不沸凪茶は、茶番にへそが笑う ②
事業部の一つをまとめる部長職に就くものが、次々と不祥事を引き起こして解雇したり逃亡したりと、問題になっていた。瀬倉は横領、姥田は背信。共に極度のハラスメント行為が日常的に行われていた。
「渡嶋課長。菫君を復帰させるにあたり、部内の負の遺産を整理したい。協力を頼めるかね」
実直でやや頑固。生まれる時代を間違えたと揶揄される堅持部長は、真面目でぶっきらぼうなだけで柔軟な思考を合わせ持っている。部長になる時、窓際に追いやられていたベテラン社員の御局様‥‥渡嶋頼子を課長に抜擢したのも彼だ。頼子は当然嫌がった。菫や凪茶達の件を持ち出され、彼女達を守る為に渋々承知した。
身体に問題がないのならば、休職中に出かける事もあれば、テレビやスマートフォンを眺めながら息抜きをする事もあるだろう。あくまで常識的な療養の範疇で。
凪茶は休職中の栄依子らしき人物が、派手なSNS活動をしているのをたまたま見つけた。休職中なのは言葉を濁して隠していたが‥‥過去の投稿内容や話から、疑いを持っていた。もちろんSNS活動など、話が誇大に脚色されたり、嘘が混じったりするので信頼性に欠けるのは承知だ。
もしこれが栄依子本人ならば、出勤して業務を行うのに問題ないレベルだな‥‥そう思ったのだ。病弱だから仕方ない、、、は通じないくらい元気いっぱいなのだから。
凪茶は、確信の持てない内は未夢にも本心を誤魔化していた。この投稿者が目黒栄依子当人ならば、きっちりと社会的に正当に処分をしようと考えて業務日報やこの不明の個人記録を残していた。活動ネームが違うため、確証に至るまで調べる必要があった。
栄依子は休職中、毎日のように積極的にSNS活動を行っていた。自分だけの更新に留まらず、活動仲間への活動にも絡んで。精力的な行動力はSNS上だけではなく、混雑を伴うイベントに参加したり、デパートで買い物をし、ランチを楽しむ様子が投稿されていた。
【────会社‥‥嫌だな。中身ペラッペラのあざとい女や、冷めたお茶みたいな意地悪女が、病弱な私を虐めて楽しむから】
【────医師の診断で鬱と言われた。良かった。うちの会社緩いから鬱の原因から、しばらく離れられそう】
【────病気とわかると途端に辛くなった。おかげで許可が下りた。親身になってくれた課長と、理解のある部長には感謝しかない】
【────前回も今回も、申請が通ったのは助かる。意地悪女に私の仕事をさせて、ただ働き。罰金で飲むお茶は美味しいし、あいつは、ざまぁだよね】
【────今日は推し活。イベント会場にGO! 行きも帰りも電車激混みだけど、推しのためなら④ねる。貴重な写真もアップ完了!!】
【────旦那が、お休みなのでデパートへお買い物。働き蜂には味わえない優雅なランチ付き。旦那におねだりして色々買っちゃいました。←言えないブランド品】
【────大人の夏休みがもうすぐ終了‥‥みんな最初は優しかったのに、冷たい態度に変わっていて辛くて憂鬱。でも私には、理解して、助けてくれる人がいるからね。上司権限で、あいつらを追い出してくれればもっといいな】
栄依子はSNS活動初期は、瀬倉と姥田や他の社員達にも自分のSNS活動のフォローを頼んでいた。旦那のいる栄依子などに興味のない若手社員はろくに見もしていないが、瀬倉や姥田など一部のものは、コメントを送ったりしていた様子がわかる。
「元部長‥‥瀬倉が会社のPCから投稿するとか──アホ過ぎて、目を疑いましたよ。へそで茶を沸かすって、こういう時に使うんでしたっけ」
「灯台下暗し‥‥ね」
凪茶の報告に、頼子も側にいた未夢も開いた口が塞がらない思いを共に感じた。
「鬱の原因って、私となぎちゃんなの!? 栄依子に嫌味言われまくったの私なんですけど??」
未夢が頼子課長と一緒に栄依子のSNS活動の内容を見て愕然とする。実際は未夢の方が栄依子に一方的に絡まれていた。ただどっちが悪いかは理由は別として、はじめは栄依子が心理的負担を感じた事実をただ日記のように書いていた。
【未夢ちゃんは僕が何とかしておくから療養に専念して、しっかり休むんだよ】
【凪茶ちゃんには以前のように、罰として君の仕事を任せるよ】
「セクハラ部長が初めて役に立った⋯⋯といっても、元々こいつのせいなんだよね」
「うげぇ‥‥キモハラセクハラが加速したの、栄依子のせいじゃん。だいたいあの子が私の悪い噂を社内に広めたんだよ」
「あんたの場合、ぶりぶりし過ぎよ。未夢はともかく、菫さんが不憫ね」
「なぎちゃん、たまには私を慰めようよ。私にも心があるんだよ。私よりも、なぎちゃん──仕事押し付けられて、もっと酷い事をいわれてるのに」
「仕事は会社の方針だから致し方ない面もあるってことだよ。まあ‥‥このやり取りを見る限り、割り振りが極端だけど、訴える先は、まず会社側になるわね」
「本心はどこにあるのか文面ではわからないわ。ただ‥‥気分は良くない内容と、その後の行動は挑発と誘導に見える。証拠の掲載写真を合わせて、病気は偽り、グルだと捉えられても反論が難しいわね」
ドライな同僚の反応に嘆く未夢は放っておいて、凪茶は頼子と対策を練る。
栄依子が受けた医療機関は旦那。身内による診断で不正や違反の疑いがある以上、別の医療機関を受け直す必要が出るかもしれない。学習した後なので、彼女に対しての正しい診断は難しそうだった。
頼子の言うように上司達のハラスメントを助長させる原因を生んだのが、栄依子によるSNS活動の中にあるように見える。栄依子当人が命じたわけではないにせよ、止める様子はなく、誘導を狙った文面が至る所に見られた。
姥田の出した許可を認めたのが瀬倉なのと、休職中にも関わらずエンジョイしている社員を咎めるどころかいいねし、実行していた。知らなかったなとまと、言い逃れは出来ないだろう。
少なくとも瀬倉、姥田らは栄依子の仮病を黙認していた事実は書類と、業務中の会社のPCにデータを残している。二人はすでに会社にはいないが、凪茶の日々の業務内容と、保存していたデータはしっかり記録にされているので問題なかった。
「私が瀬倉なら、今さら栄依子のために沈黙しても取り返しのつかない立場にいるから!洗いざらい話そうだわ」
瀬倉がいまどんな状態なのか、たぶん栄依子は知らない。味方にしようと呼び出せば、逆恨みされて彼女の意図しない真相を話し、道連れにする可能性は考えられた。
「腹黒栄依子がわざわざ爆弾爆発させるために、呼びそうないよね」
「私たちへの憎しみが勝つか、ケチのつけ始めの栄依子がのうのうと楽しんでいる怒りが勝つか、みたい気もするわ」
「不沸さん、それは流石に私も引くわよ。それに証拠として実務の実態や日常の内容は大事だけど⋯⋯もう一つ、決定打がほしいわね」
頼子課長、やる気だ。それならばとっておきのお茶‥‥切り札を出すべきだろうと、凪茶は1枚の名刺を頼子に見せた。
「決定打になるかは調べ次第ですが、栄依子の旦那の方をいま調査中です。このやり取り‥‥黒ならば、他にも余罪あると思いませんか?」
医療機関としての規模と、診察報酬に対しての散財の仕方が合っていないように見える。栄依子が物証を自分から見せびらかしているので、証拠や証言は集めやすい。警察機関とも連携出来れば理不尽な搾取を終了出来る。
貴重なお茶の時間を奪う目黒許すまじ‥‥凪茶は沸騰した湯でお茶を淹れるような真似はしない‥‥姥田は別として。未夢に言われるまでもなく、こういう機会のために事実を積み重ねて来た。制度を正しく利用している以上、栄依子にとやかく言えば言うほど不利になる。
傷病手当ての優遇や、好きに休んでペナルティのない制度を利用して、言いたい放題、やりたい放題。実害まで生じているのに、これに対して不満を述べると、何故か凪茶の方が悪く言われるのだから堪らない。ずっと我慢し耐えて来た。沸々とわく、怒りの気を鎮めるお茶の時間がなければ、栄依子よりも凪茶の心身の方が先に壊れていただろう。
大人しくしていれば尻尾を掴まれず、不正に収入が得られ続けただろう。しかし栄依子は特権を見せびらかし、それが当然と考える傲慢さを持つようになった。たとえ生来病弱なのが本当でも、弱者の権利を振り回せば、強者にかわる。栄依子はすでにやってもらって当たり前、弱者だから相手の気持ちを考えるよりも私が先でしょっ!! そう叫ぶモンスターに成り果てていた。




