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不沸凪茶は静かにお茶を濁したい  作者: モモル24号


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3/12

不沸凪茶は、出涸らし部長を許さない ③


 休日明けの出勤日は働く社会人なら誰もが憂鬱な気分だろう。しかし、今朝の凪茶は違った。長い間に溜まった鬱憤のひとつが解消され、仕事の貴重なひと時のお茶の時間を邪魔される確率が少し減ると思うと笑いすらこみ上げて来る。


「我ながら、性格悪いかな」


 凪茶が受けた不幸とストレスの割合と、人ひとりが今後受けるであろう不幸の割合が釣り合わない。もっとも凪茶が知らんぷりを決め込んだ所で、いつか悪事が明るみに出て罰せられるのは変わらない。 


「逆恨みしそうだよね、部長(あいつ)のタイプ的に。真っ先に未夢に向くからいいけど」


 未夢には、いつも通り振る舞うように伝えてある。彼女には菫さんと会った事など、余計な情報は入れない。余計な気を回して、いつもと違う振る舞いで強引に言質を引き出されると、真実味が薄れるからだ。


「せっかくの機会だから、恨みを被ってもらって一緒に片付けておこうか」


 朝からお昼まで、いつもと変わらない仕事場の景色。お昼を食べた後も凪茶は淡々と作業をこなす。仕事の大半が入力作業だと、お腹に血が巡り眠くなり肩も凝る。気分転換と、運動(サボり)のために、そろそろ未夢が動く頃合い(時間)だ。


 給湯室で未夢はいつものようにサボって、のんびりとお茶を淹れる。お茶は煙草同様に、休息の口実だ。湯を沸かしながら、未夢はスマートフォンをいじる。これもいつも通りに部長の来るタイミングで録音をオンにして。


 瀬倉部長が偶然を装ってやって来る。下手な演技に慣れ過ぎて、堂々している。これもお決まりの行動。


「未夢君、最近色っぽくなったな。彼氏のおかげか?」


 下衆な笑い顔で話しかける。毎日のように当たり前に、うっとおしい会話が飛ぶ。白々しく偶然を装うフリや、お天気の話をしなくなったのは、瀬倉の中で未夢と親しくなったつもりでいるからだろう。


「何度も言っていますが私、いまは彼氏はいませんよ」


 顔色を変えずに即答する。瀬倉には確認のつもりがあるのだろうが、未夢はうんざりな質問だ。近所の世話焼き婆さんでも、毎日は聞いて来ない。


「そうか。それなら僕がかわりになってあげようか」


「部長には愛する奥さんや年頃の娘さんがいるじゃないですか」


「はは、いないようなものさ。未夢君と一つになれるなら、女房とはすぐにでも別れるよ」


 今日はいつもより踏み込むなぁと、未夢は気持ち悪い思いを我慢しながら、毎度のように肩に置かれた部長の手を軽く払う。


「いつも言ってますが、意味もなく身体に触るとセクハラになりますよ」


「いいじゃないか、減るものでもないし。それに君だって、まんざらでもないのだろう?」


「好きでもない人に触られるのは嫌ですよ。部長もそうですよね?」


「僕は女の子から触ってくるのは平気だぞ。あぁ、御局様(彼女)は、少し遠慮したいがな」


 ガハハと下品に笑う瀬倉。無駄に自信があって強気だ。未夢は背筋をゾワゾワするのを我慢した。勘違いにも程がある。何度言っても彼の価値観は変わらない、変わらなかった。


「⋯⋯仕事に戻ります」


 未夢は部長の湯呑みにお茶を淹れると、 そう言って給湯室から逃げるように出ていった。




「──なぎちゃん、気持ちワルッ! 何とかいつも通りやったよ。なんかさ、勝手にバクダン発言連発していたんだけど」


「その言い方だと私が気持ち悪いやつみたいだよね? 一緒に爆発する?」


「ちょっ‥‥頑張ったのにぃ〜」


「お疲れ様。冗談よ」


 少し表情が固かったが、未夢は普段通りに振る舞えていた。普通はあれだけそっけなく対応されたら嫌われていると気づくはずなのに、瀬倉は自分しか見ていない。注意を気にもしていない。


「⋯⋯下手なゴルフで大ポカしたんだとさ。機嫌の悪さを埋めるために、未夢に慰めさせようとしたんだよ」


 菫から凪茶にメッセージが届いていた。昨日の御礼と、今日は部長が一段と機嫌が悪いと連絡があったばかりだ。


「えっ‥‥何で? 気持ち悪いし、意味わかんないよ」


「嫌な気分を、楽しい事で埋めようとしたんでしょ。危なかったね」


「うへぇ⋯⋯あいつ、肩に手を乗せる時、擦るんだよ。だんだんと前にずらして来てさ」


「どうせなら決定的な瞬間捉えたかったわね。減るもんじゃないし」


「な、なぎちゃんの裏切りもの」


「冗談よ。あんなトラウマ級に気持ち悪いのを、よく耐えて来てくれたよね。偉い偉い。未夢の尊い犠牲は無駄にしないから、仕事しようか?」


「なぎちゃんの鬼っ!」


 サボった罰にしては、精神的に厳しい役割をうまくこなしてくれたと思う凪茶だった。実際の被害者は未夢のため、彼女にしてはやる気が高い。凪茶は自分が未夢の状態なら、とっくに熱湯を顔にぶっかけてやっただろう。それに今までの娘はセクハラを嫌がり、給湯室に近づく事さえなかったのだから。


 凪茶はセクハラ現場の録音データと映像をまとめ、未編集のオリジナルはフォルダだけでなく、カードへも移しておく。不正の証拠は三箇所に分け、契約書に関しては資料課を通して原本を確認する。少なくとも今回のものは改竄された様子はない。取引先の生産実数と整合を重ねて数字を詰めていけば、不明な部分がわかるようにした。


 作業としては、お茶の時間を潰すくらいで出来る簡単なものだ。経理をしているとグレーな部分は出てくるもので、よほど過剰でなければうやむやにされがちだった。


 瀬倉部長の場合も、一件一件は少額かもしれないが、長い間に積み重なったであろう金額は相当な額になる。証拠を消される前に部長の関わる取引の実情を、片っ端から集めデータにしてゆく。


 社内用の取引きデータのロックをかけ、勝手に編集出来ないように保険をかける。原本は凪茶があずかり、返却したものはコピーしたものにしておくのも忘れない。後々しっかり確認した時に、この契約書や資料がコピーにすり替わっていると気づくはずだ。


「社内の癌はひとつではないからね」


 凪茶の動きに気づいた者がいれば、証拠の隠滅を図る可能性がある。ロックしたデータには閲覧者のわかるように罠を仕掛けておく。資料室は、内通者の立場によっては痕跡をもみ消されてしまうだろうから放っておく。


「あえて放置して、派閥潰しの種にしたかったのかな。面倒な」


 凪茶としては、お茶の時間さえ確保出来るのならば、トップの争いとかどうでも良い。今回の事で瀬倉部長を内部告発する形を取った時に、彼の関わるそれぞれの派閥から恨まれる可能性はある。


 それが無派閥の事務処理班のセクハラ被害を受けていた女性社員ならば、瀬倉の解雇をどちらも都合良く利用するに違いない。未夢にはもちろん内緒だ。今後も良いカナリアとして、凪茶のために囀ってくれるだろう。


 

「────僕は悪くない! これは罠だ! 目崎未夢の誘いに嵌めれたんだ」


 内部告発により、瀬倉は解雇された。きっかけはセクハラ被害に関して、未夢がまず訴えを起こしたことによる。実行までに期間を置いたのは、菫の準備期間を確保するためだった。


 部下の女性に対するセクシャルハラスメント行為に対して、一応両者の状況など事実確認が行われる。社内の情報等、実際に判断を下すには時間がかかるものだ。訴えを起こした事により、瀬倉に必要以上に注目が集まった。未夢に対して普段は嫌っている女子社員達も、被害を受けた事があり便乗するかのように証言を行う。部長という立場の強みを利用して、瀬倉が好き勝手していた事が明らかになった。


 数々の録音データと防犯カメラによる証拠が提出されると、社内で彼を庇う者は殆どいなかった。普段のパワハラ気質な言動に男性社員もうんざりしていたようだ。この期に及んでも被害者面を出来る部長の神経がたくましいと、社内の誰もが思った。


 解雇が決定的になったのは、瀬倉部長が不正な取引を行ったとする内部告発と証拠の方だった。告発者は部長や凪茶達と同じ部内の人間だ。


 上司である部長を告発したのは姥田義人(うばた よしと)。凪茶は彼が気づく形で、今回の不正に関する情報を密かに流していた。もともと彼は彼女の先輩である。凪茶の教育係でもあった姥田は、現在課長になっていた。部長の失脚は昇進のための椅子が一枠空くという事。凪茶の思惑を知らず、情報提供者不明のリークを彼はいつものように自分の手柄と変えて、不正を暴いた。姥田は姥田で情報が自分が彼にもたらされたのは、信頼されて慕われた結果だと信じている。瀬倉の行った取引のデータは最終の合計値は合っているが、微妙に個別の数字が都合良く改竄されていた書類だった────。



「────凪茶さん、いたずら好きな悪魔のような人ね」


 凪茶は菫のいる休憩用の用務員室を訪れて、お茶をご馳走になっていた。開口一番、今回の事件についての菫の感想に凪茶は、わざとニヤッと笑って返した。


 瀬倉が解雇される事になる前日に、菫は離婚届を提出していた。娘の煌蘭は家出したまま戻っていない。菫や煌蘭との息苦しい生活に嫌気の差した瀬倉は、喜んで離婚届に記入し判子を押した。自分を毛嫌いする娘にも未練はなく、養育費や慰謝料等を払わないかわりに親権を妻へ譲った。菫が離婚届を提出した時点で、彼は家庭の軛から解放されると信じていたようだった。


 夫だったものの浮かれようを横目に、菫は瀬倉が把握していない貴重品や貴金属、大事な書類関連は自分の実家へと引き上げ、運べない家財や家や土地、貯金など財産に関しては、公平な分与となるように税理士へ依頼した。


 家財の処分などあとの事は夫に任せ、菫は自分と煌蘭の衣服やお気に入りの食器等を手際良くまとめていた。あらかじめ持ってゆくもの残すものを考える時間があったので荷造りは早く、引っ越しの作業も、瀬倉の帰宅前に手早く終わらせられた。


 最終的な話し合いの結果、菫が出てゆくため、家など不動産は瀬倉がもらうことになる。瀬倉も喜んで了承した。菫はその分を現金、貯金の殆どを受け取り用意していた自分用の口座へと移した。


 断罪が下されるとは知らず、スキップしかねない勢いで出社する元夫。それが長年夫婦として共に過ごした家から見た、瀬倉茂雄の最後だった。


「あまりにも都合良く話が運ぶから、途中から魔法でもかかっているようで怖くなったわ」


 まだ働けるつもりでいた瀬倉は、貯金がなくても給料もボーナスも自分一人で自由に使えるので心配していなかったようだ。離婚した妻への支払いの足りない分は、分割で払うように契約書を作っていた。娘の親権も菫に譲ったので、彼は独身貴族になった気分に酔っていた。反抗的で懐かない娘に戻って来られてはたまらない。これから迎える予定の新しい奥さんが気の毒だから‥‥そんな不気味な未来絵図を、瀬倉は都合良い夢として見ていたのかもしれない。


「全て失ってから気づくのでしょうね‥‥ご自分の悪事を棚にあげて」


「未夢さん、恨まれたりしないかしら?」


「未夢はセクハラ被害を訴えただけですから。決定打を姥田に行わせたので、恨みの大半は彼に向きますよ。彼‥‥瀬倉とは仲が良いように見えますが、出しゃばりで手柄を奪う常習犯ですし。この際だから瀬倉元部長の恨みも引き取ってもらいました」


「そうなのね。なんだか凪ちゃんの手のひらで踊っているみたいね」


「私の力というより、自業自得の末路ですよ。未練がましく未夢に部外者の状態でちょっかいを出せば、ストーカーのおっさんとして捕まるでしょうね。あぁ、そんな事よりも菫さんのお茶は美味しい! この和菓子、手作りですよね」


「これは母直伝のさくら餅よ。中に塩漬けした、甘酸っぱいさくらんぼのジャムが入ってるの」


 お茶だけではなく、お茶菓子まで最高かよ──凪茶はそう叫び小躍りしたくなるのを抑えた。

 

 菫は娘の煌蘭と、しばらく彼女の実家で暮らす事になった。グループ会社の伝手を使い、マンションに引っ越す予定だ。親に負担をかけないように、菫は夕月商事で用務員として働く事になり、娘の煌蘭は、大学卒業までは、アルバイトを頑張るという。


 瀬倉はクビになり当月分の給与は入ったものの、会社への損害賠償がいくらになるかわからない状態だ。噂が広まりグループ会社では雇い先はなく、傘下以外でも働き口も限定されるだろう。元妻への支払いもあるため、近々ご自慢の家も手放す事になりそうだ。


「────菫さんは部長の事、愛していたのですか?」


「えぇ。助けてもらったのが嬉しくて。結婚した頃は素敵な人に巡り合えて幸せに思ったわ。煌蘭もそうだったと思うの。離婚の話で、あっさり見捨てられた時‥‥あの娘、泣いていたわ」


 両親の馴れ初めに思う事があり喧嘩したり反抗したりした。それでも父親は父親だ。卑怯なやり方で手に入れたが、母親、菫の事が好きだからやってしまった事には必死だったんだなと、反抗はしても娘なりに好意的な解釈をしていた。だから親権については、躊躇い揉めると思っていたのだろう。


「唯一の味方は、菫さんと娘さんだったのでしょうに」


 勘違いして、舞い上がって、自分から大切なものを手放してしまった以上、二度と取り戻すことは出来ない。凪茶が誘導していなければ、瀬倉はともかく菫と煌蘭も不幸の連鎖に巻き込まれていただろう。


「あっ! なぎちゃん、こんなとこでサボってた!」


「こんな所とは、失礼だよ」


「菫さん、ごめんなさい‥‥って、そうじゃなくて捜していたんだよ」


「もう今日の分の仕事の目処はついたはずでしょ」


「うん、私一人で大役果たしたんだから褒めてほしくて。なぎちゃん、もっとほめていいんだよ」 


「それ入社五年目のベテラン事務員のセリフとしてどうなの。あとさ‥‥部長のセクハラはあんたも自業自得でしょ。仕事はサボって、クソ不味いお茶淹れてさ」


「えっと、ちょっと待って。なぎちゃんの私への罰って、全部お茶ぁ??」


 得意気な顔を白黒させる未夢。クスクス笑う菫。未夢は知らない。自分のデスクにこっそり仕舞われた資料の束が、次の騒動の鍵を握る種である事を⋯⋯。


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― 新着の感想 ―
 凪茶さんと未夢さん、いいコンビですよね。凪茶さんからは否定されそうですけど。ドライなようで本当に見捨てはしない、そんな人情味にほっこりします。そして何より、これだけの出番しかないにも拘らず渡嶋さんが…
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