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転生した悪役令嬢ですが、悪事で残業ばかりしていたら、王子が定時で終われとルールを定めてきます  作者: 夜凪 蒼


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第25話「最後の勤務日に、薔薇が咲く」

最後の勤務日が来た。


明日が夏至の夜会である。殿下は明日いちにち規定を止めると朝のうちに言ってきた。つまり悪事の就業は今日で終わる。


前世の最終出社日を思い出す。あの日、机に残っていたのは期限のない仕事ばかりだった。誰も催促しないので後回しにしてきて、最後の日にまとめて出てくる。


私の手元に残っているのも1件だけだ。


深夜2時の、あの花壇。


9時の鐘が鳴って、私は東棟へ行った。


薔薇のつぼみは開きかけていた。外側の1枚がほどけて、内側の色が見えている。触るなと言われてから、土には誰も手を入れていない。


袖をまくった。


今日やることは決まっている。根を掘り切る。あの夜に着手したまま繰り越されてきた1件だ。悪役令嬢として、未了のまま辞めるわけにいかない。


土は柔らかかった。私が耕したせいだ。


移植ごてを入れて、根のまわりを掘る。太い根が1本、石の下へ回り込んでいた。これを切れば枯れる。切ろうとして、鋏を持ち替えた。


持ち替えたところで、手の甲が動かなくなった。


この根は石を抱えている。抱えたまま切ると石が落ちて、隣の列の根を潰す。隣は当番の子が春から世話をしてきた株だ。


……そこは知らないことにしましょうよ、私。


石を先に外すことにした。外すには支えが要る。支えを立てるには杭が要る。杭を打つなら、土を締めておかないと傾く。


気がついたら、株元に杭が1本立っていた。石は抜いてある。崩れた土も押さえ直してある。


昼になった。


「ロザリンド様。何をなさっているんですか」


ネリーだった。じょうろを提げている。


「悪事です。今日は根を枯らします。最後の勤務日ですので、やり残しを片づけているところです」


「お手伝いします」


「手伝われる悪事があるものですか」


彼女は隣にしゃがんで、杭の反対側の土を押さえはじめた。押さえてもらうと作業が速い。速くなってどうするの。


手伝いますと言ってくる子には、いつも何か渡してしまう。渡したところで自分の手は空かない。今日は渡す先がない。明日から、この子の当番は誰が見るの?


午後の風が出た。開きかけのつぼみが揺れて、枝が杭に当たる。当たると花が傷む。


私は布を裂いて、枝を杭へ緩く結んだ。飾り布の房の向きを変えるために覚えた結び方だ。


15時。根はまだ掘り出せていない。掘り出せない代わりに、株がまっすぐ立った。


16時。つぼみが2つ開いた。土のにおいに、薄く甘いものが混じる。


16時50分。私は自分の手を見た。土。爪の中まで入っている。最終出社日にここまで汚れて帰る人間が、前世にいただろうか。


17時。


鐘が鳴った。時計塔の大きいほうだ。


殿下はいつのまにか花壇の縁に立っていた。夏至前の日はまだ高くて、手元に灯りが要らない。


「本日の悪事、終業」


「殿下。まだ根が残っております」


「明日は9時からではない。規定は明日1日、止める」


止める。この人が自分で書いた条文を、自分で止めると言った。


殿下は台帳を開いた。


『最後の勤務日 9時10分〜17時 東棟花壇 ハルトマン嬢の薔薇の根を掘る』


括弧のところで、羽根ペンが浮いた。


「殿下。括弧は何になりますか」


「咲く、と書く」


ネリーが花のほうへ手を伸ばして、触れないところで止めた。


「ロザリンド様。きれいです」


「枯らす予定でした」


「はい。存じております」


存じておられるのに、この顔をするんだ。枯らす予定でしたと言われて、はい、と返す当番がこの国にほかにいる?


殿下が台帳を閉じた。閉じてから、私を見る。


「ウィンズロウ公爵令嬢」


規定と台帳の中でしか使われない呼び方だった。


「明日、定時後の勤務を命じる。夜会に出て、閉会まで残れ」


命令だ。


袖には紙がある。中庭で殿下が書いて、承認欄に私が自分の字で承認と書いた申請書だ。控えのほうを、私が持っている。


「殿下。明日の夜のことでしたら、もう紙がございます。私の字で承認と」


「あれは頼みだ。頼みというのは断れる」


「断らないと申し上げています」


「断れるものを、お前に持たせておきたくない」


「……それは、拒否できないという意味ですか」


「断れない。上司の命令に理由は要らない」


出た。前世なら、帰り道でずっと怒っているやつだ。


怒らずに済んでいるのは、たぶん、この人が理由を言わない代わりに毎晩ひとつずつ紙へ書いていたからだ。雨とか夕食とか風向きとか。


頼みのままなら、残ると決めたのは私だ。命令なら、決めたのはこの人になる。明日の夜の理由が、まるごと向こう側へ移った。


殿下が行ってしまったあと、私は花壇の前にもうしばらく座っていた。


開いた2つの花が、夕方の色を受けている。根はまだ地面の下だ。結局この1件を、私は最後まで進められなかった。


進められなかった代わりに、株はまっすぐ立っている。花が開いて、隣の列の根も無事だ。


明日、私はこの花を見ない。


明日は鐘が鳴らない。鳴らない日は、何をもって終業になるんだろう。

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