やあ映画スター
吹き飛ばされたことで強かに体を打ちつけたのであろうか、骨髄に損傷があったらしく、暫くは寝たきりの状態が続いた。軍医は『もう2度とは歩けまい』と言っていたが、時が経つにつれて脚に力が入るようになり、杖があれば歩けるくらいには回復した。
「奇跡です! きっと少尉が無事に帰るのを待っている人がいるんですわ」
看護婦は喜んでくれたが、そんな人の顔は思い浮かばなかった。
それに、いくら回復が早かろうと失われた左腕が萌え出ることはない。『永久不適格』と診断されたことだし、程なくして医療退役となるだろう。
病院船に揺られながら、どのように生きるかを考える。不完全を拒む社会に於いて、透明な腕と空洞の左眼は受け入れられまい。今この場所で海に身を投げることと、この体で街に生きる事に然したる変わりはなく、カモメのように空は羽ばたけない。
何のために戦いに出て、何を得ようとしたのか──。考えてみたが納得のいく答えは出なかった。ただ何となく、自分が利己的で、冷たくて、かつ安易な行動を選びがちな、無責任で無価値な人間である気がした。
甲板にとまった一羽のカモメに、大きなカモメが近寄った。魚を吐き戻して口移しをしている。求愛行動だった。どうやら、じきに春が来るらしい。
故郷に戻って家の戸を叩いた。返事もなく、誰かが出てくる気配もなかったので、その日は雑魚寝宿で一晩を明かした。後に禁酒会のアン叔母さんから話を聞いたが、俺が西部前線で働いているうちに母は死んだらしい。脚気とのことだった。度々届いていた母からの手紙に、病気について触れられたことなどは一度もなかった。
部屋はこざっぱりと片付けられていた。床は磨き上げられ、オーブンも新品のようだった。恐らく入院する際にもう戻ることはないだろうと思って整理したのかも知れないし、或いはいつか俺がふらりと戻ってきた時に汚い家では寛げなかろうと思って、常に綺麗にしていたのかも知れなかった。
誰もいない部屋で暮らした。静かだった。主に、ガラス窓から垂れる冷たい光に、ごく細かい埃が舞うのを見て過ごした。ドールハウスのように生活感のない部屋が、白々しい空虚さを映しているような気がした。
何を作って食べたら良いか分からず、子供の頃に食べたメニューを真似て、それらしいものを作ろうとした。朝食はパンにミルク、チキンスープ、春を告げるグリンピース、茹でにんじん。ランチは紅茶を一杯とビスケット。夕食は羊肉と芋を煮るか、マカロニ&チーズを食べた。1週間後には朝食は取らなくなり、ランチはパンにマーマレードを塗って食べ、夕食は取らなかった。何にせよ食べるものに味はなく、砂を噛むようだった。
黒々と連なる煙突、牡蠣の身のように白い煙、少しばかり青みがかったペールグレーの空──。眺めの良いバルコニーから見る街の情景は、寂しく色褪せていた。だけど、両目を瞑れば吹き付ける風に色を感じて、ここが故郷であると実感できた。
※※※
一枚の手紙が届いた。軍事郵便だった。
差出人は陸軍省で、中身は命令書、医療退役ではなく再配置となることが簡潔に記されていて、即ち、内地で軍医として働くことを命じられた。それに伴い大尉に昇進した。
余程の医師不足か、最年少で医学部に入ったことを調べ上げたのか。仔細はわからないが、とにかく偉い人の間でそうした判断があったらしい。
大学に入ってからは話として出来が良すぎるくらいに転落していたので、こうした命が下るとは微塵も思っていなかった。もしかしたら、左腕と左目を失ったことを英雄的だと捉えられたのかも知れない。
赴任先は父の働いていた聖メアリー総合病院だった。父に対する憧れも医師に対する夢もとうに失せていたが、皮肉なことに子供のころに思い描いた生活を手にしたわけだった。
さて、光陰矢の如しとはよく言ったもので、10年という歳月はあまりに短い。白く聳える病棟を見れば、診察室に入り浸っていたのを昨日のことのように思い起こさせた。
しかし実際には、10年という時間の距離は途方もなく長いもので、それでいて残酷なものだった。金持ちのお坊ちゃんだった俺がカタワのならず者となったのとは対照的に、精神科は良い意味での変貌を遂げた。
染みだらけの板張りの床は先進的なリノリウムに代わり、清潔感に満ちている。精神科に於いては新棟も建てられて、患者は男女別々に収容されるようになったらしい。鉄柵も錆臭くはない。隔離室も爽やかだった。院内には確と電灯も行き渡り、夜は眩しいくらいだ。
一歩院内に足を踏み入れれば、サルート!の号令と共に敬礼をする衛兵たち。自暴自棄の末に手に入れた透明な左腕が威光を放っているらしく、愛国プロパガンダ映画のヒーローにでもなったような気分だった。
看護婦たちの急ぎ行く足音。良くもあり悪くもあるが、女性も血眼になって働く時代へと強制的に移り変わった感じがある。
溢れて診きれない戦争神経症患者達の啜り泣く声に、箱にしまわれてB.F.P.O.に運ばれなかったラッキーな兵士たちの笑い声。医師達が膨大な量の紙をめくる音。イカれた誰かの口笛、音のズレた軍歌。無意味な音、音、音……。
忙しない日々を過ごした。考えていた以上に運ばれて来る兵が多く、機械のように働かざるを得なかった。教科書的な症状に対して教科書的な処置を行う。仕分け作業のような診察に、流れ作業のような外科的治療、盲判で処理する死亡証明。缶詰工場の作業員と変わらない働き方をした。
ろくに睡眠も取らず、夢が現実かも分からないまま機械のように働いた。その方が虚しさを忘れることが出来たし、人として健全である気がした──。
「──ハニーチャーチ夫人が亡くなられたのだって」
死亡証明書にサインを記している時、看護婦の会話が耳に届いた。
「結核だそうよ。お父様も亡くなっているのでしょう? お嬢様は1人になってしまうのかしら。あのお屋敷は誰の手に渡るのかしら」
……ハニーチャーチ夫人?
ユークレースの母親のことを言っているのか?
この辺りでハニーチャーチ家と言えば、ユークの家系以外にはあり得ない。
そしてハニーチャーチ氏も既に亡くなっている?
棺に入っていた人間的な部分が息を吹き返したのだろうか、次から次に疑問が湧いて出て止まらなくなった。新たな疑問が、古い疑問の上から塗り重ねられて、堆く積み上がってゆく。
遅れて視界が左右に振れ出した。胸が波立ち騒ぐ。自覚できるほどに動揺していた。
(そうか。どうして気がつかなかったんだ。通院先を変えていなければ、ユークはこの病院に通っているはずだ)
脳裏に稚い彼女の姿が甦ると同時に、こめかみの辺りに絞られるような痛みが走った。
──ユークに会えるかも知れない。
言葉にし難い感情が雨雲のように広がってゆく。
興奮はしているのだと思う。だが、決して嬉しくはない。雑駁な恐怖感と焦りにも似た前進感が綯交ぜとなった感情と言えば良いか、とかく『会えるかも知れない』という微かな可能性が、黙示録の獣となって俺を威迫し始めた。
だが、会ったとして、その先はどうする。彼女の姿に何を思えば良い。どんな顔をして会えば良いのか。どんな言葉を紡いで、何を伝えれば良いのか。
今の俺を見て、彼女は俺と分かるのだろうか。俺という惨めな存在を覚えているのか? 彼女の中に住まうに値する人間なのか? そもそも俺はユークに覚えていてほしいのか?
自分の気持ちが分からない。自分がどうしたいのか。自分がどうなりたいのかも分からなかった。
──彼女は今、どんな姿でいるのか。
何より、今のユークの姿が想像出来ない。考えることのきっかけも、想像を膨らませるだけの種火もない。
まずは知りたい。ユークのことを知りたい。
預言者の言葉が沈黙の中に響き渡るように、単純に彼女のことを知りたいと思える感情が、10年の間に培われた孤独と無関心の海を照らす光であるような気がした。たとえ、その光に体を焼かれようとも、あるいは光自体が幻想であろうとも、ただ求めようとするだけで、俺が失ったものが何であるかを確かめることが出来るようにも思えた。
夜を待って記録室に入り、ユークのカルテを探した。深閑とした闇の中、ケースファイルの森を彷徨った。
カルテには空白の10年間が刻まれているはずだ。
一体、そこには何が書かれているのか。
覗き見てしまえば、俺は更なる破滅へと向かうのではないか……。
そんな予感もして、ひどく緊張していた。
手に汗をかいていた。病が亢進して自分が人かどうかすら分からなくなっているケースも珍しくはない。10年前の時点ではそうなる未来も見えていたように思う。
出来るのならカルテが見つからないで欲しい。探して探して探して……、努力の果てに成果が得られないで欲しい。矛盾した望みを抱えながら探し続けた。
「あった……」
管理の行き届いた病院だ。戦時下において膨大な量の患者を受け入れているにも関わらず、看護婦たちは丁寧にカルテを保管していた。
カルテに記された名前はユークレース・ハニーチャーチ。これに彼女の今が記録されている──。
・マカロニ&チーズ
茹でたマカロニにチーズを混ぜた料理。
・リノリウム
床材。今では理科室や家庭科室で使われているもの。




