↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/124

=5= -(1)



 熱を出して寝込むというのも久々だな、ということを、シールは感じた。

 家のない人間には、そういうことが無理であるから。

 そして、そういうことを感じられる余裕が出来たということは、熱が下がって楽になってきたということなのだろうと。

 目を開けて起き上がり、まだ半開きの瞼を擦った。

 寝すぎたのか、目やにがまつげに貼りついている。パリパリと離れる感触があった。

 フワ、と欠伸をしたところに、部屋のドアが開いて、家主が入ってきた。

「起きましたか」

 と、ルーディが云った。うん、と頷くと、近寄って腰を屈め、シールの額に手をあてた。

 え、と少しびっくりした。

「うん、熱は下がったね。後は、傷が治るのを待つだけ」

「……」

「と云っても、無理をするとまた発熱するかもしれないから、しばらくは大人しくしてなさい」

「うん…今、何時?」

「お昼の12時…ちょっと前」

「あ、そう…」

 軽く頭を振って、シールは頭に刺激を与える。

「食事は、出来そうですか?」

「あ…」

 ルーディが問うと、シールが言葉で答える前に、くるる、と腹が鳴った。

 シールは微かに頬を染め、ルーディはニッコリ笑う。

「正直ですね」

 ルーディは屈めていた腰をのばし、「スープを取ってきます」と云って部屋を出た。


 もう準備は出来ていたのだろう、取ってくると云ったのだから、スープが出来上がっていたことには間違いない。ちょうど、昼食時でもあることだ。

 ルーディは、すぐに戻ってきた。

 だが、食器に注いでトレイに乗せて、ということを考えれば、随分早い気もする。手際が良いということだ。

 入ってくると、部屋の中央を基準にしたら窓寄りに配置されたテーブルに、まず近寄った。

 小さな声で、「おっと」と呟き、片手と胸でトレイを支え、そのテーブルに置いたままだったシールのバッグの、肩紐を掴んで持ち上げる。

 シールは、俯き加減になっていたのだが、視界の隅にそんな仕草が見え、ハッと顔を上げると、

「…触るな!」

 と叫んだ。

 ずっと寝ていた所為で掠れてはいたが、険しい声だった。

「それに触んな!」

 今度の声は、焦りが混じる。

「分かりました」

 ルーディは、微かに目を細めた後、特に目立って驚いた様子は見せず、そのバッグを、窓が埋まった壁に接しているソファへ置いた。

 そして、トレイをテーブルに置く。

 シールは、「あ…」と息を吐いて、

「ごめん」

 と口ごもった。再び俯き加減になる。

「別に」

 ルーディは、あっさりした声で云って、「トレイじゃなくてワゴンで持ってくれば良かったかな」と独り言の口調で云った。

 それからベッドに近づくと、脇のチェストに置いてあった、冷却ジェルやタオルなどを片付け、テーブルの空いたところへ置く。入れ替わりにスープのトレイを持ってくると、一緒にトレイに置いてあったグラスをチェストに置いて、シールの、毛布が掛かった膝の上にトレイを載せた。

 それを支えて眺めた後、顔を上げて、シールはルーディを、どこか不安げな様子で見つめる。

「ルーディ、それ…中、見た?」

「何故?」

 ルーディが、テーブルに添えられた椅子を取ってくると、ベッドの脇に置いて腰を下ろす。

 シールの質問に、首を傾げた。

「何故、私が中身を見たと思います、君が寝ている間に?」

「いや、そう思ってる訳じゃないけど…」

「確認するということは疑っているということでしょう?」

 気を悪くしたという様子は見えないのだが、ルーディの素っ気無い声に、シールはどこか申し訳ない。

「見てませんよ」

「……そうか」

「君の財産でしょう。…どうぞご覧ください、と云われない限りは、鼻面突っ込んで人の財産嗅いだりしません」

 そう思う人間ばかりだったら、シールは、こんなにも焦って、険しい声で制止するような態度は取らずに済んでいたのだが。

 ルーディの言葉に、シールは自嘲めいた苦笑を漏らし、「そうだな」と頷いた。

「そんな大事なものなら、いくら私が君の部屋に入らないと約束したからといって、無造作に置いておくような真似はしない方がいい」

「…ああ、そっか。そうだな。俺、…外に出る時に、バッグ持ち出すこと…最近無くなったんだし」

「ならば尚更ですね」

「クローゼットにでも入れておいてくれないか、今のうちに」

 シールは、スプーンを皿につけながら云う。ルーディは、「はい」と頷いて立ち上がり、ソファに置いたバッグを、クローゼットに入れた。

 そんな後姿を見ながら、シールはスープを啜った。

 再び椅子に座ったルーディは、首を軽く振って云った。

「それにしても、今みたいな態度を今までとっていたのなら、君、相当苦労したでしょう」

「……え?」

「ずっと、あのバッグを持ち歩いて仕事していたんでしょ? …客の誰かが触ろうものなら、今みたいに叫んでいたのだろうし、となると、客は気を悪くすることでしょう。それに、却って興味も湧かせてしまうものね」

「…あんたなら、見てもいいよ」

「何故?」

「…盗りはしないだろうから…」

「確かに、盗りもしませんが、別に見なくてもいいです」

 ルーディは首を振って、そう云った。

 ああそう、とシールは息を吐いて、スープを口に運ぶ。

「初めて会った日に云いませんでしたかね、私は玉手箱は開けないタイプなんです」

「ああ、云ったけど、俺は知らないな。…ヤパの伝説だっけ?」

「ええ」

 頷いて、ルーディは続ける。

「封印というのは、必要があってなされているのだから、それを解く好奇心や欲望というのは、理性で抑えるべきではないですか? 封印の必要性と、解く必要性を秤にかけたら、封印の方が重いということを、どんな説話も伝説も云っていると思いますよ、私は」

「…パンドラは?」

 シールが、フト呟く。

 ルーディが、少し驚いた顔をした。本当に少し、微かな変化だったが。

 そして、笑みを浮かべ、「古典が好きだったのかと思ったのも間違いではなさそうだな」と思った。

「パンドラが解いた封印の底には、『希望』があった」

 シールが云う。ルーディは頷きつつも、ふん、と鼻を鳴らし、苦笑した。

「君はそれを、ハッピーエンドと思うタイプな訳ですか」

「ハッピーエンド…なぁ…、さあ、そうは思わないけど、未来はある終わり方だろう?」

「私は、それ以前に世界にちりばめられてしまった、災厄の方が問題だと思いますよ。箱の底に『希望』があったとして? 世の中には嫌なことが沢山出来てしまった。…マイナスの方が大きいんじゃないですかねぇ、それとも、その『希望』は、全ての災厄を全く振り払ってくれるほど大きなものなんでしょうかねぇ…」

「……」

 シールは、どこか呆れたような顔をしていた。

 ルーディは頬を擦りながら続ける。

「どっちにしてもプラスマイナスゼロ、なのだとしたら、マイナスにもプラスにも上下せず、最初からゼロのままでいいんじゃないですか? パンドラが封印を解いた所為で、プラスもあるけどマイナスもある、という状態になったわけでしょ?」

「面白い考え方だな」

 シールは、ルーディの言葉に、苦笑交じりの感想を述べた。

「そんな考え方、聞いたことが無い」

「そうですか。極端な話、私は、パンドラの箱の伝説は、『封印を解くことへの言い訳』のようにも思いますよ」

 ルーディが真面目な顔をして云うのを、シールはやはり苦笑して聞いた。スープを啜りつつ。

「大体、『希望』は、箱(、)の(、)底(、)に(、)残(、)っ(、)て(、)い(、)た(、)んですよ? 災厄のように、世界にちりばめられたわけじゃない。…意味が無いじゃないですか…」

 その言葉も、真面目だったので、シールは、ぷっと吹き出した。スープは飲み込んでいたから、はしたないことにはならなかった。

「そういうのは、揚げ足取りとか云うんだ、ルーディ」

「そうかなぁ…」

 不本意だ、というように、ルーディが少し顔をしかめて首をかしげた。

 相変わらず、シールは苦笑して、うん、と頷く。

「あんたが、見るなと云われたものは見ない人だってのは、よーく分かったよ…」

「そうですか」

「…で、その代わり、あんたが封印にしてるものも、誰に解くことも許さない、てことだな…」

「そうです。でも、世の中の人間は、そういう訳にもいかないことは知っていますよ」

 淡々と、ルーディは云う。

「だから人は、ものを盗むし、人を殺す」

 淡々と。

 シールは、うん…と溜息混じりに頷いた。

「俺は、見てもいいって云ったけど、興味はない?」

 シールがルーディに尋ねる。

 ルーディは、首を左右に傾けてから、答えた。

「興味が無くはないけども、そうは云っても、君の財産でしょう。どうぞご覧ください、と云われない限りはねぇ…。この手で、クローゼットにしまったのですし、それをまた出してきてまで」

「俺の財産なんか、大したもんじゃないとは思ってない訳か」

「またそんな卑屈なことを云う」

 ルーディが苦笑する。

 シールが本気で云っているのなら、苦笑で済まさないところだが、シールの声はどこかおどけていたので、ルーディは苦笑するだけにしておいた。

「まあ…、何が入っているのか知りませんが、余程大事なものなのだろうとは思っていますよ。…最初に会った時から、君、酸性雨に濡れた自分よりもバッグの方を余程に丁寧に拭いていたしね」

「……」

「私は、所詮『物』であるものよりは、自分の体の方が大事だろうに、と呆れたんですけどね。今だから云うけど」

 シールが、首をかしげて、「ああ…」と息を吐く。

 そういえば、そうだったか?と。

 ルーディは、皿が空になったので、シールの膝の上からトレイを取り、チェストに置いてあったグラスを渡した。中身は、若干白濁した半透明の液体である。

 シールは、ペロリと舐め、ああ、と頷く。イオン飲料だ。

 汗をかいたから、喉が渇いている。シールは、ごくごくと一気にそれを飲み干した。

 ルーディが手を出したので、シールは頷いてグラスを渡す。

 立ち上がってルーディは云う。

「もう、私が看てなくても平気ですね」

「うん」

 シールは頷き、「ありがとう」と云った。

「お礼はいいです。では改めてけじめをつけて云っておきますが、これから私がこの部屋を出たらば、今までどおり、部屋に断りなく立ち入ることはしません」

「分かった」

 うん、と頷いて、シールは苦笑した。

「仕方なく解いたけど、やっぱり封印は封印だから、もう一回ちゃんと施さないと、安心できないんだな、ルーディ」

 シールが云うと、ルーディは、

「そうですよ、シ(、)ー(、)ル(、)」

 微笑して、名前をやけに明瞭な声で云い、部屋を出ていった。

 シールはやはり、苦笑した。シャレのつもりだったのか?と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。