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ルーディが、腕を組んで息を吐き、視線をテーブルの真ん中辺りに向けて、呟くように云う。
「我が家はね」
「……」
「――旧クリステン信仰文化の守人であったサン・ターシュさんと違って、大変大衆的で俗物な家系です」
シールが、ふと顔を上げる。何の話だ、という顔をしている。
ルーディは、ちらっと上目遣いにシールを見たあと、また視線をテーブルの中央に移した。
「……我が家には、随分と古いものが沢山あることは、君ももう分かっているでしょう?」
「――」
それで、少しは何か察するものがあったのか、シールが軽く目を見開いた。
そんな表情をまた、ルーディは上目遣いに確認した後、淡々と続ける。
「でも、我が家は――、人から見たらどんなに『貴重な骨董品』『人類の文化遺産』だろうと、我が家の財産として、生活の一部として、私有し、使用し続けている、――欲の深い一家です」
シールが、何だか辛そうに目を細めた後、視線をルーディと同じ場所に移した。
「そんな我が家には、もう何代も前からああいう人が、『保存をさせてくれ』、『保存のための役職についてくれ』と、云ってくるんです」
「……」
「――例えば、君の髪を切った鋏……あんな小物の一つにも涎を垂らしている人たちですよ」
冷たくルーディは笑って云い、シールは何とも返さない。
ルーディは、声色を平静に戻して続けた。
「……私が主人になってから、ちゃんとやってきたのは、あれが最初だと云っていいんですが……そんなところに君が来店したのは、随分な巡り合わせでした」
「――」
「もう分かるでしょう? 君を追いかけた人間が、誰だったか」
ルーディが、顔を上げてそう云うと、シールは一瞬肩を強ばらせた。
……それから、言葉で答える前に――それは、条件反射だったのだろうか――ちらり、と自分のバッグを見た。
ルーディは、そんなシールに気付いていたが、――己の視線もつられてしまうのを堪えて、またテーブルの中央に目を向けた。
「君を追いかけたのが誰だったか、は云いました――云った、と判断しますよ――。……ここからは、私の想像です」
シールが、ルーディの声で初めて、自分の視線がどこにあるか気づき、少し慌てた顔をして前を見た。――ルーディの目が、さっきと同じくテーブルに向けられていることに安心する。
そんなルーディの視線が、ふと――冴えた色になってシールに向き、シールはコクンと息を飲んだ。
「……シール、私が話すことは、君にとって不愉快なことかもしれない。それが、想像なんだから尚のこと」
「――ルーディ?」
「もし、君が、――ごめんね……、事件のこと、や、家族のことを、思い出してしまうような、――それで辛くなるようなことを、云ったら、止めてください」
――ほんの少し、……ルーディの声が詰まったように思うけども、気のせいだろうか。
シールは俯いて、小さく首を振った後で、「分かった」と呟いた。
「シール――……君は、決して家族の死に関わっていない。私は、それを確信して、君が逃げた理由を、考えた」
「うん……」
「シェレは死んだのだと、自分でも思っていたのに、即座に逃げた――自分が、追われる立場なのだと思っていた……、それは、君――」
「――」
「何か、後ろめたいことがあるからではないかと」
ルーディが、ひとつ息をついた後で、はっきり云った。
シールは、何も云わない。
――こういう時は、否定をしないことが、肯定と同義になるものだ。
ルーディが、続ける。
「君は、もしかして――事件のその場に居て、一人だけ助かった、家族を助けられなかったことを、後悔して、罪の意識すら持って、――それを後ろめたく思っているのではないかと、まず想像した」
「……シェレ・サン・ターシュは、家族と上手くいってなかった、って報道がされたのは、あんた、知らないのか? だからこそ、――シェレが犯人なんじゃないかって云われたこともあった筈だ」
シールが、苦笑を作り、ルーディをからかうように――多分それも作って――云った。
ルーディは、顔つきを変えずに首を振る。
「……事件当時の『シェレ・サン・ターシュ』の年齢なら、そんなことが無い方がおかしいくらい、家族との摩擦など当たり前のことです」
「――」
「疑う方がおかしいくらいだ」
ルーディには珍しく、吐き捨てるように云った後、少々の間を置いて静かに続けた。
「そして、君は、それで殺人まで犯すことが出来るような人間じゃないです」
「――」
「私は、それをよく知っている。……君が何と云おうと」
否定などさせない、というふうに、意志の強い声――冷たくも聞こえるほど――でルーディは云った。
シールは何とも云えず、視線を揺らがせる。
ルーディが、少しばかり声色を緩ませて云う。
「……だから、――君には、何の非も無いのに、警察に保護を求めもせず、その上でIDの再申請をするのでもなく、死んだことになってまで、何から君は『逃げて』いたのか。君は――、決して、公的にペナルティを負う罪など犯していないのに、君自身の罪の意識で、『捕まってはいけない』と思っていたのではないかと」
「――」
「……単に頭が良くないから、犯人だと決めつけられたと誤解して、独りよがりに逃げてた、という想像も、まあ、微かにはしましたがね」
ルーディが、今度はわざわざからかう声を作って云った。シールが、わざわざふて腐れた顔を作った後、「それでいいのかもしれないけどな」と独り言の声で云った。
ルーディは、すぐに、表情をまた冷静に戻して――いや、少し躊躇いが混じっているだろうか――続ける。
「――こんなこと云っていいのかな……、旧クリステン信仰の守人の家族にあった君が、男娼という職を選ぶほどにまで」
「……」
シールがピクリと眉を動かして、手を組んだ。ぎゅっと、己の手のひらを握り合う。
――だが、ルーディに「やめろ」とは云わず、俯いた。
「誰に保護も求めず逃げるほどの、君が思う罪とは、一体何なのか、私は知りません。――想像です、そんなことで、君を追いつめる気持ちなんか、私には無い。――大体、誰にだって、君を追いつめる権利なんか無い」
少しばかり、ルーディの声色が乱れる。淡々としていたそれが、何だか、大きくて、抑揚のついたものになる。
それを、ルーディは自分で止めたのか、一度、ふぅっと息を吐いた後、静かに戻した声で続けた。
「――君が一人で罪の意識に苛まれるだけなら、何のことはない。……この家で暮らしていくうちに、いつか私にそれを相談でもしてくれたり、この家での暮らしが、君の心を和ませてくれればと、その段階では考えました」
そんなルーディの言葉に、シールが、ほんの微かに苦笑を見せて、すぐに俯いた。
ルーディも、小さく首を振って、続ける。
「だけど、問題はそんなことじゃない。……実際に、君を捜していた者が、追いかける者が、居た」
「……」
「そして、しらばっくれることも出来ずに、当然のことのように君は逃げる。――君は、自分自身の罪の意識から来る後ろめたさだけで、『逃げる』という生活をしていたのでは、無かったのか……と」
ルーディが、一度目を伏せて吐息交じりに云い、顔を上げて、――俯いているシールを見て、云った。
「……君、何か、持っているんでしょう」
「――」
シールが顔を上げた――その表情は、怯えたようにも見えて――。
ルーディは、決してバッグを見ようとはしない。
ただ、シールが、バッグを見、そしてまた俯いた。
……それはルーディの言葉を肯定したのと同じだ。
「サン・ターシュさん一家は、文化庁から、旧クリステン文化財の保存を、委託されていた。――サン・ターシュ邸にあったものは、我が家と違い、決して私有財産ではない。……だから、君がもし、仮に『自分の家にあったもの』だろうと、持ち出したのでは、それは確かに――罪になる可能性がある」
出来る限り、冷静にルーディは云う。――客観的な見解に過ぎない、第三者の話だ、そう主張するかのように、冷静に。
「だけど、死んだ人間の罪を裁くことが出来ないのも本当だ。……だから、司法が君を追いかけることは絶対に無い、どこから被害届が出ようと、死んだ人間を捜査することは出来ないんだから。――司法当局は、そんな暇じゃないからこそ、シェレ・サン・ターシュが行方不明者リストに入り、死亡と判断されるまでがスピーディでもあった」
「――」
「だから……、――重ね重ね、私は本当のことは知りません――文化庁が、『シェレ・サン・ターシュ』を捜していたのは……恐らく、生きているなら、何らかの文化財を保護している可能性がある、あるいは、『シェレ・サン・ターシュ』が持っていた『もの』が、どこかにある可能性がある、そう考えてのことではないでしょうか」
そこで、シールが顔を上げ、ふと表情に疑問の色を浮かべた。
だが、ルーディは「どうしました」と聞くことは無く、続ける。
「と云っても、死んだことになっている人間を公に常の業務で捜す程、役人も暇では無いでしょうが――そんな雲を掴むような捜索に税金を突っ込んでいるんなら、こちらこそ訴えてやりますよ、私は――。つくづく、巡り合わせが良くなかった。……全く、司法当局はあっという間に死亡と判断するほど忙しいのに、文化庁は何年経っても捜索リストに入れるほど、やっぱり暇人な税金泥棒なのかしら」
くす、とルーディが皮肉に笑って云うと、シールは笑わず、「ルーディ」と声を掛けた。
ルーディは、表情を静かに戻して「何です」と応じる。
「……じゃ、その役人が……シェレが、生きているとすれば何か持っている、死んでいるとすれば持っていた物がどこかにあるかもしれない、と考えて、シェレかその『物』を捜せる根拠は、何なんだ?」
「――」
ルーディは、目を細めてしばし口を噤んだ。
「死んだことになっている人間を捜すなんて……そんなバカみたいなこと、何の根拠も無くてしないだろ。そもそも『生きている可能性を考える』気になるのが変だ。俺は、何のきっかけも根拠もなくてそんなことを『始める気になる』バカさ加減の方に、税金泥棒って云うぞ」
「……」
「あんた、役人が、シェレを捜すこと自体には何の疑問も持ってない…よな。あんたは、そんな『雲を掴むような捜索を役人がやっている』ってことを、まだ訴える気になってないんだろう? あんたが、そんなこと想像したのにも、何か根拠が、あるんだろ?」
シールが、――やはり少し怯えたような、しかし、縋るような顔で、ルーディに問う。
ルーディは、ひとつ息を吐いてから、
「君は君で、何も想像しないの?」
と苦笑を見せた。
戸惑った顔をしたシールに、ルーディが云う。
「簡単です。私は、報道で知ってます」
「……」
「シール、サン・ターシュ邸の現場検証が終わってから、整地が行われたんですが、――地下室が見つかったんですよ」
ルーディが云うと、シールが、少しだけ驚いた顔をした後で、「ああ、そうか」と云うように息を吐き、頷くように俯いた。
それだけで、シールは自分の疑問に答えを出せただろうと、ルーディも思ったが、確認のつもりで云う――「それ」は、「報道がされたのだ」ということを、シールに確認する意味もあり――。
「調査で、その地下室に、ある筈のものがどうも見あたらない、という結果が出たらしい。どんなに貴重なものなのか私には分かりませんが、……役人は多分、『それ』が気になって、捜索リストに入れていたんではないでしょうか。シェレが生きているとすれば、持っている可能性が高いから、『シェレ』も捜索対象だった」
「……ああ…」
「一般的にも、一時……、そちらの――地下室に在る筈なのに無い物の方が、ミステリーとして報道されましてね。――私は不思議でならなかった、何で、シェレの遺体やその痕跡が発見されてないことより、そっちの方が興味深いんだろうと……」
「――」
「一体、あの事件から何年経ちましたか。――それほど熱心では無かったにしろ、まだ捜索の対象にはなっていたなんてね」
ルーディが呆れた口調で、独り言のように云った。
シールはまた、「そうか…」と息を吐き、バッグを見た。
ルーディは決して、バッグを見ない。
「ルーディ、その、『地下室にある筈のもの』が何なのかは報道されたのか?」
シールが、……今度は、彼の方がとても淡々とした声で云った。
そんなシールの声色に目を細めた後、ルーディは「いいえ」と首を振った。
シールは、「そうか」と頷いた後、――バッグに手を掛けた。
ルーディが、眉を寄せる。
「シール、――私はさっき、『これ以上、箱を開けるな』と云った筈ですよ」
まるで子供を窘めるような声でルーディが云い、シールは苦笑した。
苦笑して、
「いいんだよ、ルーディ」
と首を振って、バッグを開けた。
2005.11.29




