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「あんたが思いついていないことを、云ってあげましょう。私はね、最後まで絶対に私の城に入れたくない貴方が『一人』でこの事務所にやってくるというのが、『最も許せない』ことだったんですよ。私はそれを、ちゃんと口にしてましたよね? そこに『妥協』してしまった以上、私は今、あんたに負けず劣らず、はらわたが煮えくり返っている――あんたがソレを『想像』出来ていたら、エレベーターに乗る前に、いや、ビルの扉が開く前に、今の『自分の恐怖』も予測出来ていた筈です。また、あんたより機転が利く++さんのお陰で扉が開いた、彼の能力を『評価』出来ていたら、『単身〝虎穴〟に乗り込むよりも、サポート役として付いてきて貰う方が良いかもしれない』と考えていたかもしれません」
「だ、だから、貴方のほうが四人を――」
まだ云うか、というふうに冷たい目の色を見せてから、ルーディは役人の言葉を遮り、先を続ける。
「貴方は、それを交渉しようともしなかった、でしょ? 事務所で私と話をするのは、貴方一人。部下の四人は、ビルの出入り口で〝シェレ〟の逃亡に備えて見張り。貴方自身は、その『当初の予定』から外れることになる『状況に応じた判断・行動』を、たったの一回でも行おうとしましたか?」
「……っ、――ッ」
「その『交渉』を、そちらが持ちかけていれば、私は、もう少し穏やかな『妥協』をしていたのかもしれませんよ? 私自身――現実の〝はらわたの温度〟が100度だとすると、此処に++さんが居ると仮定してみたら、80度くらいには抑えられてるんじゃないかと『想像』しますから。しかし、あんたはそれをしなかった。――あんたにしてみりゃ、『一時間待った』だけで『臨機応変』な態度を取ったつもりで居るんでしょうが、そんなもの、私からすれば『アポイントメントを取らなかったが故の自業自得』なんですよ。今あんたは、『何もかもが自分の思い通りになっていない』ことに、相当苛立っているんでしょう。でもそれは貴方自身の『想像力と対応力の欠如』っていう『無能』からのブーメラン。自分のことしか考えていないのに自分を知らないから、他人からこんなに馬鹿にされて屈辱を感じている」
「――い、いい加減に……」
完全にルーディの冷笑が消え、声も無表情になり、
「でもそれ以上に、私は怒っている。私は貴方が大嫌いだ。――貴方の『当初の予定』なんか、私には一切関係ない」
「――う――ぬっ…」
「礼儀正しくて人の良いノア・カテ主人を相手にする筈だったのに、と不愉快ですか? ならば、とっとと帰りなさい、己の足跡まで消されかねない〝虎穴〟に入る羽目になった『任務そのもの』を恨みながら。元々、『セイレイシィ家への折衝』って任務は、失敗して当たり前ですから叱られやしません」
――その台詞について、ルーディの読みは外れてしまったらしい。帰れと云われて素直に帰った役人が居るとは、祖父や父からも聞いていなかったのに――つい、出てしまった。
憤りと狼狽、怯えも滲んだ表情を浮かべていたナーバス氏は、ギュッと唇を引き結んで眦をつり上げ、「ふんっ」と一つ大きな鼻息を飛ばした。それから、「えへん」と咳払いをした後、くるっと顔を動かして、
「シェレ・サン・ターシュだな」
とシールに向かって吐いた。
ルーディの意識も完全に役人にだけ向かっていたようだから、いよいよ「自分は居ないもの」として傍観者になっていたシールは、余りにも唐突に彼と目が合ったことで、逆に悪霊に見つかってしまったような気分にでもなり、ヒクッと喉を鳴らしてしまった。
ルーディの方は、却って「きょとん」としている。「ばきっ」と音が聞こえそうなほどの話の腰の折り方だ、「不自然」を通り越している。それを後ろめたく思うような様子も全く無い。
――唖然とした後、ルーディは薄笑いを浮かべた。
成る程、この役人は要するに、コミュニケーション能力が「皆無」だ。コミュニケーションを取る気が無い。ルーディやシール相手だけでなく、部下に対しても、一方的に自分の目的や要望を通達して、それが「叶う」のが当然だと思っている。「叶える」ために「相手」を理解することや合わせることが「必要」とは思っていない――というより、「知らない」のかもしれない。だから、現状が「全く自分の思い通りになっていない」ことを全て他人の責任だと思っている――。
ルーディの方も、役人とコミュニケーションを取りたくはないからお互い様ではあるが、ルーディは、「能力」なら持っている自負がある。そうでなくては、お客様を「喜ばせる」ことなど出来ない。逆に、だからこそ、この役人を苛立たせることも出来ている。
――ただ、やはり、自分も感情的になっている、とルーディは表情を微苦笑に変えた。役人の考えていることを読みきって行動を誘導するよりも、自分の不快感を表に出すことを優先してしまった。
多分……、「セイレイシィ家への折衝」という言葉が、この役人の「自分の任務」に対する執着を刺激してしまったのだろう。ナーバス氏の任務には、「シェレ・〝サン・ターシュ〟の確保」も含まれていたじゃないか――。
しかめっ面の役人から苦々しい声で「懐かしい名前」を呼ばれて、シールは、一瞬怯み、次には少しだけ「ムッ」とした。
ルーディが、警察や税務署を引き合いに出していたのを、「成る程な」とシールは思った。昔、補導されそうになったときの警官だって、こんなにも偉そうじゃなかった――というか、「蔑んでいる」のがあからさまじゃなかった。〝ボク、こんな遅くまで遊んでちゃ駄目だよ〟なんていう台詞に、馬鹿にされたような気はしたけども、警官の口調と表情には「警戒させないように、人当たり良く」を心がけている様子があったと思う。
それが、この役人には無い。
最終的にシールは小首を傾げ、口は閉じたまま、ルーディに視線を向ける。
そんな若人の態度に、役人は一層眉間に皺を寄せ、「答えろ」と吐いた。
今度は、「分かり易すぎる上から目線」の台詞に、笑いが漏れそうになった。
〝恐怖〟を感じる「上から目線」は、何人もの〝客〟で既に慣れている。それに比べたら、この役人のそれは、「空元気」や「虚勢」に感じられ――もしかしたら、今はルーディよりも自分の方が、この役人に苛立ってはいないかもしれない、とシールは思った。
ルーディが、シールに向かったナーバス氏の視線を切るように、彼の目の前に掌を出した。
「彼には、貴方の質問に直接答えなくて良い、と私の方から云っています。必ず、私を介すようにと」
役人は顔の向きをルーディの方へ戻し、鼻穴を膨らませながら「何ですと?」と高い声を出した。
ルーディは平然と返す。
「『この街』で、ヴァラエティに富んだお客様を相手に酒場を営みながら年を取ってきた私だって、あんたの物言いには腹が立つんだから、あんなエネルギーに満ちた若者が直接に相対したら、口じゃなくて手が出ることだってあるかもしれないでしょ? あんたのためですよ?」
「っ」
歯を食いしばって睨み付けてくる役人へ、薄ら笑いで視線を合わせたまま、ルーディがシールを手で差す。
「彼は、〝シールさん〟です。このビルに住まう『店子』の方です。――先に云っておきますが、それ以上の『個人情報』は、一切、申し上げません」
それを聞いて、役人は一度訝しげに目を細め、――散々悪態をつかれた仕返しの皮肉なのか、それとも本気の質問か
「我々を不審者呼ばわりした上、行儀が悪いの礼儀知らずだの失敬なことを吐いておきながら、偽名で部屋を借りることは全く問題視しないのですな、貴方は」
渋面を作りながらルーディに云った。ルーディは軽く肩を竦めてから、
「彼は、ちゃんと家賃も入れてくれてて、近隣トラブルも起こさず、たまに酒場にもお出でになってくれる、私にとって大事な『お客様』です。貴方は、アポイントメントも取らないままやってきて、一方的に自分の用を済ませたいがために大統領権限で脅かして侵入してきた『ほぼ、賊』。――あのねぇ、あんた。そろそろ、私の中での『自分の立場』ってのを、理解して下さいよ」
ことさら呆れた溜息交じりに云い、
「それに、本当に彼が〝シェレ〟だったとして、〝シール〟は別に、偽名でもないでしょ、親から貰った名だ。――人から何度も誰何されて、一度も名乗らず身分証明書を突きつけるだけの人間より、余程、自分の名前を大事にしてます。……ま、つくづく、本当に彼が〝シェレ・サン・ターシュ〟だったとして、ですが」
そう続けてシールへ顔を向けた。――〝それを認めるかどうかは、君次第〟と云っているように見える表情だった。
シールは、一瞬目を細めたが、まだ何も返さない――役人にも、ルーディにも。
ルーディが役人に視線を戻す。今度は、笑みは無い。
「いい加減、理解しなさい。私は貴方に、一切、金輪際、敬意を払わない。――##さん。これは、私の『宣誓』ですよ」
そう云い放つと、ルーディはくるりと踵を返し、オルゴールが載ったデスクに近寄り、椅子を引いた。
そんな仕草を見て、シールも座り直したのだが、「ぎょっ」として軽く目を見開く。
役人が、さっきと同じように、ルーディの後に付いてきたのだ。
その気配に気づいたか――シールには見えているルーディの顔に、一瞬「怯え」が過ったような気がする。流石にルーディでも、ここまで「懲りない」人間には「怖さ」を感じたのかもしれない。
直ぐにその表情は消え、ルーディは眉を寄せて振り返り、「あんた、マゾヒストなの?」と呆れた声で云った。
「私からの罵りが、もっと欲しいんですか? ――いい大人が、それも、普段は『オフィス』に一日中でも籠もってるような『サラリィマン』が、何で〝こっち〟に入っても良いって思えるの?」
ドアの前の「見えない境界線」を示すように、手指を下に向けて横に振りながら――先ほど、真っ当な職業に就いたことがないシールですら思ったことを、やっとルーディが、率直に指摘した。
「〝人の家の物〟どころか、『国家公務員は国土全てが自分ちと思って良い』って教育受けた?」
役人が「そんな訳ないだろう」という渋面を作る、つくづく、「云わせている」のは自分だと思わないらしい――。
ルーディが、先ず腕を床と水平に上げて、役人に拳を見せつけてから、ピシッと人差し指だけをまっすぐ伸ばした。
「この事務所の中で、『訪問者』が居て良いのは、あそこだけ。他の場所は許可無く移動出来ない。――違う? 〝常識ある大人〟なら、そのくらい、云われなくても分かると思ってたんですけどね」
ルーディは背後の応接セットを指さしていた。
「――いえ、本来なら、居て良いのがあそこだけと判っている上で、家主から『そちらへどうぞ』と云われるまで扉の前で待っているのが、良識と礼節ある大人だと私は思ってるんですけど、貴方はそうじゃないから、『国家公務員は違うのか』って云ってるんですよ。――ここまで徹底的に私から罵られても、まだそんな子供じみた態度を見せるんですか」
役人は相変わらずふてくされたような渋面を浮かべたまま、何も云わず振り返り、応接セットに近づいた。
――我が家にやってくる役人の云うことに「頷かない」のは「決定事項」だ。確たる自信もある……が、この役人の「相手をする」のは、別の意味で「一筋縄ではいかない」かもしれない――ルーディは億劫そうに息を吐き、デスクに向かった椅子に座ると、軽く床を蹴って、ソファの方へクルリと座面を向けた。




