↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/124

=3= -(2)


 それは、結構早くに来た。

 初めて見る顔の男が声を掛けてきたので、

「ホテルと飯は奢れよ」と云った。

 うん、と頷いた男に、「それと、コレだけ」と指で数を示した。

 結構、思い切った数を、シール本人としては出した。

 その男が、ルーディの家に居候させてもらってから、最初の客だった。

 それで、帰るのが朝になったので、ルーディの家に入り、リビングに向かうと、ルーディが居たので、「ただいま」と云った。

 ルーディが、「お帰り」と云った。


「朝ごはんは食べましたか」

 とルーディが云う。

「一応、適当に…」

 とシールが答えると、「そうですか」とルーディが頷いた。

「お帰りと云ったばかりだけど、お休みを云うべきかしら?」

 シールに背を向ける位置のソファに座り―ルーディの定位置らしい。そういえば、ホログラフモニタの正面である―、苦笑しながら、ルーディはテーブルに置いてあった端末を膝に置き、ぱかり、と開く。

 シールは特に答えず、ポケットから磁気カードを出した。

「これ」

 そして、ルーディの顔の横に差し出す。

「はあ」

 ルーディが受け取る。

「家賃…と食費。…に、なるかな」

「だから、金額は君が決めればいいんです」

 ルーディはそう云って振り向き、カードでシールを指す。

「ふーん…。『小切手』ねぇ、久々に見たなぁ」

 独り言を云いながら、すぐに前を向き、ルーディはまじまじとそのカードを見つめた。

 貨幣経済は未だ健在だが、実際に硬貨や紙幣などの貨幣というものは今時滅多に見られない。

 IDカードがキャッシュカードと兼用なので、普通はそれがあらゆる消費活動で使用される。

 だが、それなりの端末が必要になってくる。シールのように、「行商」「露店」的な商いをしている人間には、そんなキャッシュカードは使えない。店舗を持っていても、IDでもある正規のキャッシュカードは、VRセックス店のようなものになると、客の側が履歴を残したくないので、あまり使用はされない。

 客は大抵、小型端末を持っている。口座にアクセスして、簡易磁気カードに金額を読み込ませ、それをシールは受け取る。「小切手」という名前が、その磁気カードにはついていた。昔の小切手は、店舗ですぐに使えるものでは無かったらしいが、この小切手は、それ用のレジスタ端末がある店でならばいつも使える。

 ルーディは久々に見たというが、シールにはこちらの方が馴染みだった。

 一応、カードの表面に印字された金額を見て、ルーディは微かに眉を寄せる。

 シュ、と端末に滑り込ませ、ルーディはキーを叩く。金額が確認される。…印字されたのと同じ金額が、ちゃんとこのカードには読み込まれている。…一層、ルーディの表情が渋くなった。

 そしてシールを振り返る。

 シールは、どきり、として、ちょっと肩に力を入れた。

「た、足りない?」

 そして、ルーディに訊く。

 ルーディは、「だから、足りないとか足りるとかじゃないって」と呆れた声で云う。

「ちょっと、聞いておきたいんだけど」

「…何?」

「君、ヒモが居るというのじゃないんですね?」

 ルーディが眉を寄せて云う。

 シールも目を細め、

「…え?」

 と確認するように首を傾げた。

 ルーディが、だからね、と続ける。

「君が貰ったのはこれだけ? 例えば誰か仕切りが居て、それに何割か上納しているとか。そういう訳ではない?」

「……違うよ」

 シールは首を振り、フリーだ、と呟くような声で続けた。

「つまり、まだ足りないのか、ルーディ」

「家賃に足りないとは云ってません」

 そう云うと、ルーディはシールに一旦「小切手」を返した。

「それとも、これとは別に小切手を持っている?」

「……いいや」

「客は一人だったということですか」

「そうだ」

 シールは、溜息混じりに頷く。

「……」

 ルーディは腕を組んで、ふぅ、と息を吐いた。

「君、趣味と実益でこの仕事やってるの?」

「どういう意味だよ」

「セックスが好き?」

「……」

 すぐに答えられる訳がない。

 ルーディがあまりにアッサリと訊いてくるので、一瞬何を云われたのかも分からず、不愉快に思うことも出来なかった。

 ただ、一瞬黙り込んで、呟くように答えた。

「キライとは云わない」

「あ、そう」

 ルーディは素直に受け止めて頷き、首を傾げた。

 そんなルーディの顔の横に、シールはカードをもう一度出す。

「貰ってくれよ」

「いくらを」

「……」

 ルーディがシールを見上げ、…まっすぐに目を見つめて云う。

 シールは、ぐ、と息を飲んだ。

「私はいくら貰えばいいの」

 ルーディが受け取りながらもう一度訊く。

「……あんたの、言値で構わない」

「……」

 ルーディが顔を顰めて、また深く息を吐き、首を振る。

 そして端末にカードを滑り込ませて、処理をする。

 処理の終わったカードを、もう一度シールに渡した。

「不愉快です」

 シールが受け取る時に、ルーディはそう云った。

 戸惑った表情で、シールはカードを見る。

 印字された金額が、若干、減っている。

 だが、シールは、これだけでいいのか、と思った。

「ブラン・カテ、1杯分の金額を頂きました。君が、気に入ったようだったので」

 シールが、戸惑った顔をしているのが分かったので、ルーディは先にそう云った。

 え…、と呟いたシールに、座りなさい、とルーディが声を掛ける。

「どこに」

「私の声が聞こえるところなら何処でもいい」

 そんなことを訊くな、と云いたそうな苛ついた声に聞こえたが、しかしルーディはそうは云わずにちゃんと答える。

 シールは、同じくリビングのソファへ座った。

 ルーディの隣と云えるが、そのソファが直角に曲がっているタイプだったので辺の1本ずつに座る形だ。向かい合うほど畏まらずに済む、だが、1辺に隣り合うよりは顔を見て話せる。

「シール、私はとても、不愉快です」

 ルーディが、また、云う。

 シールは少し不貞腐れたような顔を作って、だが、何となく後ろめたい気分にもなって、口ごもりながら云う。

「何がだよ…」

「ブラン・カテ1杯分、私に出させた」

「足りないってんなら、もっと出せばいいだろ」

 シールが怒ったような声で云って、「ほら」とまたカードを出す。

 ルーディの方は、眉を寄せるだけで、声は淡々として続ける。

「そんなことを云っているんじゃありません」

「云ってんじゃねえかよ、このケチ」

「私に決めさせたことが不愉快なんです」

 ルーディの声はやはり、淡々としている。ただ、少し…、熱を帯びている、とシールは思った。

 赤味を帯びた声色、とでも云おうか。

 だが、すぐにそれは、また色を薄めた。

「まるで私が、君に仕事をさせているかのようだ。さっき云った、…私が、ヒモのようではないですか」

「…俺にはそんなつもり、ねえよ」

「じゃあ、何故、私に家賃を決めさせた」

 ルーディが云いたいことが、何だかよく分からない。

 そもそも、家賃と云うのは家主が決めるものなのだから、ルーディの今の、(多分)怒りは、シールにとってみれば、お門違いに思える。

「その小切手の全額を、私が貰ったとして、君は文句も云いませんか」

「云わねえよ、家主はあんたなんだから」

「じゃあ、それを何故、君が云わないんです。全部、受け取ってくれ、と。何故、私に判断させる」

 やっぱり、お門違いだと思う…。

 普通、家賃は、家主が提示するのが当たり前なのに。

 何で、自分が責められなくてはならないのだろうと、シールは思う。

「あんたさ」

 少し、シールの声が呆れたようなものになる。

「ケチなのかな」

「そうでしょうよ。無駄なお金を使うのは嫌いだ」

 ルーディは素直に頷く。

「じゃ、何で…、俺から金取るのが、不愉快みたいな云い方するんだよ、ブラン・カテ1杯って…、それ以上、別にとったっていいのに、それだけしか取らなくてそんな…」

「私は」

 シールの言葉を遮ってルーディが声を出す。

「君に、自分の値段は自分で決めろ、と云っているんです」

「……」

「この家で暮らす価値も、君が値をつけろ、と云ったの。自分の値段と、この家の価値を秤にかけて、自分の取り分と私に払うべき金額を、決めろ、と」

 シールが、口を噤んで狼狽えた表情を作った。

 ルーディはまた、何度目か溜息をついて、…今度は、もうちょっと柔らかな声で云った。

「私が、君に説教をする立場ではありませんけどね? 君の『値段』にケチをつけるのもそれで君が不本意ではないのなら、僭越でしょうよ」

「…あんたは、理解できない安売りしてるように思うんだろうな、俺を」

「そうですね」

 こく、とルーディは頷く。

 シールは黙り込む。

「私だったら、この値段でセックスは売らないもの。もともと、あんまり好きじゃないから、相当高く売るね」

「…だから、アレが好きなのか、なんてことも訊いたのか」

 どこか自嘲めいた声で、シールが云う。そうですよ、とルーディは答えた。

「嫌いじゃねぇ。…それなりに、気分はいいから」

 もう一度云うと、あ、そう、とルーディは同じくもう一度頷く。

「私は相場も知りませんから、それじゃ高いと云われても、値引きも出来ませんね」

「そりゃ、あんたは金持ってるから、そう云うだろうよ。…俺は、買われなきゃ、飯も寝床もねえんだ」

「ふん、今はあるじゃないですか」

 精一杯、皮肉な声で云ったシールだったが、ルーディはまるで気にせず、却って皮肉めいた声で返した。

「少しは、そういう実費を除いた部分で、自分の価値を考える余裕もある筈です」

「……」

「君が貰ったその料金が君の価値だとして、その価値を作り上げているうちのどれだけが、この家で暮らす分であるのか。それを考えろと、私は云っているんですよ」

 シールは首を振り、はあ、と息を吐いた。

「あんたが、プライド高いのはすっげぇよく分かったよ」

「そうですか」

「俺は、あんたほど…プライド高くねえってことなんだろうな」

「ええ、私から見ればね」

「でも、そんなこと云うあんたが、自分の家の価値を俺に提示しないのは何でだよ。…俺は、そんなこと今まで考えたことがねえバカだから、…云われなきゃ、分かんねえ」

 今度は、ルーディが息を吐く。

「ああ…、そう」

「俺、結構…、これでもふっかけたつもりだったんだよな」

 そう云いながら、シールはカードを見つめる。

 …何となく、惨めな、…というより、哀しい、気分になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。