無手という虚像 その2
「親父殿、このままじゃ何もせず全滅だ」
それじゃ訓練にならない、とエトナーはため息を重ねた。
「ふーむ、それでは仕切り直しましょうか」
エルドはそう言うと騎士達を全員助け起こし、再度整列させた。
「よし、それじゃ彼我の実力差がはっきりしたところで仕切り直しだ」
そう言われて騎士達はまたどうしたものかと話し合っている。
そして一人がまた歩みだしたところで
「まだ一対一にこだわるような盆暗なら私は親父殿に加勢するぜ」
それなら総掛かりでもいいだろ?とエトナーは釘を刺した。
すると歩みだした騎士はUターンして輪に戻る。
「バカ!アホ!」
「まぁまぁ」
エトナーが憤慨しているのをエルドが宥める。
エトナーはともかく、エルドは彼らがどうしても一対一で何かしらの戦果を挙げたいであろう事はわかるからだ。
こればっかりは男の子にしか分からない感覚である。
負けるにしたって善戦したかったが、素手のエルドにいいように転がされて彼らのプライドが傷ついているのだ。
「男の子というのはそう言うものですぞ」
「かーっ!喧嘩ならまだしも訓練でそれやられちゃたまんねえよ」
そう言うとエトナ―は杖を肩に担ぐと修練場の中央に立った。
「ここらでちょいとお手本をみせてやらんといかんね」
そしてエルドに向かってちょいちょいと手招きする。
「ほほう、これはこれは」
エルドはその手招きに悠然と歩み寄るとお互いに真っ向から視線を交わした。
「願ってもない」
「どこまでやれるか見てやるよ」
ミシッ、と空気が軋む音が響いた。音の主はエルドの拳だ。
まるで岩のように固まった拳は振るわれる前から抜群の破壊力を秘めている。
「合図は?」
「いらんだろ」
その言葉と同時にエトナ―の体が弾き飛ばされる。身を翻して修練場の壁に着地すると壁に大きな罅を作りながらエトナ―はエルドに笑みを向けた。
「いったい何が?!」
騎士達が突然吹き飛んだエトナーからエルドに目線を向けるとエルドが前蹴りの体勢を取っているのに気付いて仰天した。
「悪魔に通用するぜ、強化無しだろ?」
返事の代わりにエルドがそのまま突っ込んできた。エトナ―が着地するのを見計らっての事である。
「むぅん!」
エトナーは杖を地面に突き立てて棒高跳びのように使うとエルドを飛び越えて背後に回った。
しかしエルドは止まる気配もなく、そのまま壁に体当たりをかました。
その威力はそのまま壁をぶち抜いて崩落させるだけのもの。
「すげえな、牛や馬なんか目じゃないぜ」
もうもうと砂埃が舞う中、エトナ―がからからと笑うとその砂塵の中から瓦礫が飛んでくる。
それを杖で打ち払いながら様子をうかがうとエルドは再び突っ込んできた。
その勢いはエトナ―であっても受け止めるのは至難の業。
「ふっ!」
エトナーがカウンター気味に杖を突き出す。エルドの勢いならそれは確実に直撃する。
その刹那にエトナーの目に飛び込んできたのは投擲の体勢に入ったエルドの姿。
先ほどのショルダータックルの体勢と思わせて隠し持った礫を投げるつもりらしい。
「ぐっ……む!」
ボッ!
空気の層を抜ける音と共に無防備なエトナ―の腹部に壁材の石がめり込んだ。
エルドの怪力で投げつけられたそれは魔力を帯びていないにも関わらずかなりの威力であり、エトナ―は口端から血を噴き出しながら後方に飛んで距離を開けた。
「倒れませんな」
「べっ!たりめーだろ」
床に血を吐き出しながらエトナ―は笑みを崩さずに杖を構え直した。
「趣味で不死身やってねーんだ、いくらでも来い!」
「応ッ!」
エルドとエトナーは互いに詰め寄ると杖と籠手が激しくぶつかり合う。
火花が散り、時折肉を打つ音が響く。
しかし互いに一歩も引かない。
「ぐっ!馬鹿力め!」
「むう!ゆらゆらと!」
エトナーは致命的な一撃を紙一重で躱し、エルドは筋肉の硬直させて関節を固める事でエトナ―の攻撃をほぼほぼ無力化する。
互いの一撃は鋭く重い、他の者はその凄まじい応酬にただただ呆気にとられるしかなかった。
「素手じゃあ埒があかねえな!」
「ほほう、では使いますかな?」
「語るに及ばずってもんだろ!」
杖を向けた瞬間、激しい雷光とともにエルドの体が宙を舞った。
聖術と魔力の反発が起こったのだ。
「むっ!これは、面妖な!」
壁に叩きつけられたにも関わらずエルドは二発目を床を転がって躱すと再び突進する。
「馬鹿言え!お前さんの筋力よりマシだろ!」
魔法による詠唱よりも早い間隔で雷光が走る。
エルドは邪心が無いぶん聖術の効きは悪いが、魔法使い特有の魔力がある。
その反発が合わさればエルドを近づけさせないことができるのだ。
「むっ!」
何度か近づこうとしては雷光に跳ね返されるのを繰り返したのち、エルドは再び礫を投げ始める。
「ってえな!目を狙いやがって!」
放った雷光が的を外して壁面に直撃する。
エルドはそのまま近づくとエトナ―の肩を掴んだ。
「そうらっ!」
「むぐぐっ!」
エトナーがゼロ距離で聖術による電撃を放った。
髪の毛がぴーんと直線に伸びるほどの雷撃を受け、エルドはエトナ―を掴んだまま感電したのか震えている。
通常ならば決着の気配であった。




