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「……ッ、あっ、貴方という人はッ、どこまで」
「〝人を馬鹿にすれば気が済む〟と云いたいんですか? 〝何処まででも〟しますよ。云ったじゃないですか――、一切貴方に敬意を払わない、と私は『宣誓した』じゃないですか。聞いてなかったんですか」
「……ッ、――!」
「――あんただけは、『セイレイシィ家との交渉』という任務を引き受けちゃ駄目だったんですよ。というか、あんたにその任務を与える段階で、あんたの組織ごと駄目なんだ。――『遺産』と云うなら、我が家にある物は、私の父の遺産だ、私が父からそれを相続した時点で、『酒場』や『骨董品』は、『寿命を延ばした』んだ。そうして、お客様からの『愛』をまだ受け続け、お客様の『人生』の一部となり続ける――何処の誰とも知れない人類の『遺産』なんかじゃない、まだ生きて歴史を紡ぎ続けられる物なんだ」
きっぱりとしたルーディの言葉に、役人はまた、〝外国語〟を聞いたような顔を一瞬見せ、軽く首を振った。
「私が生きている限り、酒場も骨董品も生きて歴史を紡ぐ――あんたは知ってるんですかね? セイレイシィ家の人間は、もう何代も前から、万が一の事態に備え、『遺言状』をかなり早い段階で作り始める。勿論、私も既に作っています。私は、今まで結婚せずまだ子供を作りもしないままの〝末代〟だから、もたもたしてると、あんたたちが、国庫に入れてしまいますからね」
「……ッ」
「まずは信頼出来る弁護士さんを管財人にした上で、ノア・カテにとってのVIPである『お客様』と、身内と云って良いくらいに親しくお付き合いしている方々をリストアップし、『欲しいものは何でも持ってって下さい』ってことにしてます。何なら、それをもう『葬儀』にしてしまおうかと。――それで残ってしまった品については、『自分が死んだ後どうなろうが知ったことじゃない』つもりでしたけど、今回、あんたみたいな人と対面して、いよいよ『糸くず一本すら呉れてやるものか』って気分になりましたから、私の棺を据えた上で酒場をコンクリで埋めて下さい、とでも追記しようかと考えたところです。人類の歴史上、何世紀かぶりの〝埋葬〟が行われそうですね」
「……あ、貴方という人は……ッ、何て勝手な……ッ」
「好きに云いなさい。勝手で結構、私が私の物をどうしようが。――『お客様』は『酒場』が死んでしまっても、『形見』にしてくれるだろうから、懐に入れられ『歴史の闇』に消えたって、私にとってそんな幸せなことはありません。あんたみたいな人から、主人代々の人生を剥製にされ『人類の歴史遺産』として晒されるのは真っ平だ」
冷たい目で役人を見据えるルーディの鋭利な声に、熱が滲んでいるような気がする。
――ああ、そうなんだ――
――まだ、生きている――
「民間所有」扱いでサン・ターシュの家に〝文化財〟があったのは、「シンプルに愛着があったから」「手元に置いときたい」ではない。
だから、そこは、ルーディの言葉を全面的に肯定は出来ない――でも、ルーディは「理由は様々だけど大体は」とも云っていた、多分、〝俺んち〟の理由は「大体」とは違うと解ってる――。
〝シェレ、あのオルゴールを「僕の」と云うのは止めなさい〟
――パパ、この役人のように、「我々の」と云うのだったら、構わなかった?
いや、パパは、それも違うと云うだろう……
「これは、〝あなた達の〟ものです」
〝サン・ターシュ〟の者は、それを云うのが、〝使命〟だったんだから――
「神様の言葉」を「あなた達の元へ届ける」のが、「我々の役割」だったんだから――
ルーディが「酒場」で「グラス」を「使う」ように、「礼拝堂」に「神様の言葉」を満たすつもりで――
だけど、それがもう、博物館のガラスケースに置いているのと変わらないくらいの、「殆どの人類」にとっては、存在してもしなくても関係ない「遺産」でしかないのなら――
〝パパもママも私も、本当は、今の「お仕事」をしたくないのよ〟
それでも、他の人たちには「もう要らない」としても、それが最早、政府機関から与えられた〝任務〟でしかなくても、それが「代替物」に過ぎないとしても、私たちに聞こえる間は、守らないと本当に、「神様の言葉」が、無くなってしまうから――
〝シェレ、これは、おまえのだよ〟
射貫くような視線を向けられ、全く理解不能な「罵倒」を投げ続けられ、云い返す言葉を思いつくことも出来ずに歯を食いしばっていた役人の耳に、シールの小さな溜息が届いたものか――
ナーバス氏が「おほん、ぐふん」とわざとらしい咳払いをした。
「埒が明かない、要領を得ない、というのは、正にこのことですな。――世紀単位で続いた事案でございますから、私も、今日ここで御了承頂けるとは思っておりませんので、そちらはまた後日、詳細をまとめた文書と共に改めて伺」
「私は、『二度と来るな』って話をずっとしてたんですけど」
ルーディの声が、さっきよりもっと早く鋭く語尾に被る。
「死後の備えまで既にしてる私が、『後日改めて』あんたらの相手をすると思ってるんですか」
「恐れ入ります、確認したいことがありますので、少しお時間を頂けますか」
「――」
掌をルーディに向け、殊更に「手帳」を覗き込む。ルーディは呆れた顔をして、無言のまま肩を竦めた。
話の腰をボキリと折ったかと思ったら、今度は「スルー」で強引に自分の調子を取り戻そうとしているようだ――そういえば、インターフォン越しの会話では、こういう「やり方」も見せていたか。
ナーバス氏が「手帳」から顔を上げる――さっきまでの苛ついたしかめっ面が消え、……これも、インターフォンのカメラで見た、無表情に近い薄笑いを浮かべていた。ルーディが不審げに目を細める。
「繰り返しになりますが、セイレイシィさん、そちら様への『打診』につきましては、また改めて」
「だから――」
今度は、ルーディが苛ついた声を出しかけ、それに被るようにナーバス氏が、
「ですが、シェレ・サン・ターシュの身柄と共に、その〝オルゴオル〟は此方に引き取らせて頂きます」
「……」
ルーディが口を噤んだ一瞬の間に、まだかろうじて手元に残っていた強いカード――公権力の表現法を思い出したのか……感情の読みづらい声色になって、役人が続けた。
「『それ』は確実に、『サン・ターシュ邸』の事案であり、貴方がとやかく口を出せるものではありません」
ルーディは冷たく役人を見つめ、オルゴールの蓋を無造作に掴んだ。
「先にも申しましたが、あなたが所有権を主張できるものではありますまい。――そういう乱暴な扱いも、本来なら止めて頂きたい」
本人は自分の表情に気づいているのだろうか――口元に、陰険な薄笑いが浮かんでいる。
シールは、その表情と声色に、不快感と、最初に感じた「違和感」「不信感」を思い出した。
「シールが私にオルゴールを呉れたんです。まして、ただのプレゼントじゃなく、不動産賃貸の対価としてです。これは私のものです」
「ならば、貴方がシールと仰るシェレ・サン・ターシュ入居時からの賃貸料・手数料を、改めて、我が部署へご請求ください。部下が割ったグラスの賠償と違い、正式に『TRC569』とラベリングされた任務への経費となりますので」
「……」
ナーバス氏の澄ました声に、ルーディが目を細める。
ルーディの「達者な口」が途切れたことで調子を取り戻したか、役人は相づちも待たずに続けた。
「先ほど確認しましたね、シェレ・サン・ターシュには、市民としての義務が無い代わりに権利も無い。『貴方へ譲渡する権利』など無いのです」
「……」
「シェレ・サン・ターシュは完全にIDを失しています。死人と同じです。――当人は、正規の報道を目にしていないということでしたが、セイレイシィさん、貴方はご存じでしょう。シェレ・サン・ターシュは行方不明者リストに入った後、サン・ターシュ邸放火殺人事件の捜査本部が解散するのと同時に、公的に、『死亡』と結論付けられたのです」
ルーディは無言のまま、一瞬眉間に皺を寄せた。が、それは直ぐに消えて、冷たい無表情になる。
「実際に持ち出した『彼』がIDを持たない『死亡者』である以上、『窃盗』容疑で捜査することは、先に申したとおり、出来ません。――が、貴方が、あくまで『所有者は己』だと主張するのなら、我々は、貴方のほうを容疑者として、『盗難』の被害届を出さなくてはならなくなります。そうでなければ、『故買』の容疑で捜査される羽目になるかも」
「……。文化財指定をされてるか否かを問わず、サン・ターシュさんちの物は、一旦、『国庫』に入っているから?」
のっぺりした声でルーディが云うと、ナーバス氏は「そうです」と、満足げに大きく頷いた。
「それが嫌なら、素直にオルゴールとシールを『寄越せ』と脅迫してる訳だ」
ルーディの声は相変わらず平坦だが、ナーバス氏は眉を寄せた――が、今度は、直ぐに薄ら笑いに戻る。
「脅迫とは心外ですが……事実ではあります。――本人は、火災が『ドロップアウト』のダメ押しだった、などと云っていましたが、『放火殺人』について潔白であるのなら、IDを現場に残して火災から避難した段階で、せめて行政窓口に救済措置を申し出るべきでした。最低限、IDの再発行を申請した痕跡だけでもある『生者』として『この街』に入ってしまえば、身の振り方によっては行方不明者リストにあり続けたでしょう。その上で貴方に譲渡したと云うのならば、まだ貴方にも所有を『主張する権利』があったでしょう。サン・ターシュ邸にあるものは、文化財も民間所有扱いでしたから、シェレには『相続権』があった、故に『譲渡権』もあった。――かと云って、我々はそれを黙って『宜』とは出来ませんので、裁判で争う可能性もありましたけども……たった今の現実は、そうではありません。『死者から貰った』なんて根拠で、貴方が正当な所有を主張することなど出来ません」
あくまで強いカードを持っているのは自分、たった今の主導権を握っているのは公権力だと自信が漲っているのか――役人の顔は、あくまで薄笑いである。
対して、ルーディの表情は冷たい無表情のままだ。しかし、オルゴールに載せた手に力が籠もり、指が軽く震える。
ルーディは、そのまま一歩前に出る調子ですっくと立ち上がった。
えっ、と役人が一瞬目を見開き、次には、喉から引きつった音を出しつつ、肩を竦ませて後ろに仰け反った。
ルーディが、立ち上がったと思ったら、椅子の背もたれをオルゴールと逆の手で掴み、役人の方へ放り出したのだ。
「ひっ」
キャスターの付いた椅子は、良く磨かれた固い床の上を結構なスピードで滑ってゆき、役人の向かいのソファにぶつかって、ガシャッと音を立て、倒れた。
全くの無言で表情も移ろわないままの「会社社長」が、何の前触れも無く〝暴力に準ずる〟行動を執ったのだ、役人の引きつった声は、「驚き」に収まらない「恐怖」による「悲鳴」に近かった。
――ルーディは、椅子を放り出したのと同時に、オルゴールを鷲づかみにした手を頭上に掲げていた。
蛙を睨む蛇のように役人を見据えたまま、ルーディは随分淡々とした声で、
「シール、ごめんね」
と云うと、
ゴツッ、カシャッ…
オルゴールを、床に叩きつけた。
2024.10.3




