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「……そ、そんなことは…ッ」
「云ってない? じゃ、あんた達は、『自分が何云ってるか』分かってないんです。――舌の肥えた厳しい常連のお客様のお眼鏡にかなうよう、主人代々がどれだけ緊張感を持って料理の腕を磨いてきたと思うんです? その料理を盛り付けるにあたり、どの皿を選ぶべきか――美意識だけじゃない、味を落とさないためには食器の素材の知識も持つ必要がある。お客様のくつろぎの邪魔をしないため、所作に気を配りながら手際を考え、音楽を選び、空調を調整する。――そういえば、あんた、エントランスで〝呼び鈴〟鳴らす前に、ノア・カテの入り口で、警備員さんと工務店の方に、ケチ付けたんですよね」
ケチを付けるという言葉が気に障ったのか、ナーバス氏はムッと口を尖らせた。
「『ノア・カテ』の内装そのものが『骨董』のようなものですから、勿論、今時の合理性を求めた飲食店のような改装など出来ません。それでも、お客様の利便をもう少し良くするために改修をしているんです。何なら、今よりもっと良い雰囲気の内装にもなる筈です」
「な、何でそんなことが云えます、迂闊に手を入れては何もかもが台無しになりかねないのに!」
「迂闊じゃないからですよ、失敬な人だな。あんたが普段良く知ってるような今時の〝ゼネコン〟等だと、今時の合理性や流行で、そもそも設計から弄り回されて別物を作られてしまいそうですが、あの工務店の方々は、我が家の美意識や価値観を代々共有して下さっていますから、何の心配もしていません、完全な信頼を寄せています」
「……ッ」
「私一人では無理な大がかりなことは、我が家が信頼した『職人』に託しているだけです。『職人』の方々は、今では非合理的と思われるような、道具を手入れして技術を守り、修行している、ノア・カテの主人と同じように。だから、託すことが出来る――全てはお客様のため。お客様が居たから、ノア・カテは残った」
ルーディは、冷徹な目で役人を見下ろしている。
「あんたがたが『我々』という言葉を使って云う『せめて使うな・営業するな』が『人類』の総意であるのなら、その『人類』には、酒場のお客様も含まれていないんですよ。そりゃ、百何十億と居る人類の中で、創業時からの延べ人数で考えても、『ノア・カテのお客様』は、あんた達にとって居ないも同然なのかもしれませんけどね。ましてそこに窃盗や器物損壊を働く者まで居るとなれば、あんたも、〝我々〟の中にそんな者は含めたくなくなってるでしょう? ……でもね、あんたが背負ってるつもりの〝人類〟だって、数で云えばマジョリティな訳じゃないとは、考えたこと無いんですか? ――あー、無いんでしょうね、あんたは。〝公〟ってのを『マジョリティ』の同義語と思ってるくさいし」
大げさに呆れたような声を出してルーディが云うと、案の定、役人はふて腐れた顔をして、「どういう意味ですかっ」と怒鳴った。
「さっき云ったでしょう。我が家の『骨董品』など、殆どの『人類』は、〝必要としていない〟んです、『要らないから無くなった』んだから。……そりゃあ、博物館に飾っていれば、眺めて感動する人も愛着を持つ人も居るでしょう、何なら『欲しい』と思う人も居るでしょう。だけど、そういう人達は、『ノア・カテ』という酒場が今も営業されていることを知りさえすれば、むしろ博物館よりは、うちの『お客様』になってくれるんじゃないかと、私は思うんですけどね」
「……ッ、そ、れにしたって、『マイノリティ』でしょうに」
ルーディが思わず、クスッと笑う――公務員の云う台詞か。かなり感情がかき乱されて、ナーバス氏自身が目の前の「会社社長」に噛みつきたくなっているようである。
「まあ、そりゃそうでしょうよ。凄いこと云いましたね、あんた、『マジョリティ』のための〝公務員〟をやってるつもりなんですね、怖いな」
役人は、ハッと口を覆った。
「そうですよ、全人類の数から云えば、新規のお客様が何人増えたって、ノア・カテのお客様は率として『居ない』も同然です。が、あんたが云う〝我々〟の中には、今あんたが此処に居る理由を支持する人が何人、何パーセント居るんです? 博物館で展示されようが保管されようがされまいが、そんなものが有ることすら知らないまま、日々を過ごしていく人たちの方が『殆ど』なんじゃないですか? ともすると、あんたが今、此処に来て何をしているのかを知ったら、『何に税金使ってるんだ』と怒る人だって、それなりに居るのじゃありません? 私はあんたの打診に頷かないけど、少なくとも、たった今は、5人分の交通費が使われてるでしょう?」
「……ぅっ」
「――公立の博物館に保管されて展示されたって、見ない人は見ない。保管コストばかりがかさんで閉鎖されたり、民間に払い下げられたり、そんなことは良くある。――そんなことになるくらいなら、『そういう物が好きな人達』は、『酒場』にあることの方を、『望ましい』と思うでしょうよ。保管・維持するコストは、あくまで民間の営業コストでしか無いし、博物館ではガラスケース越しに眺めることしか出来ない器で料理や酒が楽しめる。……あんた達は、税金使って此処に居るが、私は、酒場を営業した末に、税金払うんですよ?」
「そ、そういう論調で煙に巻けると思ったら、大間違いですよ! 我々は、税金の使い道についてお叱りや苦言を受けることには慣れておりますのでね!」
鼻息を荒くして、開き直った口調でナーバス氏が宣った。再び、ルーディが今度は「ぷふっ」と吹き出す。
慣れているけど学習しないから、この人はこんなに無礼なのだな、と再確認した気がする。つくづく、この役人は今の職場じゃなく税務署で鍛えられた方が良い……そんなことを思った。
「煙に巻いてるつもりは無いですよ? あんたがやってることは歪なのだと、懇切丁寧に説明しているつもりです。どっちかったら、あんたの方が『話を逸らして』るじゃないですか」
吹き出してしまった延長で、すました微笑を見せ、次にはまた、鋭く冷たい視線をナーバス氏に向ける。
「私がやっていること――それは『ノア・カテ』代々の主人がやっていたこと――は、全て、お客様のために行われている。酒場を営業・経営することの中に『維持』が含まれているだけ、『骨董品』は、〝我々〟が酒場のお客様のために学び、修行した結果として残っているだけだ。――代々の主人の人生を何だと思ってる、あんたが私から馬鹿にされていると思う以上に、あんた達は、我が家と、我が家に関わる職人と、お客様を馬鹿にしてるんだ」
「――そ、そん……」
「今まで、あんた達のお仲間が一人でも、営業中の『ノア・カテ』に、純粋にお客様としていらしたことが、ありましたか。祖父の代に塩を撒かれた奴や、私の代でグラスを割った若い人は数えませんよ。祖父の代のは私が直接知らないから置いとくとして、あの若い人は、店に『来た』だけで、ろくに店内も見もしないままおべっかを云って、何の注文もしないまま〝自分の用件〟に入るような子でしたからね。で、あんたはもういい、〝任務〟を果たすのに必死なだけで、『遊び』が全く無い、自分の『人生』に『酒場』なんか一切関係の無い場所だと思ってるタイプなのが伝わって来た」
役人が不満そうな顔をするが、それも、「ルーディから馬鹿にされた」気がしたからであって、「自分の人生にだって『酒場』は関係ある」からでは、恐らく無い。
「そんなあんたに訊きますが、――あんた、我が家以外にも『こういう交渉』をして、文化財指定を取り付け、博物館の収蔵庫、ガラスケースに入れることに成功した『事案』はあるんでしょう? その『成功例』の結果を、純粋に自分の目で眺めたことは、あるんですか?」
「……は?」
役人は、何を訊かれたのか全く判らず、一瞬ぽかんと口を開けた。
「オフィスが休みの日にでも、ちゃんと『客』として――関係者割引とかがあるならそれを利用する分はまあ良いとしましょう――入場料を払って博物館なり美術館なりへ行って、自分の折衝・交渉の結果である美術品・骨董品を、しみじみと見学したことは、あるんですか。……その分だと、無いですね」
役人の顔を見て、ルーディが冷たい声で云う。役人は無言だ。
シールは、傍で見ていて、また少し笑いたくなった――こいつ、「傲慢な態度」は出来ても、「嘘をつく」ことは出来ないんだな――それも、彼の「枷」であり、「業」とも云えるかもしれない。
「……自分のコレクションが文化財指定されたことを喜んで、即座に頷いた人も居れば、本当は自分の手元から離したくないけど、あんたの公権力に基づく高圧的な態度に怯んで渋々渡したって人も居るでしょう。そういう人たちは手放した後も、美術館や博物館に向かって、誇らしげに、あるいは未練がましく、何度も愛でていたと思いますよ。己の持ち物が文化財に値すると誇りを持ってはいるけど手放したくないという人の場合なら、民間所有の文化財ってことになるんでしょうね。――理由は様々でしょうが、大体の人は『愛着』があるから、手元に置いときたいっていうシンプルなものでしょう。そこんとこ持ってきてあんたが交渉相手だと、『この人に預けるのは真っ平』と感情的なものが上乗せされるだろうと、私は想像しますよ」
「ッ」
「――あんたは、紛失や破損が無いか照合したり、所有者の保管状況や補助金の使途にミスや不正が無いか確認したり、年に一度、それに伴うコストを計算して議会に予算案を提出したりが精々じゃないんですか」
真っ正直に「是」と云いたくは無いが、やはり「嘘はつけない」のだろう、役人は唇を噛んでルーディを睨み付ける。当然のことながら、ルーディはその視線を全く意に介さない。
「……それの何が悪い、という顔をしているあんたが、私は大嫌いだ」
「っ――でっ、ですから、我々が担っているのは、個人的な好き嫌いで片付く規模では無いのですから、い、いい加減、そういう論調で話を逸らすのは――」
「私が話を逸らしてるんじゃなくて、あんたが私の話を聞いてないんです」
慌てた声でナーバス氏が割り込むが、ルーディは鋭く語尾に被せて云い放った。
「――実際に『人類の歴史的遺産』と思いながら『骨董品』をあんたに預けた人達も、文化財指定されたことで自分の物ながら手にすることが制限されてしまった人達も、ガラスケースの向こうに飾られたそれらを愛でた筈だ。なのに、懐に入れたあんたは、その品々に何の『愛着』も持っていない。酷い話だ」
「ふ、懐にって、人聞きが悪い、まるで着服のようではないですか」
「だから、盗人の方がマシって云ってるんだ。あんたは、〝交渉が成功〟するのを任務だと思っていて、文化財指定した段階で終わってるじゃないか。精々、点検・コスト計算等の『給料仕事』としてしか自分の『人生』に関係が無い、その後の『物』に何の愛着も感慨も持ってない。――まして、『ノア・カテ』にある物品は、遺産なんかじゃない、自分が生まれた役割をまだ果たし、お客様に愛されながらまだ生きている。だのに、とりわけあんたは、店に来たことも無い見たことも無い、その『物』自体が『何』なのか、『どんな物』かすら知らないで、それらを無理矢理に死なせて『寄越せ』と云うのを〝任務〟にしてる――私からすれば、愛着や執着、欲求が有るが故に懐に入れてしまった〝お客様〟の方がまだ、父との『思い出』にしてくれているだろうから、あんたよりマシです」




