不沸凪茶は踊らされない ②
未夢は対象のデータを凪茶に渡した。データといっても友達の撮った数十枚の写真だけ。細かな個人情報は知らせていない。凪茶の解析能力を試すわけではないが、彼女なら未夢の意図に気づくだろうと思ったのだ。
「はい‥‥出来たよ」
未夢が自分でミスった分の残業中に、凪茶は依頼した黒悪魔‥‥クロックマゲームの対策について資料をまとめてくれていた。
「もう出来たんだ、早いね」
未夢は早速印刷された資料に目を通す。予想通り凪茶はあの写真から、撮影者の情報の特定までしていた。性別がわかるのはともかく、年齢、会社、職種、通勤時間や自宅の位置まで。データの写真から、凪茶は未夢の友達の情報を突き止め、別の情報を引き出したのだろう。
「あれ、なんで他にも?」
印刷された資料は他に5枚もあった。
「とぼけたって無駄よ。あんたがやって欲しかったのはそれでしょ」
「なぎちゃん、私の見込み以上だよ」
「⋯⋯⋯⋯」
渡したのは、未夢の友達に纏わりつく連中のデータだ。こちらはもっとデータが細かい。趣向や反応の良い情報から、性癖まで‥‥自分だったら公開されたくない情報が詰まっていたのだ。
どう扱うのかを決めるのは凪茶ではなく、未夢やお友達次第。本格的な被害が出る前に脅しに使うのか、あまり聞きたい話ではないなと、凪茶は思った。
「お友達が引っ越す際には業者は避けた方がベストだね」
凪茶は未夢の含みのある言い方を無視して、伝えるべきことを伝えた。友達とやらの軽い遊び。その対処と説得に協力はしたけれど、それ以上余計な事はは言うなと、未夢に無言のプレッシャーをかけたのだ。
「ウ~ン、もったいない」
凪茶の思惑に対して、未夢は何となく察して唸る。情報処理に特化したお友達は他にいる。でも、凪茶のように、真意と心理を読み解いて、対人でも動いてくれる人物は中々いないものだ。
余計な口をきくと、ここまでようやく積み上げた信頼まで崩れてしまいかねない。
凪茶の作成したデータを元に、未夢は友達の説得に成功した。クロックマゲームを使用する事をデータで示され、友達は震えていた。
使用していた機器を新しいものに変えて、会社の信頼出来る仲間の手助けで、引っ越しも密かに行った。すでに主要メンバー以外にも複数の人間からマークされていると、凪茶はまとめた調査書に書いていた。とにかく情報は残さない、それが犯行を防ぐ唯一の道になりそうだ。
後日、ムーンカフェでディナーを楽しんだ後、未夢は友達のその後について凪茶へ報告した。凪茶は興味ない‥‥というよりも聞きたくなさそうだったが未夢は話を続けた。
「なぎちゃんの能力、こんなハラスメントまみれの会社に埋もれさせるの、もったいないよね」
未夢の心からの賞賛。しかし凪茶は転職する気は一切なさそうだ。
「どうしても駄目なの? なんで?」
「絶対に忙しいじゃん」
「えっと⋯⋯もしかしてお茶の時間?」
「他に理由がある?」
大ありだよっ────そう未夢は叫ぼうとして止めた。凪茶はブレない。そして理解した上で、あえてブレない姿勢を見せたことに気づいたからだ。
凪茶はいくつかの社内のハラスメント問題を解決し、今回は見ず知らずの他人まで救ってみせた。この間に心の距離がだいぶ縮まったように思ったのも束の間、凪茶はまったく警戒心を解いていなかったとわかった。
未夢の様子を見ながら、凪茶は食後のお茶を楽しむ。彼女の正体は凪茶が想像しているだけなのだが、未夢が一人で勝手に誤解している。どこまで本心なのかわからない以上、凪茶が自分から彼女の手のひらで踊ることはない。
甘い誘惑には罠があるもの。もうしばらく問題だらけのハラスメント社員達を炙り出しながら、狐と狸の化かし合いは続きそうだと、未夢の下手くそな胡散臭い笑顔を見て凪茶は思うのだった。




