枝を払う!
「おーい、リグナ!」
「あれっ、早いね」
一行が引き返してくるとリグナは安楽椅子に揺られながらのんきにパイプを蒸かしていた。
そんな彼に事情を説明するとリグナはパイプの灰を石の灰皿に落とし、灰皿から火の粉が飛ばないように蓋をすると安楽椅子から立ち上がる。
「枝が伸びてて通れないんだ、こっちで払っても良かったがここいらじゃ重要な資源だろ?」
「ええ、通れないくらいとなると結構良い奴ですかね。仕事の内ですし早速回収に行きますよ」
剪定した枝の内、太い物は木材に、細い枝や葉は燃料になったりする。
巨木の実はさらに食用になるのだとか。
「それじゃ出発しますか」
リグナはノコギリと鋏を手にスタスタと歩いていく。
一行は再度来た道を進んでいくことに。
「ありゃ、こりゃ大きいな」
リグナがガサガサと枝の中に入っていく。
かぶれないとはいえ、動物や虫もいるだろうに職人はすごい。
「ふーむ、こりゃ木材になるレベルだ。ちょっと骨が折れるなぁ」
ガサガサと枝や葉の中から再び顔を出したリグナは腰帯に挟んでいた袋をひろげ、鋏で枝の剪定を始めた。
「時間がかかりそうだね」
「そういえば、ルナちゃんなら迂回する事はできないの?」
「ここだけ幅が広いから一人はともかく、誰かと一緒だと難しいかも……」
よじ登るのはともかく、木から木に飛びついて行くのは難しい。
人を抱えて飛ぶと重量と勢いが増してしまうし、蜘蛛の足で巨木に傷を付けると樹液がしみ出してくる。
そうなると肌につけばかぶれてしまうし、樹液を無駄にしてしまう。
「それにこんなに大きいとはいえ傷が大きくなったりすると木が病気になっちゃうかも……」
人間や動物と違い、傷ができたからと安易に治療することはできない。
樹液には人が触ればかぶれるとしても、虫や病気には関係ない場合もある。
家屋や通路を支える木に何かあったらそれこそ大変だ。
枯れる事がなかったとしてもそこから木が変形してしまったりコブになってしまったりと歪になってしまう事があるのだ。
「一人だとカティナちゃんのお父さんたちに会っても誰だかわからないし、カティナちゃんが会えないと両親は不安なままだと思うし……」
「手紙の代わりにルナちゃんが往復することになるだけか……」
待つしかないのだろうか、そんな風に話していると
「うわーっ!お化けーっ!」
「ふゅー!ふしゅー!」
リグナの声が聞こえると同時になにか空気が抜けるような音が。
一行がそちらに顔を向けると、枝の中から顔をパンパンに腫らした何者かが飛び出してきた。
その人物はリグナにしがみつき、リグナは腰を抜かしたのか、悲鳴を上げながらバタバタともがいている。
「うへえ、この人顔中に樹液の粉が回ってるみたいだな」
「えっ、こいつ人間なの?」
「馬鹿ッ!エルフのくせに精霊と人間の区別もつかねぇのか!」
エトナーはリグナを叱咤しつつ、その人物の腫れのひどさに顔をしかめる。
「水とかで落ちませんかね?」
「完璧には落とせなくとも顔を冷やしたいだろうし……どのみちあれじゃ可哀想だから試してみるか」
エトナーとルナは顔がパンパンになった人物に歩み寄るとまずルナが水を魔法で生成してその人の顔に当てた。
その人物は一瞬驚いたが水であることに気付いたのか顔を洗うようにざぶざぶと手を動かし始める。
「ぶはっ!」
僅かに引いた赤みにエトナーが聖術で治癒を施すと腫れが収まり、その人物は以前真っ赤な顔のままこちらに気付いて拝む勢いで頭を下げた。
「ありがとうございまひゅ、もうどうなることかと」
唇の腫れのせいか若干呂律が怪しいがそれでも視界が確保できたらしい。
二人を見てホッとした様子だ。
「あなたは?」
「ふぇ、ふぇが、手紙の配達を」
エトナーが再度治癒術を掛けると顔の腫れはほぼ取り除かれた。
一心地ついた人物はどうやら男性らしい。風船のようにパンパンになっていた時にはわからなかったが若い男性のようだ。
「あ、前に頼んだ人!」
カティナは顔が元通りになった人物と面識があったのか声を上げる。
「知り合いの人?」
「うん、街で手紙を受け取って途中まで運んでくれる人だったけど……」
「中継地点でバトンタッチするやり方か、それならここの配達は別のヤツがやってるんじゃないのか?」
エールフィン大森林までたどり着くだけでもかなり難儀な事だが、大森林の中を歩くとなるとさらに特殊なスキルが必要になる。
カティナのように木に触れて木を中心に周囲を識別する特殊な能力を持っていることや、ルナのように地形を無視して移動できること、エトナーのように大森林を端から端まで歩いても死なないだけの生存能力を持っているなどの特殊技能が無ければ純粋にエルフとのコミュニケーションを取れること、樹上にアクセスできる知識があることが必須となる。
「そうなんですが、その、大森林専門の配達員が戻ってこなくて……」
「それでお前さんが代わりに?」
エトナーの言葉に配達員は頷く。
彼は戻ってこない大森林担当の配達員を探してここまで来たものの、樹上に上がったところでルナ達と同じように枝に行く手を塞がれ、無理に通ろうとして顔全体がかぶれてしまい、腫れで視界が塞がれて枝の上で彷徨っていたのだとか。
「しかも私、エルフさんと面識なかったんで誰も助けてくれなくて……」
彼はそう言って悲し気にしていたが、枝の上にいる顔がパンパンに腫れた人物というのは樹木を粗末にした人が死んでから生まれ変わる妖怪的な伝承がエルフの中にある。
その妖怪は枝から降りることができず、樹液や花粉に晒されながら苦しむ刑罰を受けているのだ。
エルフからすれば顔がパンパンになった彼がその妖怪に見えたのかもしれない。
だとすると絶対に関わりたくないだろう。




