会をもって生ずる』


「閉会まで、被告はまだ勤務中である。私はまだ上司だ。上司が部下の勤務記録を読むのは職務にあたる」


そういうことか。


退職が通った人間を、通した当人が勤務中のまま卓に置いておく? そんな運用、どこの職場にもない。


前世で一度だけ見たことがある。引き継ぎのために最終出社日を延ばされた人の、あの顔だ。


殿下が台帳を開いた。


「読み上げられた罪のうち、寮の勝手口の件。23時40分。被告は王宮の西回廊にいた。私の正面だ。窓辺の椅子で何もしていない。そのあと王家の馬車で公爵邸の門まで送り、門に着いたのは0時20分。門番が見ている」


「お待ちください。被告本人が、すべて自分の仕事だと申しております」


「認めたのは着手だ。第2条、17時に鐘を鳴らし、以後の悪事は無効とする。深夜2時も1時半も0時15分も鐘のあとだ。着手のほうは括弧で閉じてある。土は耕され、朝食は味見して戻されている」


広間のどこかで、笑いをこらえた音がした。


殿下は頁をめくっていく。私がどこにいて、何をしていたか。


『19時8分 西回廊 窓辺。日が落ちるまで外を見る』


『19時24分 鐘楼の上を鳥が通る。目で追う』


『22時51分 眠る。18分』


やめてください。


罪の時刻を潰すために、私が何もしていなかった時間が配られていく。鳥を目で追った回数まで。


「殿下。その台帳は、私がお預かりして整えたものでございます」


ヨアヒム様だった。声はまだ丁寧だ。


「整えました頁から、定時後の記載は割愛してございます。いま読み上げておられるのは、殿下が後から書き起こされたもの。記憶は証拠とは申せません」


正しい。この方はいつも正しい。


壁ぎわで、文箱の蓋が開く音がした。


マルテが卓まで来て、紙の束を置く。置いて、一歩下がる。


「却下印の押された残業申請書でございます。90通」


通数だけ言って、あとは黙っていた。


閣下が束を取って、理由欄をめくっていく。


『雨。明朝でよい』


「……これが、被告の所在を証すとでも」


「所在ではない。この束が証すのは、いま読んでいる台帳が本物だということだ」


殿下は束のほうを見ずに言った。


「却下の理由だ。日付と時刻が、読み上げた夜と揃っている。申請書は最初から二部あり、控えは私が、本紙は被告が持つ。90通は今日までウィンズロウ家を出ていない。ヨアヒムが手にしたのは台帳一冊だ」


「別々の手にあった二つが、同じ夜を同じ時刻で指している。後から作って揃えることもできない。理由が1通ずつ違う」


膝に載せて重いと思った紙が、いま別の仕事をしている。


「……もう一通ございます。被告ご本人の手による申告が」


閣下が卓の一枚を指した。私の字の、23時20分の紙だ。


「その紙に印がない。受理も却下もされていない。私の手を通っていないからだ。その時刻も、被告は西回廊にいた」


自分で書いて出した罪を、上司に突き返された。


殿下は告発状の束のいちばん上から一通を抜いて、角を閣下のほうへ向けた。


「寮の勝手口の件が書いてある紙だ。届いた日を私が角に書き入れてある。件の起きる前の晩だ。起きていないものを、先に書いて送った者がいる」


閣下が紙の角を見た。


「もうひとつ。先日、閣下は夜間に王太子が単身で学園へ入った回数を数え上げられた。あの数と、この台帳の夜の数は同じだ。私の日程を持つ者にしか数えられない」


閣下が顔を上げた。ヨアヒム様のほうを。


ヨアヒム様は板を抱えたまま礼をして、扉から出ていった。誰も追わなかった。


殿下は最後の頁まで読んだ。全部の夜が、時刻つきで広間に置かれた。


止めたかった。止めれば、この人の毎晩が公にならずに済む。


止まらなかった。


読み終えて、殿下が台帳を閉じた。


「以上が、被告の勤務記録である」


顔を上げると、こちらを見ていた。


「ロザリンド」


名前だけで呼ばれた。家名も、公爵令嬢も、ついていない呼び方だった。


台帳には毎晩のことが全部書いてある。書いていないものが1つだけある。この人がなぜそこにいたのか、それはどの行にもない。


読み上げられたのは時刻と所在だけだ。それなのに、広間の誰も何も言わない。


窓の外で、どこかの鐘が鳴った。


閉会には、まだ間がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。