月夜のフライト
月が顔を出す頃、ルナは自然と目を覚ました。
寝続ける事はできるが、今回は夜にこそ活動しなければならない日である。
「よいしょ」
クインクを起こさないようにしつつルナはゆっくりと体を起こした。
「正確だな、さすが蝙蝠の能力を持ってるだけはある」
壁に寄りかかって眠っていたエトナーが片目を開けて笑みを浮かべた。
「月が出ると目が覚める時があるんですよ」
「こういう時には便利な体質だ」
エトナーは立ち上がって体を伸ばすと杖を手に窓の外を見る。
黄昏時を過ぎて辺りは暗くなり始めている。
距離を稼ぐためにも早めの出発がいいだろう。
「とりあえず寝てる二人を起こして出発の準備だ」
エトナーが杖でカティナの顔を突き、ルナがクインクの鼻をくすぐった。
すると二人はすぐに目を覚まし、クインクはルナに頬を寄せ、カティナはムスッとした顔になった。
「ごしゅじん、うゆゆゆ」
頭から頬を撫でくり回されてクインクはくすぐったそうに身を捩る。
「私もあんな風に起こされたかった……」
「贅沢言うな」
そんなルナとクインクのやり取りを見てカティナは恨めしそうにエトナーを見るも、あっさりと言われてしぶしぶ身支度を始めた。
「よし、それじゃあフライト本番だ」
準備はいいか?とのエトナーの問いかけにルナは変身しつつ頷いた。
「それじゃ……むんっ」
三人が荷台に乗り込んだのを見てルナは持ち手を掴んで飛び上がった。
「よっしゃ、成功だ!」
「すごい!」
あっという間に地上が遠ざかっていく。
そして上昇する中でエトナーはカティナとクインクに注意事項を伝える。
「飛行体勢に入っても結界を張るまで頭は無闇に上げるなよ、速度によるが風圧で吹っ飛ぶかもしれん」
「「はぁい」」
投げ出された場合、クインクはともかくカティナは大惨事を免れない。
「次に不用意に移動しないこと」
「何故です?」
「傾くんだよ、荷台が」
悪魔の力で握っているとは言え、持ち手は棒状のハンドルになっている。
バランスが崩れるとブランコのように傾く可能性があるのだ。
「かつてそれで乗ってるやつが全員落ちた事があってな……」
「ひえっ」
『ぎええええ!』
『ひいいいい!』
荷車が傾いて投げ出されるエトナーと同乗者の図。
さながら爆撃機から投下される爆弾のよう。
下が湖じゃなかったら死んでたな、と言うエトナーにカティナとクインクは小さくなった。
荷車に乗る列もカティナ、クインク、エトナーが川の字に寝そべっており、ルナの足がクインクを跨ぐようにして取っ手を掴んでいる。
「こわい!」
「川底の水草のように大人しくしましょう」
「それが賢明だ、お前らは不死身じゃないんだからな」
クインクは飛べるはずだが、イメージしたのが怖かったのかルナの足を命綱のように握っている。
そうして大人しくしていると徐々に空気が冷たく、吐く息が白くなり始めた。
「そろそろ移動しますよー」
ルナの声が聞こえる。エトナ―はそれに了解と声を上げると荷台に寝そべったまま手を合わせた。
「我が信仰は城、風雪雷雨を凌ぐ城壁なり」
そうすると荷車とルナを護るように光の壁が出来上がった。
「おお、光の壁が……」
「いいぞ、目一杯飛ばしてくれ!」
ルナの羽ばたきと共に荷車は揺れたがその際に吹き込む風は壁が出来てからはぴたりと止み、景色だけがぐんぐんと後ろに流れていく。
「さすがの速度だ、鳥にも負けてないな」
エトナーが体を起こしたのでカティナも恐る恐る体を起こしたところ、凄まじい勢いで景色が後ろに流れていくのが見えた。
「ルナちゃん!夜明けがタイムリミットだ!距離に関係なく空が白んできたら着地点を探してくれ!」
「わかりました!」
魔に属する蝙蝠の飛行能力が落ちる夜明け、目撃者が現れ始める夜明けをタイムリミットにルナは国境へと飛んでいく。
放たれた矢のように一直線に進む様は圧巻の一言だった。
カティナはその景色に思わず息を飲んだ。
景色が流れていく。
月だけが自分達を見ている中、国境はまるで目と鼻の先のよう。
空を飛ぶというのはこういう事なのかと、圧倒された。
背の高い木も、夜の空を駆ける鳥さえも届かぬ上空、雲に手が届きそうだ。
揺れが少ないところを見ると風だけでなく、ルナは滑空するようにして羽ばたきを最小限にしている。
荷車に乗っている三人を気遣っての事だろうか、それでもその速度は凄まじい。
「二日どころか今夜の内に着きそう……」
「かもな、此処までとは思ってなかった」
エトナーはぐんぐんと流れていく景色の中、以前一悶着あった国境の町、ウッドリーフが遠くに見えてきたのを見て言った。
これには疲れを知らずに飛び続けるルナの能力も起因していた。
前回ウッドリーフを目指すために経由した宿や中継地を越えていく。
飛び始めてから数時間と経たず、空が白む前に一行は本来予定していた教会を飛び越えて遥か先へと進んでいる。
「ルナちゃん、十分すぎるスピードだ。体力を温存しよう」
「そうですか?全然平気ですけど」
「近くに出発地点と同じような礼拝堂がある。着陸するには速度を殺す必要もあるだろ?ぼちぼち高度を下げてくれ」
杖で行先を指し示すとルナはそれに従って徐々に高度を落としていく。
その先には礼拝堂というよりは古城とでも言うべき建物が建っているが見えた。
「あのお城みたいなのですか?」
「そうだ、あそこで次の日没まで休憩だ」
「わかりました」
暗い中でもルナははっきりと地形を把握できていた。そしてエトナ―は記憶と周囲の立地から建物を割り出している。
経験と異能の組み合わせにより航路は正確そのものであった。




