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不沸凪茶は静かにお茶を濁したい  作者: モモル24号


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6/10

不沸凪茶は、新芽を摘む先輩に熱湯を注ぐ ③


 二人は仕事の後、よく行くカラオケ店へと向かう。繁華街にあるので、食べて飲んだ後では混んでいるが、早目の時間だった空いていた。


「飲食店だと配信者とかに声を拾われかねないからね」


「とりあえず一曲、行く?」


「遊ぶのは後にして、先に本題。一応曲は流しておこう」


 凪茶が未夢に頼み事をするのは珍しい。それも会社ではなく、人に聞かれるのを避けたい話。何となく未夢も想像がつく。凪茶の性格から人に頼る事はしなそうなだけに意外な気もした。


「あんたの伝手で、姥田のやつをヘッドハンティングして欲しいのよ。出来るでしょ?」


「⋯⋯⋯⋯なぎちゃん、やっぱり勘づいていたのね」


「私の邪魔さえしなければ、未夢の正体はどうでもいいのよ」


「え〜っとさ、邪魔って、お茶の時間?」


「他にある?」


 凪茶が真顔で聞き返すので、未夢は指でこめかみを抑えた。未夢は凪茶が自分と同類だと思っていた。送り込んだ先によってはライバルになる──そう思っていたのだ。


「具体的な斡旋先の希望はある?」


「現実味の高い所かな。あいつ(姥田)も喜び、相手も実力を勘違いしそうな某国とかなら最高ね」


「手配は任せて。でも⋯⋯怖いから、計画の内容は聞かないよ。部長に行かせるように、どうやって仕向けるの?」


「絶好の機会があるじゃない。プロジェクトのプレゼンで赤っ恥をかけば、自分から引き抜きの釣り針を握り締めに行くわ」


「なんだろう‥‥姥田のお先真っ暗な未来が見えるよ」


「俺は行きません!‥‥って、きっぱり断ればいいだけよ。プレゼン失敗して恥かいても、会社に残る図太い神経があるから‥‥実際どうなるかは、姥田次第なのは確かね」


「無駄にあがきそうだよね。地雷の紐付きだし‥‥」


「そっちは自爆ネタをとっくに掴んでいるわ。ほっとけば、自分から消えるよ」


「私、あの人苦手だから、そうなってほしいと思っちゃうよ」


「付き合っても無駄なだけよ。さっ、取引は済んだし、食べて飲んで、歌いましょ」


 凪茶も未夢も姥田部長就任以来、だいぶストレスが溜まっていたようで、二人とも声がかれるまでカラオケを楽しんだ。



 姥田は要領は良い。だが地味な確認作業や、根回しなど人知れず行う労力を厭う。口うまく手柄を奪うだけで、自分自身の努力で何かを成す、築くといった頑張ろうとする気持ちは学生時代で終了していた。


「素晴らしい! さすが凪茶ちゃんだよ! 君に頼んで正解だったね。これで次のプレゼンにも間に合う」


 穴どらけのプロジェクトの企画をゼロから作り直し、凪茶はプレゼンで使う企画資料を全て手書きで作成して来た。表紙ページには、しっかりと姥田の名前が書いてあった。表紙を作り直す手間が省けたと、作成した彼女の前で平然と述べた。


 姥田は目の前の企画書の完成度の高さに浮かれていた。凪茶が印刷ではなくわざわざ手書きで書いた理由や、何故自分の名前で企画書を作成してくれたのかをまったく気にしなかった。


「会議まで、大事に保管して下さいよ」


「もちろんだとも。企画を盗まれでもしたら大変だからな」


 それはお前が言うセリフではないだろう、そうツッコミたくなる凪茶だった。姥田は珍しく凪茶の忠告を聞き、資料の束を大きな封筒にしまい、鍵付きの引き出しに大事そうにしまった。仕掛けの為に時間調整が必要だったのだが、企画書の完成ギリギリまで姥田を焦らす事が出来た。



「踊りださないか心配なくらい、手のひらクルックルだったね」


 凪茶が企画書を作成したおかげで、先日までの体調不良が嘘のように明るく顔色も良い姥田。あまりの変わりように、危ない薬でも飲んだのではないかと思う者がいたくらいだ。


「先日まで真っ青で窶れたふりをしていたわね。あれは病気で欠席を狙ったのかも。プロジェクトの失敗は痛いけれど無能の烙印押されずに済むものね」


 凪茶と未夢は菫のいる用務員室に来て、お茶をご馳走になっていた。菫は二人の話をニコニコしながら楽しそうに聞く。彼女は御局様‥‥渡嶋から、職場復帰を促されていたが、もう少し仕事慣れしてからにすると断っていた。

 

「企画書いたら用済みなんて‥‥なぎちゃんに感謝のかの字もないんだね」


「まあ‥‥かの字どころか表紙以外、全部消えてるんだけどね」


 凪茶は企画参加者からあっさり外された。企画は彼女が作成し書いたもの。しかし会議に参加して余計な口を挟まれたくない姥田が外したのだ。凪茶に頼ろうとして断られ、大見得切って自分が起ち上げたプロジェクト企画を逃げようとして、彼女が助け舟を出すと復活し、助けてくれた後輩はあっさり切る。姥田は自分がどう周りに見られているかなど、まったく気にしていなかった。


 それどころか無言で指示に従う凪茶を見て、姥田は部長となった自分を立てて、甘い汁を吸うつもりだと企画書作成の恩を忘れて内心馬鹿にしていたのがわかる。声が大きいので楽しそうに話す姥田の会話は丸聞こえだったためだ。



 凪茶が資料を手書きで書いた理由は、時間が立つと消えるインクで書いたから。重要書類などには使用禁止されているペン。姥田に渡した日はまだ書いたばかりで、インクがまだ消えていなかった。全部書くのは大変なので、書いたのは姥田が確認のため見るであろう最初の一部だけ、あとは表紙と目次以外は白紙だ。


 自分で作成したものではないのだから、普通の神経ならばしっかりチェックする。まして部長ともなれば、部内の色んな事柄への責任が生じるから尚更だろう。信頼の問題ではなく、責任の問題。お膳立されたものを要領よく使って来た姥田は、当たり前の事が出来ない、いやそんな当たり前がスッポリ抜け落ちていた。


「甘やかされ、やってもらう事が当たり前で、自分で何にもしてこなかった典型ね」


 だから凪茶へは本心からの感謝もない。そんな相手に誠意を求めても、都合良く自分の実力の結果に置きかわって話にならなくなるだろう。


「手に取るように、姥田の心理わかっているんだね、なぎちゃん」


「本当に可愛らしい悪魔よね」


「未夢はともかく、菫さんまで酷いですよ。あと、水羊羹が美味しいです。ご馳走様です。それで‥‥未夢、話は通じたの?」


「なぎちゃんが適当に書いた企画書をPCで打ち直して、姥田の名前で送っておいたよ。欲しいと判断されれば、そろそろ打診来るはずだよ」


「会議の終わった後にオファーが来ると、姥田(パイセン)が飛びつきやすくて助かるけど‥‥難しいかな」


 プロジェクト失敗の情報が伝わってしまった後では姥田の価値が下がる。送った資料は現実味のないプランだったが、見るものが見れば、姥田の隠れた才能に気づく項目がいくつかある。全部機械(AI)任せで論拠はないのだが、現地調査をろくにしないで情報だけ欲して引き抜こうと考える某国には、姥田はとてもよい贈り物になるだろう。


 のんびりとお茶を楽しみながら会話を楽しむ凪茶達。その一方で姥田はお偉いさんの揃う会議室で得意気にプロジェクトの企画の説明を始めようとしていた。


 企画書を渡された時に内容はざっと見ただけだが、凪茶が丁寧に説明しやすく書いてあるのがわかった。経験上、凪茶がミスをする事はなく、だから姥田は安心している。


「それでは俺‥‥私の起ち上げた新規プロジェクトについての説明を始めます。皆様、お手元に配られた資料を開いて下さい」


 プロジェクターを使って説明を同時に行うが、用意した資料の方が見やすい。姥田は興奮していた。部長に抜擢してすぐにプロジェクトを成功に導けば、もう一つ上の椅子に座れる可能性がある。停滞気味の夕月商事は、いま勢いあるものを尊重する。本部長の席を射止めれば、将来幹部の座が約束されたようなものだった。


 パラリ────


 ────静かに用意された企画書をめくるいくつもの音がする。姥田は呼吸を整え、気合を入れる。ただ会議室に集まった人々の反応がおかしい。


「⋯⋯姥田君。これは何かね?」


 突然、上役の一人の疑問の声が上がる。姥田は慌てて表紙をパラッとめくる。内容に関する目次、そこは問題ない。そしてさらにめくると‥‥グラフなど印刷された線だけは残っていて、文章や数値は消えていた。殆ど白紙に近い資料。


「これは今から君が説明し、我々に記入させるつもりなのかね?」


 あくまで真面目に問いかけてくる上役達を前に、姥田は顔面蒼白になる。何が起きたのかわからない。凪茶はみっちりと資料を書いてくれていた。手違いで配布分が未記入でも、手元の資料があれば企画の説明は出来るはずだった。しかし‥‥自分の企画書も真っ白な状態で、説明しようがない。内容を知る凪茶は姥田自身が企画から外してしまったし、自分が作成したと豪語したため部下のせいに出来ない。


「は、はい。説明をする予定でしたがた、すみません体調が⋯⋯」


 上役の疑問に乗っかり、とりあえずこの窮地を逃れる言い訳を思いつく。姥田は実際脂汗を流して顔色を悪くし、痛みを堪えるような表情をした。


 企画責任者がまさか本当に何も知らない、何も考えていないなどと誰も思わず、結局会議は中止となった。



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