突然のこと
エルドが首を傾げながら出勤していく中、ルナもいつも通りに登校した。
エルドが演習や修練に呼ばれなかろうが世間はいつも通りである。
「おはよう」
「おはよー、ルナちゃん」
ティナたちと合流して皆で学校に向かう。
旧館に入り、席についたところで授業の時間になり、アダムがやってくる。
「おはよう、皆遅刻はないようでなによりだ」
ダズがすでに目をしぱしぱさせているがいつものことなので気にしない。
そしていつもの通り、皆は授業の始まりを待った。
今日は何の授業だっただろう。
そう皆が思っていた時である。
「ふむっ」
どったどったと足音を響かせてやってくるとサピスキアが教室のドアを開けた。
突然の事に全員がサピスキアを見て固まっているとサピスキアは黒板の前にやってきてチョークでがりがりとなにやら書き始める。
「お、おい!」
アダムが声をかけるもサピスキアは知らぬ顔である。
というよりなにやら目的があるらしい。
サピスキアが書いているのはエルフの言葉らしく、カティナとアダム以外はきょとんとしている。
「ふーっ」
そして黒板に板書し終えたサピスキアはやり切った表情で教室の席についた。
「おいこら」
「……?」
「なんだこれは?」
「……??」
「不思議そうな顔するな!」
アダムが抗議の眼差しを送るとサピスキアは首を傾けた。
アダムが叫ぶとサピスキアは不可解な動きを見せた。
「クライグス、好きなだけコイツを弄り倒していいぞ」
「わぁい」
「まて、あだむ、はなせば、わかる!」
イラっとしたアダムはマリーにGOサインを出した。
苦手なマリーをけしかけられてサピスキアは悶える。
「も、もふ!もふもふ!」
「ぐわあああ」
サピスキアが悶えるのを見ながらティナは呟いた。
「無表情なのに伝わるもんだね……」
「なんか喉笛に噛み付かれた動物みたいな感じに……」
ティナとルナが呆れている間にアダムはカティナに心当たりが無いか尋ねる事にした。
「アインザッツ、コイツがやって来たという事はお前に用事があるんじゃないか?」
「かもしれません……」
カティナはアダムの言葉におおよそ同意したものの、肝心の心当たりは無いので首を傾げつつ黒板の内容を確認し始める。
「ええと、これ……もしかして」
「?」
「お父さんの字かも……」
「なに?」
アダムは黒板に目をやる。
癖のある字だがそれくらいではなにもわかるものではない。
しかしカティナにはこれが見覚えのある字なのだと言う。
「これが父親の字と何故わかるんだ?」
「ここです、こことここも……文字の終わりが真上に跳ねてる」
チョークで書いた字ではあるが文字の書き終わりに不自然に跳ねた形跡がある。
恐らくではあるが文字を書いて、次の字や文に移る時にペンを離す際に持ち上げず、ペン先を上に向ける癖があるのだろう。
「ということはサピスキアは父親の手紙を伝えに来たというわけか」
「そうみたいですね」
「……なんで言わないんだ?」
小刻みに震えているサピスキア。
マリーはそんなサピスキアに抱き着いて頬ずりしている。
「アイツの基準はまったくわからんな」
「始祖様ですからね」
遍くエルフの情報や記憶を有するサピスキアは自我という概念が薄いが、それでもFクラスとの交流で喜怒哀楽を示す様になった。
特に今がそれである。
「うぉぉぉぉぉぉ……」
「香ばしい匂いするよ!」
「どんな匂いなのさ?」
「コーンのバター焼き」
ティナの疑問にマリーがそう言うとルナがすすすーっと近づいていくとマリーと同じように抱き着いた。
止める側だと思っていた主人が奇行に走ったのでクインクは仰天した。
「ごしゅじーん!」
「……香ばしい匂い!」
「……表情が変わるのレアなのにこんな事でいいの……?」
クインクがあわあわしている中、クロエがぼそりと呟いた。サピスキアは無表情が崩れて苦悶の表情を浮かべている。
「あだむ!君は!きちく!」
「さっさと用件を言わないからな」
しばらくして解放されたサピスキアはアダムの足を踏みながら抗議の声を上げた。
しかしアダムの靴は鉄板が仕込まれている。踏んだところでダメージはない。
「それで?なんでアインザッツの親父殿の手紙をお前が代筆してるんだ?」
「お手紙が、来ていない、らしい」
サピスキアによると故郷でカティナの便りを心待ちにしている両親がいつまで経っても届かない事に憂えているようだ。
「アインザッツ、親御さんに心配をかけるのはよくないぞ。ちゃんと連絡は取ってるのか?」
「取ってますよ!高いお金払って……」
国境を越えてハイエルフが住む辺境の森まで届けてくれる配達人となるとかなり高額になる。
その出費はかなりのものらしくカティナは苦い顔をしている。
「ことあるごとに送ってね、って手紙の末尾に書かれてるから……」
便りなきは元気の証拠などというのは心配性の両親には関係ないのだ。
娘が元気にしているのか、友達ができたか、勉強は捗っているのか。
親というものは何時だって子供のあらゆることが気になるものなのだ。




