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「あんたから見れば、これも安いのか…。俺、…随分、安いんだな」
「自分が思う価値がね」
ルーディは、あっさり云った。
やっぱり、惨めというより、哀しい…寂しい、そんな気がする。
「俺も、相場はよく分からないんだ」
「一度、お客さんに先に、いくら出せるか、訊いてみたらどうですか。君が、そんなに自分の値段が分からないというなら」
あっさり真面目に、ルーディが云う。
「それが自分の思うより高かったら、黙ってもらっておけばいい。相手の評価は、それだけあったということですから、自分で分からない価値がいくらかは分かるでしょうが」
淡々としていても、冗談のような気配が全く無い真面目な声なので、却ってシールは笑えた。
苦笑して、成る程ね、と呟く。
少しの間、沈黙があって、ルーディが云う。
「…君は」
「……何」
「何故、その商売を始める気になったんです?」
「……」
そんなことを訊かれても、困る。
ルーディは、そんなこと訊いてくるような人間じゃないと思っていた、そんな思いも過り、シールは顰めた顔をルーディから背けた。
「よく分からない、私は。セックスが好きだから、趣味と実益を兼ねてというのも、それほど強くないようだし、手っ取り早い稼ぎ方だと思ったとするなら、その割りにお金は貰ってない」
「……他に、無かった」
「そんなバカな」
小さな声で呟いたシールの言葉を、ルーディは否定する。
今は、そんな「世の中」ではない。
娼婦・男娼、それをやるしか食っていけない、などという暗部がある社会では、決して無いのだ。テラを出ることまで選択肢に入れれば、慢性的な人手不足でもある。余程選り好みしないかぎり、職業訓練から渡航費用まで無償で、簡単に仕事など手に入る。
「そういう職を根絶させるために」と云っていいほど、連邦政府の社会は整っている。余程のことが無い限り…、失業者というのは出ない筈だ。
他に職が無かった、という程度の理由で、シールのような若者が出来ることでは無い。
ルーディは目を細め、シールを見つめた。
指名手配犯のリストには無いと思っていたが、行方不明者・家出人のリストにはあるんだろうか、シールは、と考える。
指名手配犯は自分の商売に関わりがあるので頭に入れているルーディだが、家出人まではチェックしていない。関係が無いので。
「あんたには関係ねえだろ」
微かに、…それは苛立ちか怒りか、震えた声でシールが云う。
ルーディは、「そうですね」と答えた。
「ただ、内面的にも、あんまり君には向いてない職業だとは思いますよ、私は。水商売というのは図々しくなくてはやっていけない部分がありましてね。…まあ、商売というのはえてしてそういうものですが」
「……」
「君には、そういう部分がどうも、まだ見当たらない」
そう云うと、ルーディは立ち上がった。
シールが目で追い、ルーディを見上げる。
「……どこ行くんだ」
「朝食の用意に」
「……」
あっさり答えて、ルーディはキッチンへ向かった。
シールは、どこか呆れた顔をしている。
…怒ってたんじゃないのか、と思う。
平然とした顔と声だった。
シールは、やっぱり、呆気にとられていた。
ルーディを目で追い、キッチンの中へ消えたのを見届けて、腕を膝につき、俯いて、ふぅ、と息を吐く。
「疲れた…」
と何故か呟く。
そして、苦笑した。
毒気を抜かれた、という気分と、緊張がほぐれた、という気分が同居している。
「俺、向いてないのかな」
苦笑のままで、首を傾げる。ルーディの云う通り、向いてないのかな。
でも、…ルーディはあんなふうに云ったけれど、他に出来ることが無いというのも、ちょっとは本当なのだ。
それに、セックスが、嫌いという訳じゃないというのも本当だ。どっちかというと、好きな方かもしれない。だから、…それほど安売りしても平気だったのかもしれない…。
向いてないと云われても、やめることは思いつかないんだよな、とシールは考えて、頬を擦った。何でなのか分からないけども、やめる理由も無い。
…ルーディは、セックスがあんまり好きじゃないとか云っていた。そんなルーディから見れば、この程度のことで身体を売っている自分が、苛立つのかもしれないな、などと考える。
…ルーディがケチというより、ルーディから見たら、俺が太っ腹すぎるのかもしれない、とシールは一人で苦笑した。
「俺の、価値って?」
シールが呟いたところで、「君は」とルーディが声をかけた。
振り向くと、ルーディがダイニングテーブルに皿を置いている。
「適当に食べたって云ってたけど、どうします。お腹は空いてない?」
「…食う」
シールは頷き、立ち上がった。
そしてルーディの前に立ち、改めて、カードを渡した。
ルーディが怪訝そうに目を細める。
「何です」
「これ、やっぱり、全部貰って」
「……」
ルーディは、一応受け取りながら、「何故」と問う。
「自分の、…俺の価値は、自分でよく分からないけど…。自分がどれだけ持っておいたら釣り合いが取れるのかは、分からないけど」
「……」
「この家と、飯は、…そのくらいの価値が、あると、思うから」
シールは、時々口ごもりながら、しかし何とか、…自分で考えたことを、云った。
ルーディは、それを聞いて、シールの目を見つめた。
シールが、「…ダメか」と訊く。
「君が決めたんなら、ダメとは云いません。でも、これを全部受け取ったら、明日から君はどうします? 自分の自由になるお金は、無くなるのでは?」
「いや、今も、少しくらいはあるんだけど…」
「……」
「じゃあ、さっき…、ブラン・カテ1杯分引いたって、云ったな」
「ええ」
「じゃあ…、ノア・カテ1杯分、残してくれ」
シールは、そう云って、カードを摘んだルーディの手を、ぐ、と握った。
「そしたら、1回は、…店に、ノア・カテ飲みに行けるだろ」
「……分かりました」
ルーディは、シールが、…口ごもりながらも、自分の価値観で物を云ったので、大きく頷き、食卓に着く前に端末を弄り、すぐにカードを返した。
受け取ったシールは、「ノア・カテって、結構高い」と思った。
「では、朝食にしましょうかね」
向かい合わせに座って、まずルーディはカップに入れたスープを啜り、シールはトーストを齧った。
「あのさ」
シールが、トーストを一口飲み込んでルーディに声をかける。
「何です」
「これは、例えだけど」
「はい?」
「…あんたが、俺を買うとしたら、いくら出せる」
上目遣いにルーディを見て、シールが問う。
ルーディは、一度パチクリとまばたきをして苦笑した。
「お金出してまで、私はセックスしたくないです」
「……」
あ、そう、とシールは答えた。
ルーディにとっては、俺は、ただでも高いのか、と思う。
「じゃ、ちょっと不思議だと思ったこと、訊くけど」
「何でしょう?」
「あんた、もしかして、人を雇う時も、言値なんじゃないだろうな。…家賃みたいに…」
「シール」
ルーディがやっぱり苦笑する。
「あのねぇ…。家賃だって、私は借主の言値で決めてるという訳ではないんですよ? 借主の収入と税金率…、借主と家主の私が、全く損にならないように節税できる形で。言値なんてバカな真似はしません。借主と家主、両方が『損をしない』あるいは『得をする』ように、なんです」
「……」
「人を雇う時は、当然私が給金を決めますよ。雇い主である私が求める労働に対して、真っ当だと思われる給金を払います。当たり前です」
「あ、そう…」
シールは、それ以上は聞かずにトーストに齧りついた。
「君はまだ、やっぱり、若いんだなあ…」
ルーディが独り言のように云う。
シールは、少しムッとした顔をして、ルーディを睨んだ。
その表情を見て、ルーディが笑う。
「若いと云われてムッとするのは若い証拠です」
「……左様にゴザイマスか」
「シール。…今、私に渡した金額は、一体どれくらいの期間の家賃のつもりなんですか?」
「……」
シールが、黙り込む。
そして、困った、という顔をした。
ルーディが、にっこり笑う。
「うふん、やっぱり、そこまでは考えてませんでしたね」
「……」
「まあいいです。今答えなくても。ゆっくり考えて、これからの自分の価値と、この家で暮らす価値を、また改めて決めるといい。私は、君からお金を、『受け取ったまで』の家賃と食費というふうに考えます。だから、自分で決めた期間を空けて、私によこしなさい」
「…わかった」
シールが頷き、ルーディも「よし」と頷く。
「その期間中、毎日、ノア・カテが飲めるくらいの金額を上乗せして1人から貰えば、結構お金が溜まりますよ」
くすくす、とルーディが笑う。
シールは、曖昧に、「そうだろうよ」と答えた。
「ノア・カテが毎日飲めるほど、君は強くはないようですけどね」
これには、憮然とした表情を作って、ルーディを睨んだシールだった。
やっぱり、ルーディはクスクスと笑う。
自分がやっていることに対する代償として、相応の金を貰うということを、あまり、考えたことが無かったと、シールは改めて思う。
「その日暮らしの代価が、自分という体というのは、余りにも安くないですか」
「……」
「というか、君は、悔しくないですか?」
そういう部分で、ルーディから見たら、自分は「プライド」というものを、安く考えすぎているということなのだろう、と。
そして、そういう部分が、ルーディからしたら
「若いなあ」
という表現にもなるのだろう。
「刹那的とも云えますね、人生が」
そんなふうにも、ルーディが云う。
そんなことは、現在の自分の年齢と頭の中では、よく分からない。
自尊心と自分の値段という部分では、まだ分からない…ピンと来ないものがあるのだが、今、自分が暮らしている家主がそういうのだから、もうちょっと「商売ってのを考えよう」、と、シールはそういうふうに思う。




