食べる食べる!
長距離を移動する者が利用する基地として使われる施設の中で最も大事なものはなにか?
問わずとも明白、食って寝る所である。
旅に向かう人、旅から帰ってきた人。それらを迎えて時に労い、時に英気を養わせるのがこの施設の主目的。
一時でも休み、準備を整えて無茶をさせない。
ユピトール商会による万全の商売の為の投資なのである。
「馬もいるのか、本格的だな」
エトナーが嘶きを耳にして目をやると、食料の配布所とされている場所の近くに馬たちが繋がれているのが見えた。
長距離移動に際して食って寝させるのが必要なのは人だけではない。馬やロバなどの荷車を引く動物たちもそうだ。
彼らもまた迅速な取引と安全な旅の為にユピトール商会のバックアップを受けて各地で定期的に乗り換えたり、休憩を挟んだりするのだ。
「っと、そんなこと言ってる場合じゃないやな。ルナちゃんが腹減りだ」
「いきましょー」
ルナを抱えて二人はそのまま食堂らしき石造りの建物へ。
「邪魔するぜー!」
「はいよ!何か入用かい?」
どやどやと入ってきたエトナ―たちにエプロン姿の女性が清掃もそこそこに応対してくれる。
「悪いけどメシ!頼むわ!大至急で!」
「尼さんが客とは珍しいね!簡単な物になるけどいいかい?」
「なんでもいいさ!なるはやでな!」
エトナーとエプロン姿の女性はお互いに大きな声でやり取りすると席に案内される。
その勢いにカティナは一言も口を挟む余地がなかった。
「わー、やべえ!ルナちゃんが萎れてきてるぞ!」
「ひえー」
どうせ買い足すからとカティナは持っていた干し肉を半開きになったルナの口に突っ込んだ。
するとまるで改札に切符を突っ込んだかのようにするっと吸い込まれていくではないか。
「は、はやいっ!」
「なんてこった!」
仰天する二人は途中から好奇心と面白半分で持っていた食料をルナに突っ込み始める。
乾燥果物やら小さいものはするすると吸い込まれていく。
すると二人の鞄から次に出てきたのはちょっと大きめの黒パンだ。
日持ちさせることを前提に作られた酸味のあるパンで、硬くて黒いのが特徴。
味はやや癖があり、硬くなると食べにくいが栄養価があり、湿気にさえ気をつければ長持ちする旅人必携のパンである。
「これを食わせるか……」
エトナーは試しに丸ごと口元に持っていくとピタッと口にひっついた。
「おっ」
そしてがりがりと音がすると同時に徐々にパンがルナの口の中に吸い込まれていく。
「む、むぐぐ」
もっもっ、と口が動く感じがするとルナはようやく背筋が伸びた。
「もぐっ!ここはどこですか?」
すぽっ、と黒パンの残りが吸い込まれると同時にルナの意識が覚醒した。
カティナが心配そうにルナににじり寄るとルナに抱き着いた。
「カティナちゃん?」
「ごはんが食べられないかもって聞いただけで萎れてたんだよ」
大丈夫?と言うカティナにルナは思わず顔が赤くなる。
「うー、まさかそんなことで……」
「そんなことってほどでもねえよ、ルナちゃんは体質が特殊だからな」
ルナ自身もメンタルでガス欠が表面化することは自覚していなかったらしい。
元より強めのメンタルと頻繁にお腹がすくことが別に変な事だと思っていなかったことがいい方向に作用していたのだ。
カティナがルナに抱き着いているとトレーに大きめの容器を持って女性がやってきた。
「はいよー!山菜とキノコのシチューだよー!」
「わぁい」
腹ペコで倒れ、恥かしく思っていたことなど料理が来たらすぐに忘れた。
出てきたのは山菜と同じく道すがらで取れる食用キノコを使ったシチュー。
山菜もキノコもボリュームを出すためか大きめにカットされており、ごろごろという表現がぴったり。
ほとんど賑やかし程度のベーコンがサイコロ状にカットされていて旨味と塩味を添えてくれる。
大鍋で煮こまれているそれは今日の定食のメニューになっているのだろう。
大人数がそれを頼むことを前提に作られている。
「さて、ついでにこれももらっとこう」
エトナーがまるで傘立てのように設けられているスペースに立ててある長いバゲットを引っこ抜いて持ってきた。
一メートルくらいあるだろうか。
言うまでもなく多人数に切り分けるためのものだが……
「ほいよルナちゃん、食っちまいな」
エトナーはバゲットの両端を切ってからルナに渡すと片方をカティナに渡し、もう片方を自分で取った。
そしてルナが食べているシチューに横から手を伸ばして軽く浸すとそれを齧り始めた。
「あ、ちょっと!三人分にしちゃ多すぎるでしょ!」
当然ながら女性から待ったがかかったがエトナ―はニヤッと笑うと女性に言った。
「三人分じゃないぜ、一人分だよ」
残った大部分をルナに渡したので女性はさらに驚いた。
「絶対食べられっこないよ!食べ物を粗末にするなんて!」
それでも尼さんかい!?と憤慨する女性を宥めてエトナーは言った。
「まぁ、そう言いなさんな。もし一切れでも残すようなら謝るからさ」
「謝ってもらってもね……ってあれっ」
そう言ってバゲットを見ると既に三分の一ほどが無くなっている。
女性は何度か目を擦ってバゲットを見ると瞬きする間に少しずつ減っているではないか。
「あ、あ、あれっ?」
「まー、驚くわな」
そうこうしている内に机の上にあった一メートルのバゲットは影も形もなくなってしまった。
机の下を覗き込んだり、三人の背中を見たりと女性はバゲットを探してみたものの。
見つかるはずもない、すでにルナのお腹の中なのである。




