第13話「これは、あなたを断罪させるための紙だ」
王宮の執務室の錠が壊されていた。
削れた木の色が新しい。教員室の扉のときと同じ壊し方だ。持ち出されたのは、王印だけ押して中身を書いていない用紙が数枚。
白紙に国の印。王宮のこの部屋まで入れる人が、いちばん値の張るものだけを持っていった。
というか、印だけ押した用紙って執務室に積んであるものなの? うちの父なら金庫の底で三重に眠らせておく類の紙だ。この国の管理、どうなっているの?
上手い。錠のまわりだけ壊して、戸を開けたまま帰っている。私なら削り屑を拭いて、ついでに蝶番の軋みを直す。だから私には一生できない。
呼ばれて入った執務室で、私は自分の顔が緩んでいないか確認しながら立っていた。
「ウィンズロウ公爵令嬢」
殿下が机の上から束を持ち上げた。厚い。表書きに見覚えがある。
『ウィンズロウ公爵令嬢の悪行について』
「読め」
「見るなとおっしゃったのは殿下ですが」
「読めと言っている」
束を開いた。
時刻が並んでいた。日と時刻、場所と行いが。深夜2時の花壇。1時半の厨房。0時15分の渡り廊下。私がやったことが、私のやった順に書いてある。
書き手は私の夜を知っている。
胸のあたりが妙にあたたかくなった。これは実績の記録だ。前の職場では、どれだけ遅くまで働いても紙の高さは変わらなかった。ここでは違う。私の夜が、こうして束になっている。
「殿下。これ、何通ございます」
「今日で5通だ」
「素晴らしいですね」
「聞け」殿下は束を机へ置いた。「これは夏至の夜会で読み上げるために書かれている。お前を断罪させるためだ。私に」
「はい。そうしていただきたくて、私は90日を勤め上げているところです」
「書いた人間は、私が断罪を望まないことを知っている」
その言い方に、私はようやく顔を上げた。
つまり、この紙は私を落とすためだけの紙ではない。断罪したくない人間に断罪をさせるための紙だ。夜会で読み上げられたら、殿下は婚約者の罪状を自分の口で並べることになる。
前の職場にもいた。辞めさせたい人の前に、書類を積んでいく人。
「殿下。これ、私が使ってもよろしいですか。夜会で私が読み上げれば、殿下のお手をわずらわせません」
「却下」
「効率がいいと思うんですけれど」
「却下だ」
いちばん上の一通に、身に覚えのない時刻があった。7日前の23時40分、寮の勝手口。その時間、私は西回廊の窓辺で何もしていない椅子に座っていた。
「殿下。ここ、私ではありません」
「知っている。その夜、お前は私の視界にいた」
台帳の頁が開かれて、同じ夜の行が出てきた。時刻も場所も、私の記憶と揃っている。
紙の上の私と、台帳の中の私が、別々の場所に立っている。片方は嘘だ。嘘のほうを書いた人が、この学園か王宮のどこかにいる。
そこで、ひとつ訊いておきたくなった。差し入れを断られた日から、ずっと引っかかっていたことだ。
「殿下。舎監もヨアヒム様も、私に人を付けましょうとおっしゃいました。どうしてお断りになったんですか」
殿下は束の角を揃えた。揃え終わるまで、何も言わなかった。
「この紙が届く先は、私の机だ。運んでくるのも、封を仕分けるのも、私の日程を知っている者だ。全員が同じ建物にいる」
「……はい」
「お前の夜を誰かに預ければ、その夜がどこへ行くか、私には分からない」
息の入れ方が変わった。
そうか。この人は、自分の周りを使えないのだ。
だから王家の馬車で、17時から公爵邸の門まで私を運ぶ。だから門の外に人を待たせたまま、花壇までの最後の十数歩を自分で歩いてくる。伝える相手がいないというのは、任せた瞬間に私の夜が誰かの手へ渡るという意味だった。
任せられないから、全部の夜にこの人が立っている。
馬車の中で差し入れの人数を訊いたとき、返ってきた答えは短かった。あれは意地でも負け惜しみでもなくて、届いた紙を数えたうえでの結論だったわけだ。
「では、書いているのは殿下のお近くの方ですか」
「分からない」
そこで殿下は言葉を切った。分からないと言う人の声ではなかった気もするけれど、私はそれ以上訊かなかった。
束を返すとき、紙の角に小さな字があるのに気づいた。殿下の字だ。どの一通にも、届いた日が書き留めてある。
もう1つ、私は自分の中で片づけた。
この紙を書いている人は、私の退職を私より熱心に進めてくれている。探して捕まえるのは、自分の退職願を破り捨てるのと同じだ。
だから訊かれたときの返事は、もう決めてある。心当たりはございません。
90日のうち、30日が過ぎた。
いちばん下の一通の角には、38日前とあった。いちばん上は、8日前。
勤務規定より古い。




