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不沸凪茶は静かにお茶を濁したい  作者: モモル24号


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11/13

不沸凪茶は褒め上げて、祀る ①


 目黒診療所の医師が薬物取締法違反の疑いで逮捕されるニュースが世間を賑わせていた。黒い業者や売人とのつながりで報酬を得ただけではなく、患者を密かに薬物依存症にさせたという。大半は憶測に過ぎない。症状の重い患者は思考が弱っている。特別な薬を用意され、楽にはなったが⋯⋯そんな噂が流れていた。




「くっ、また却下されたよ⋯⋯」


 過ぎた話より、現在の環境を整える事が先決な凪茶は、機会を伺っては、幾度となく要望書を提出していた。


 煙草を一服する時間や営業が外回りと言ってパチンコするのは黙認するくせに、お茶を一服する時間は駄目な意味がわからない。会社組織としては、堂々と休息(サボる)時間を増やせという要求を通すわけにはいかないのは当然なのだが。


 凪茶の理想はお茶を楽しむだけではなく、気心知れた相手と北欧式のフィーカを楽しむこと。菫という最高の同僚の加入した今、お茶タイムは毎日の癒しになっている。茶柱や八十八夜の新茶の意味も菫から教わった知識だ。


「ねえ、なぎちゃん⋯⋯」


 菫が入った事で彼女を知る上役(じじい)達の気が緩むと思った凪茶だったが、簡単にはいかないようだ。昭和の会社くらい規則に緩い分、上司達の気まぐれやハラスメントが横行する。


「ねぇ、なぎちゃん? わかってるよね」


 凪茶の担当する広報部は、短期間で二度の部長の交代があったせいで人事部が非難を浴びている。上層部に煙たがられている堅物の堅持が新たな部長となったのも、非難をこれ以上受けない為の苦肉の策だろう。堅持の推薦した頼子の課長就任も同じ理由かもしれない。


 菫の中途採用などもあり、時期外れの配置変えが行われたのは、会社側にとって面倒そうな(癖があるが有能な)社員をまとめておく意図が見え隠れしていた。


「ねえ、なぎちゃん。助けてってば」


 目の前の未夢がさっきからうるさい。有能ではなくて問題児を集めたのかもしれない。未夢の訴えを凪茶は無視する。配置変えにより凪茶と未夢、それに菫は課内の同じ班になった。他所の課にいた産休の賀原も同じ班になった。仕事は課内全体で分担され割り振りされていた。


 凪茶も未夢も、入社5年目。いまやどちらかといえばベテラン社員になる。渡嶋課長の申請で二人は、それぞれ班長として昇給された。直属の課長はもちろん頼子だ。名ばかりの昇給は、その頼子からの、影の活躍に対するさりげない慰労だろう。ただし、この配置変え‥‥班をまとめる係長に問題があった。


「うおーい、、、なぎちゃあ〜〜ん」


 うだつの上がらない万年係長の止まらない過去自慢に未夢がうんざりして凪茶に助けを求めるが、話に加わったら終わりだ。係長の青留春男(あおとめ はるお)の標的は凪茶に移るに決まっている。


 武勇伝自慢をする(おっさん)や、悲恋話でモテアピールをする(おっさん)にはろくなのがいないと、過去の苦い経験から凪茶は学んだ。自分の生まれる前の昔話をされてドヤ顔されても、知るわけないのだから。


 新卒社員が肩肘張って、浮いた空気に気づかずに学生時代の生き様(イキリ)を話す分には可愛く思う。とにかくあの手のおじさんには、仕事も押し付けられるし関わったら負けだと学習していた凪茶だった。


 未夢は話しかけられたり呼ばれたりすると、反射的に応えてしまう癖がある。この所、毎日のように同じ話を聞かされて、未夢の表情が死んでいた。


「⋯⋯調子合わせちゃうから駄目なのよ」


 未夢のように適当に相槌を打つようなタイプは、青留にとって恰好の獲物なのだ。凪茶のように完全に無視すれば勝手に黙る。しかし適当な相槌は彼の話を聞いている証になり、結局は青留のペースに巻き込まれてしまうのだ。


 一番困るのは共同業務の進捗確認をしている時や、打ち合わせの時などだろう。いま未夢が捕まったのはまさにそれだった。


「────はあ、そうですね」


 未夢は青留の話を聞き流し、スマホや手元の資料を見たまま空返事で応えていた。


「────まあ仕事も結局は信頼だよなぁ。かつて僕が守れなかった、あの約束と同じでさ……」


 青留係長が、どこでスイッチが入るのか、適当に返事をする未夢にはわからない。もっとも凪茶も、聞きたくもない話を真面目に聞き続けるのは苦痛だった。


 凪茶はお茶を飲む仕草をして、給湯室へ逃げるように促す。あまり長々と話されると、未夢の仕事も進まず凪茶に泣きついてくる未来が見えたからだ。


「目崎さんは感受性が豊かだから、僕のこの高潔な孤独の思いをわかってくれて、響くんだろうね。⋯⋯あ、この資料の修正を定時までに頼めるかな?  僕は少し心が疲れててさ」


 未夢が愕然とし、疲れた表情でフラフラと席を離れる。ある程度話したい事を話し、感傷に浸る青留係長は、思い出話を反芻してはニヤニヤ笑いを繰り返していた。



 結局押し付けられた作業のせいで、未夢の仕事は終わらない。青留はというと、スッキリした表情で終業時間になると早々に退散した。自分の分も終わっていない未夢はこっそり帰ろうとする凪茶を捕まえた。


「カラオケと食べ放題奢るから、お願い、なぎちゃん!」


「⋯⋯あんたそのうち破産するわよ?」


 こうなる事がわかっていた凪茶は、飲み放題もプラスさせて了承した。残業の量よりも、未夢の憂さ晴らしへの付き合い料みたいなものだからだ。本来なら青留係長に支払えと言いたいのだろう。


 ただそれこそ泥沼に自分から飛び込むようなものなのを知っている。安い立ち飲み居酒屋で酔った青留から、学生時代まで遡った武勇伝を延々と聞かされるのだ。凪茶も痛い目に遭い、一人泣く羽目になったのを思い出した。



「あーーーーっむかっつく!!!ぬぁにが『分かってくれるのは、目崎さんだけだよ』よ!」


 ご飯の美味しいカラオケ店へ行くと、さっそく未夢がマイク片手に吠えまくる。うるさい‥‥けれど、カラオケ店であり迷惑料を徴収済なので、凪茶は耳栓をして我慢する。


 未夢がマイクを離さずに歌いながらストレス発散している間に、凪茶は好きなだけ飲み食いする。


 ひと通り激しい歌を熱唱してストレスを吐き出した未夢は、乾杯の後から歌い続けたカラカラの喉を潤す。


「なぎちゃん、万年係長は追い出せないの?」


「自慢話は確かにうざいけど‥‥今回は無理ね」


 青留は年功序列の遺物のような無能だ。あくまで年齢と役職に求められる立場を考慮した意味での仕事の能力である。だから瀬倉のような横領や、姥田のような背信行為など、損害を伴う悪さはいっさいしない。


「過去の自慢話をしたり、あんたみたいな能天気そうな子にマウントとったりして、自尊心を保つくらいにはプライドがあるのよね」


「私、能天気そうに見えるんだ」


「何故喜ぶ? 青留に見る目がないか、逆にあざとさを見抜いて利用してそうよね」


「怖ッ‥‥って、なぎちゃん、お口に青のりつけたまま適当に言ってるでしょ?」


 凪茶の細い身体のどこに収まるのか。未夢の歌っている間に、焼きそばや、お好み焼きや、たこ焼きと言ったソース系の料理皿が空になっていた。


 係長を凪茶や未夢の上に据えたのは、頼子の仕業だと凪茶はみている。青留係長(万年係長)からの被害を減らし、仕事効率を向上させるには凪茶に対応させるのが一番だと考えたのだろう。


「あの万年係長は、私ら社員を自分に都合の良い道具扱いしてるのは確かね。自分の枯れ果てた自尊心を潤すために‥‥後輩達を無料の給水器みたいに思っている節があるわ」


「給水器⋯⋯? なぎちゃん、たとえにお茶を絡めようとして失敗したね」


「うっさいわ。とにかく青留は一丁前に自尊心と自己愛が強いのよ。現状に不満はあるけれど、能力不足やコミュニケーション不足を認められない承認欲求ね」


 水は水道代がかかっているので、無料ではない。産油国ではガソリンより水の方が高い。飲食店などでも水が無料なのは当たり前だ、とサービスの本質を履き違えている話や、有料で激怒した話をよく聞くものだ。


 怪しい水商売の水も無料面を押し出す。夕月商事にも置いてあるサーバーは、インスタントコーヒー派やティーパック派には、熱めのお湯がすぐに使えて好評である。サーバー本体や設置料金は無料でも、実際水の代金や電気代はかかるのだが。凪茶の例えはお茶になるので少しズレかちだが、青留が渇望を満たすために、(社員)無料のサービス(話すだけなら問題ない)と思っているのは否めない。


万年係長(青留)は、私が褒めたり、同情していると思っているのかな」


「リアクションがあれば、充分なのよ。ただ自慢したいだけ、過去の栄光(武勇伝)に縋って自分が満足したいだけだもの」


 同僚が次々と出世していく。昭和や平成の風習を色濃く残す夕月商事も、能力のある若手を上に引き上げ始めていた。


 年功序列の恩恵がなくなり、青留のような仕事をこなす能力はあっても、管理能力に不足があると中々出世は厳しくなった。瀬倉とは別の意味で、家庭でもうまくいっていないのかもしれない。


「うぅ、だからって私に延々武勇伝エンドレスに語って自己陶酔したり、マウント取って来てキモいんですけど。パワハラ? エイジハラスメント?」


「彼は自分の現状の不満や、認められない自己愛を、悲恋という美しい物語にして、あなたに押し付けているだけよね。未夢が同情という名の水を注ぐたびに、青留は潤い、あんたは空っぽになる。おっさんあるあるハラスメントだよね」


「養分吸われてるみたいで嫌だぁ⋯⋯なぎちゃんなら何か対策考えてくれるよね? 成功報酬は、廻らないお寿司でどうかな」


「あんたさ、私をご飯で釣れると思って、最近遠慮しなくなってるよね」


「なぎちゃんが簡単に釣れなくなってる」


「お寿司だけに魚かいっ! ‥‥って、未夢じゃないし言わないわよ。あんたにこれ以上奢らせると後が怖いから、瀬倉の時のように自分で対処してもらうよ」


「えぇっ、私が直接やるの? キモくて嫌なんだけど」


 お腹いっぱい食べたせいで、凪茶の食い付きは悪かった。幸せそうに食後な紅茶を楽しむ凪茶を横目に、未夢は瀬倉の時のセクハラがフラッシュバックしたのか、凪茶の提案に悩む。彼女の案は簡単で、いわゆる褒め殺しをしろと言うのだ。


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