なんてみにくい、虚言ばっかりのお嬢様
概して運命の歯車が回り始める瞬間というものは唐突なものである。しかも秘めたる爆発力が大きければ大きいほど、天上の意思を感じるが如く、不意なものだった。
わたし自身、前世の記憶などと言う気狂いの種が芽吹いたのもひどく唐突であったし、その記憶の中にあるかつての人生が崩壊したのだってひどく唐突であった。
即ち何が言いたいのかというと、その時は唐突に訪れたということである。それはソフィが屋敷に来て5日目の夜のことだった。処はダイニングルーム、席についているのはデヴァルー夫人と3姉妹に、客人のソフィ、そしてわたし。ラムチョップの後のサラダを待つ頃合いで、振り子時計は20時頃を指していたと思う。
「庭園に穴が空いていたわよ。娘達が転んで、顔に傷でも出来たら大変ね」
空になった夫人のグラスに、老執事のホーキンズ氏がワインを注いだ。
「アナグマでしょう。やはりあのロッジは解体しなくてはなりませんな」
「ロッジって?」
「あの樫の木の側にあるロッジに御座います」
殺人事件のあったロッジのことを言っているらしい。
「あそこはアナグマの巣になっておりまする。畑に出てきてはあちこちを穿り返すので小作人から文句が出ておりまして……。男手が必要だからとのらりくらり躱しておりましたが、年寄りを集めてでも取り壊さないとなりませんかな」
さて、そろそろ唐突な出来事の第一弾が訪れるわけだが、ここでその原因について言及しておこうと思う。
端的に言えば、全てはリリーローズが油断していたことに起因する。ソフィやわたしが独りよがりなオカルト話に対し目立った拒否反応を示さなかったことで、そろそろ母親にもそれなりに受け入れられるのではないか──、と期待したのだろうか。理由は定かではないが、とにかくリリーローズは口を開いたのだった。
「あ、あの……。そのね、私、聞いたのですけれど」
家族が集まっている場で彼女が喋り出すのは珍しいことなので、自然とみなが注目した。注目されることに慣れていないリリーローズは、緊張した面持ちで、そろりそろり……、と続けた。
「ロ、ロッジで昔、殺人事件があったんですって。そんなに遠い昔のことじゃないわ。使用人達の間で受け継がれている有名な噂話で、その事件には亡霊が関与しているんじゃないかって言われているの……。だから、無闇に解体してしまうと、危険なんじゃ──」
「──またその話ですか?」
ソフィが話を遮った。
「もううんざり。同じ話を何度も聞かされていますわ」
ナイフのように鋭い口調だった。
「亡霊だの運命だのなんだのかんだの、お屋敷に来てから、その手の話しか聞かされていませんっ。私はもっと、都会では味わえない自然や、政治の話を楽しみたかったのに、田舎ってどうしてこんなに低レベルなの!?」
ソフィは暴走列車の如く続けた。オカルトを話すリリーローズ以上の早口だった。
「私、ここに来るの楽しみにしてたっ! ゆとりある生活が出来るんだと思ってたっ! でも全然楽しくないっ! 亡霊がどうとか、子供みたいっ! そんな非科学的なものがあるわけないじゃない、もういい加減にして下さる!?」
リリーローズは真っ青な顔で固まっていた。血の気の引く音が聞こえるようだった。
これで終われば良かったのだが、外野だったはずのヴィクトリアがそこに追い討ちをかけた。
「最低よ、お姉さま。客人に対してそんな下品な話をふるだなんて。常々思っていたのだけれど、お姉さまは無神経なのよ。陰気な上に非常識だなんて、こんな人間見たことない」
鬱憤を晴らしてやろうという気持ちでもあったのだろうか、三女のヴィクトリアはここぞとばかりにリリーローズの人格を攻撃した。
「お姉さまのせいで私まで非常識な人間だと思われてしまうわ。我が家の汚点よ。家族にあなたのような人間がいたら、きっとお嫁に行けない。ああ、どうにかしてあなたの存在を隠し通せると良いのだけれど。私、戦争が終わるのが嫌だわ。晩餐会や舞踏会が再開されたら、リリーローズお姉さまと一緒に行動しなくてはならないから。──そう思いませんかシャーリーお姉さま」
次女のシャーリーはきょろきょろと周りの様子を窺い、どうやらリリーローズの味方をするのは得策ではないと分かると、すんっと澄ました顔をして、
「そうね。リリーローズお姉さまのお話は虚言ばかりだし、聞いていて疲れてしまうわ。話を聞かされている人間の退屈な心境を察することができるようになると良いのだけれど……」
リリーローズの目に涙が溜まってゆく。
「……いるもん」
声は上擦っていた。
「いるんだから。……だって、私、見たもの」
ヴィクトリアが冷たく睨めつける。
「見たって、何を?」
「れ、霊を……」
「何ですって? 霊を見た?」
おそらくは出まかせだろうと思う。リリーローズの性格を鑑みて、本当に霊が見えるのであれば今日までに話してくれていても良いはずだ。父王の霊を見たハムレットのように心に秘めることは有り得ない。
だが嘯いてしまう気持ちも分からないでもない。ソフィは12歳、即ち5歳も年下の少女から低レベルなどと罵られ、その上2人の妹からも心無い言葉を浴びせられてしまえば、逃げ場も失おう。
「……嘘つき」
リリーローズはソフィがぼそりと言ったのを見逃さなかった。
「ほ、本当にいるんだから! 嘘なんかじゃないっ! あのロッジは変なのよっ。嫌な空気が充満していて、寒気がして、しかも変な声までするっ。私、怖くなってすぐに逃げたのよっ。その、み、みんなが危ない目に遭わないように──」
その時、やにわに夫人が立ち上がってリリーローズの頬を引っ叩いた。パシン、と乾いた音がダイニングルームに響いた。
「あなた、いい加減にしなさいな。自分で楽しむ分は良いけれど、そういうことに興味のない人もいるのよ。ソフィのような聡明な女の子にそんな幼稚な話を聞かせればどうなるか、少し考えれば分かるでしょう!?」
「お母さま、わ、わたし……、本当に……!」
「大人になりなさい、リリーローズ」
「でも、話を聞いてっ!」
「もっとハッキリ言わないと分からないようね。人との話し方を覚えて、せめて最低限価値のある人間になれと言っているのっ!!」
怒鳴り声に僅かに体を跳ねたのと同時に、リリーローズの目からポロポロと涙が溢れた。
「ソフィに謝りなさい」
沈黙の後、リリーローズは小さな声で、嗚咽混じりに言った。
「ごめんなさい」
対するソフィは、みながみな自分の味方であることに気を強くしたのか、暫く続いた沈黙の中に『私こそごめんなさい』と謝るチャンスもあったようにも思えたのだが、むしろそれを無為にして、追撃することを選んだ。
「──私、嘘つきと話をすることなんてありませんから。二度と話しかけないでくださるかしら」
そうしてリリーローズは逃げるようにして、ダイニングルームを去った。
器用だったか不器用だったかはさておき、リリーローズは新たな友人を作ろうと努力した。悪気はなかった。誰よりもソフィの到着を心待ちにしていたし、誰よりもソフィの隣にいようとした。交友関係に乏しい彼女なりにソフィを楽しませようともしていた。ただ、齎された結果は思い描いていたものとはかけ離れていた。
ヴィクトリアもシャーリーも、年下の少女に泣きながら謝る姉の姿を直視していなかった。たとえば虚空をじっと見てみたり、時計を見たり、皿の汚れを観察するなどしていた。




