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エレクトリカル・ブレイクダウン…  作者: Awaa @ 6月25日第三巻(上)発売
オールド・ミンスター・ハウスの首吊りおばけ

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8/8

独りよがりのオカルティズム


 さて、去日(きょじつ)首都に重爆撃機(白いゴータ)が飛来した。帝国は真昼間にも関わらず空襲を行い、多くの子供たちが犠牲となった。その悲劇は瞬く間に国中に知れ渡り、厭戦(えんせん)ムードと反独(はんどく)感情の双方を(あお)った。


 その日から飛行機が上空を飛ぶと警察官が笛を吹くようになったのと、心臓に悪い防空警報に辟易(へきえき)して、デヴァルー夫人の従姉妹(いとこ)の娘が疎開(そかい)してくることに決まった。といっても夏の間だけという話だから、カントリーハウス・パーティーと()して変わりはないだろう。


 その娘の名はソフィ・スパージョンと言い、名前だけを聞いてもインテリな雰囲気がしていた。


 都会っ子が屋敷に来ると聞いて、リリーローズは居ても立っても居られず、本棚からありとあらゆる本を引っ張り出した。


「とっ、都会の女の子は、知識が貪欲なのよ! きっと私たちの話も興味をもって貰えるはずだわっ。な、何から話せばいいかしら? 切り裂きジャックの話? それともスウィーニー・トッド!?」


 幸か不幸か、わたしとの出会いが一種の成功体験になったらしく、都会っ子=オカルトに理解があると認識し始めたらしい。


 リリーローズはソフィがやって来るまでの1週間を興奮気味に過ごした。前日の夜はシャーリーと共に『話さなくてはいけないことリスト』なるものまで制作し、(つちか)った知識を披露する機会を心待ちにした。


 そして清夏良日(せいかりょうじつ)。都会っ子のソフィは、わたしが辿(たど)ってきた旅程(りょてい)をなぞるようにしてやって来た。


 具体的にはベイカー・ストリート駅から地下鉄(メトロポリタン)に乗り込み、ユーストンを経て北上、ウィンダミアで支線に乗り換えてデヴァルーズ・エンドで降車した。


 その日は晴れていたので、デヴァルー家の専属運転手が乗用車で出迎えた。車は時折パンッと音を立てながら、石造りの家々を抜けて、地平線の先まで続く道を進み、湖水地方の長閑(のど)やかでなだらかな丘を越える。かがやく湖面を横目に、入道雲を目指して走った。


 15分ほど進めば門が見えて来るだろう。領地(エステート)に入り、風除けの林を過ぎ、やがて(ぶな)の並木道を行く。規則正しく落ちる影を爽やかに抜けた所で、丘に隠れた屋敷『オールド・ミンスター・ハウス』が姿を現す。


 オールド・ミンスター・ハウスは古い時代の修道院が元となっているジャコビアン様式の屋敷で、横に長いのが特徴だった。部屋数は五十前後あるらしいが、実際に使われているのはその半数程度で、立ち入り禁止の場所も多くある。屋敷の側に生えた巨大な(にれ)の木は、()を求めて大胆に枝葉を伸ばし、(いく)つかの窓を隠していた。この屋敷の景観は数少ないわたしの好きなものの一つだ。きっとソフィも気にいっただろう。


 乗用車は使用人たちが立ち並ぶ玄関前に到着した。長女リリーローズと次女シャーリー、そして三女のヴィクトリアも横に並び、僭越(せんえつ)ながらわたしも出迎えさせていただいた。


 車から降りて来たのは華奢(きゃしゃ)な少女だった。歳は12歳と聞いていて、おおむねその通りの見た目をしている。色白で、神経質そうな顔立ち、目は切れ長、絵に描いたようなインテリ風の少女だった。


 老執事のホーキンズ氏がリリーローズに挨拶を(うなが)した。それでリリーローズは戸惑(とまど)いながらも、ぼそぼそと聞き取りにくい、それでいて凄まじく早口の挨拶をしてみせた。誰が聞いてもひどい出来だったものの、一応は形となったことに自信を持ったのか、


「や、やったっ。う、上手く話せそうっ」


 とガッツポーズ、鼻息荒く(ひと)りごつ。


 普段はまったく人と関わることを(あきら)めているリリーローズであるが、今日は違った。不安な気持ちを抑え込んで、友人を作ろうと頑張っているようだった。今までの自分との訣別(けつべつ)(はか)り、彼女なりの一歩を踏み出そうとしているらしい。


 その決意を感じ取ったのであろう、シャーリーは姉に向けて小さく拍手をして『応援しているぞ』と合図を送った。ただヴィクトリアに関してはリリーローズに(わず)かばかり冷たい視線を向けただけで、それ以上の反応は見せなかった。


 その後、夫人によってソフィの到着を祝す茶会が開かれた。つつがなく終わった後、夕食まで時間があったので、ヴィクトリアを除くわたしたち4人で庭園を見て回ることになった。


 芝生(しばふ)が夏の夕陽を浴びて赤く染まっていた。

 刺すような(まぶ)しさを避けて人工林の小径(しょうけい)に入る。

 木々の間から冷たい風、揺れる花穂(はなほ)は青い飛燕草(デルフィニウム)、ピンクやオレンジは狐の手袋(ジギタリス)、春の名残の藪一華(ウッドアネモネ)、白い釣鐘草(カンパニュラ)もそよいでいる。

 蒸気と霧に(まみ)れた大都市では見慣れない光景に、ソフィはきらきらと目を輝かせていた。


 そしてリリーローズはギクシャクとしゃちこばりながら、言った。


「あの……、宜しければ、ソフィと呼んでも良いかしら……?」


「もちろん。もちろんですわ」


 ここまでは良い雰囲気に思えた。だが、どうした事だろう。これらの景観はリリーローズにとってありきたりなものでしかないからだろうか、ソフィが退屈している今がチャンスと思い、躊躇(ちゅうちょ)なく得意のオカルティズムを披露し始めてしまった。


「じ、実はね、知っているかしら。こ、この屋敷は(いわ)く付きでね。遠くに大きな樫の木が見えるでしょう? その根元にロッジがあって、昔そこで殺人事件が起きたらしいの。犯人は見つかっていなくて、亡霊の仕業じゃないかって──」


 出し抜けに亡霊がどうだ殺人事件がどうだと(まく)し立て、ソフィも最初は相槌(あいづち)(まじ)えて話を聞いていたが、次第にそれも少なくなっていった。


「じ、実はロッジに入ったことがあるのよ。如何(いか)にもな雰囲気で、少し怖い気がしたけれど、まあ私は『霊的世界』に慣れているから、大丈夫だったわ。ソ、ソフィは素人だから、迂闊に近寄らないほうがいいわよ。ほ、ほら、『聖霊の力』や『霊性』を(やしな)っていないと、取り憑かれてしまうかもだし──」


 話がノッて来たのだろう、やがてよく分からない単語まで飛び出して、リリーローズはマウンティングをとり始めた。そこから先はソフィも不味いパイを食べた時のような顔をしていたが、その日は結局、リリーローズは最後まで彼女の気持ちを察する事ができなかった。


・スウィーニー・トッド

フリート・ストリートの殺人理髪師。愛人と一緒に死体をパイに混ぜ込んで売り捌く。


・ジャコビアン様式

17世紀ジェームズ1世時代に流行した建築様式

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