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不沸凪茶は静かにお茶を濁したい  作者: モモル24号


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13/13

不沸凪茶は褒め上げて、祀る ③


 懲りない、くどい、しつこい人間はどこにでもいるものだ。青留係長はその典型を地で行く。先日の未夢とのやり取りでカウンターを喰らったのを忘れたわけではなさそうだが、自分の心情を語る相手がいないのか、話しやすい未夢が再び的になる。


「目崎さん、今日もお疲れのようだね。僕も昨夜は一睡もできなくてね。愛する家族の寝顔を見ながら、僕はまたあの失われた初恋の幻影と戦っていたんだ。この終わりのない乾き‥‥君なら潤してくれるよね?」


 露骨な給水の催促に、未夢は(給水タイムキターーーッ、なぎちゃんエスパー?) と、思わず対面の凪茶に視線を向けた。もちろん目線は逸らされ無視される。青留は一人で妄想話を続けている。よく奥さんの寝顔を見ながら、過去の振られ話を延々と都合良い思い出に変換して話せるものだと、未夢は呆れた。


(⋯⋯⋯⋯わかっているよ、なぎちゃん)


 見ていないようで未夢の挙動を見た凪茶が、お茶を飲むフリをしてギロッと彼女を見た。ウザかろうとキモかろうと、青留の渇望を満たす道具、悲恋の演劇舞台の観客にされ続けては疲弊するばかり。腐りかけた過去話を何度となく安売りされないように、一つ一つ丁寧に悲恋の遺産登録をしてゆく必要がある。


 青留はよほど会社でも、家庭でも鬱憤がたまっているようで悲恋と悲哀の物語はピークに達していた。彼はデスクであからさまに深くため息をつき、未夢の方へ椅子を回転させ過去の幻想《無駄話》を熱弁していた。



「係長。今のお話、あまりに崇高すぎて、私────心が震えてしまいました」


 パァッと輝くために貯めた渾身の笑顔。未夢の演技は、表情の作り込みの上手さで棒読みを誤魔化している。凪茶や女性社員達には丸わかりだが、元部長達を始め、青留のような男性社員達にはわからないようだ。


「えっ? 震えるほど……? そうかい、僕の切なさをわかってくれるかい」


 だから青留が満足げに身を乗り出した瞬間に、未夢は主導権を握る。自己陶酔に浸る間は、青留には何を言っても聞こえていないのだ。舞台で演じる役者にしては、大根にも劣るけどね、と、未夢は心の内で舌を出した。


「はい。でも係長、そんなに尊い二人の大切な思い出のお話を、こうして職場のデスクで日常の愚痴みたいに安売りして話しちゃダメですよ」


「や、安売りかい。確かにそうだな。でも僕のこの思いを‥‥」


「係長の孤高の真実の愛は、語れば語るほど世俗の空気に汚されて、色を失ってしまいます。甘く切ない思い出ほど、大切に心の遺産として封印しないと。いっそ世界遺産に登録して立ち入り禁止にしましょう」


「そ、それほど大事な話ではないのだが‥‥」


「大事な事ですよ。だからこそ係長御自身の心の一番深い聖域に、美しく密閉しておくべきです。それこそが初恋の方に対する本当の誠実さではないでしょうか?」


 初恋の話に浸り同意を求めたいだけなのに、あまりに尊大に扱われて嬉しい反面、再び戸惑う青留。


 腐敗臭すら漂う一方的な補正のかかった幻の恋愛話など、世間話のように毎度されてはたまらない。瀬倉たちのような悪さをしない無害な人間でも、仕事に差し触るレベルの思い出ハラスメント。悲恋の遺産は封印するに限る‥‥昨晩の凪茶の辛辣な言葉を思い出して、未夢は笑いを堪えた。


 そうやって未夢は、青留係長が毎日のように語り出す思い出話や武勇伝を片っ端から封印してゆく。キラキラとこれでもかとばかりの尊敬の目で誓った封印話を、青留が自ら開封するのは躊躇われた。


 二週間ほどすると、青留の話のネタが尽きた。実体験に伴わない話は出来ないらしい。結局うまくいっていない事への愚痴を聞いてもらい、励まされたいだけなのだ。


 凪茶じゃないが、きちんとお金を出して医者に相談するか、優しく話を聞いてくれるお店へ行って、ちやほやされて来れば良い。目黒診療所は別として、みんなその道のプロだから、青留の悩みならばすぐに解決してくれるだろう。


 青留の過去自慢と恋愛話はピタッと止まる。少なくとも仕事中、未夢に話しかける事はなくなった。青留の話す内容全て大げさに祀り上げられて、まるで教祖を崇める信者のようにキラキラした瞳で見る未夢の目が怖くなったのだ。おかげで業務もはかどるようになった。




 凪茶と未夢は久しぶりに居酒屋へ向かった。珍しく凪茶から未夢を誘ったのだ。安いが美味いお店。凪茶の完全な奢り。


「安いとこだけど、賑やかで美味しいのよ、ここ」


 残業の手伝いや、相談事の度に奢ってもらっているので豪勢にいくべきか迷う凪茶だったが、自分が好きな店にした。


「ケチッたわけじゃないからね」


「わかってるよ。美味しいんでしょ、この店。一人だと入るのに勇気いるよね」


 仕事終わりの会社員やら作業員やらで賑わう店内。二人はカウンターの端っこで静かに乾杯をした。


「好きなだけ飲んで食べて。ただ締めのためにお腹に余裕は残しておいてね」


「わーい、それじゃ遠慮なく、なぎちゃんのお財布空になるまで飲んで食べるよぉ。締めって何?」


「お茶漬けよ、絶品だし茶漬け」


 お茶好きにはたまらない締めの一品。未夢には是非食べてもらいたいと凪茶は思った。


 お腹も空いているので二人とも最初はがっつり食事を楽しむ。お腹が満ちた所で自然と話題は職場の話になった。


「青留係長は、あれから静かになったね。なんかね、私が怖いみたい」


「尊崇の極限ってやつね。下手な事を言って、未夢の向ける尊敬を壊すのが怖くなったのよ」


 何か話す度にカリスマに祀り上げられ盲信の瞳を向けられるのだから、愚痴ったりぼやいたり、同情を買うような真似が出来なくなった。渇望し潤いを求めた青留だったが、過剰に摂取し過ぎて中毒状態になったようなものだった。


「黙って仕事をしていれば能力はそれなりにあるから、今後も水やりは忘れないでね」


「なぎちゃん、ブレないし容赦ないよね」


「未夢の方がエグいよ。よくあんな棒読み台詞でシレッと褒め上げ続けられるよ」


 締めのお茶漬けを仲良く食べ、二人は今後も懲りないハラスメント社員相手に、共闘を誓い合いあった。

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