演習は滅茶苦茶に
エルドが笑顔で出てきた。周囲はドン引きである。
皆がドン引きしているのを見てエルドは振り返ると何を思ったのか壁を突き破った街路樹を壁から引き抜いた。
すると、当然ながら支えを失った屯所はダメージに耐えかねて崩落した。
「あれっ、引っこ抜いただけなのにな」
あっけらかんとしたエルドは街路樹を元の場所に突き刺すとそのまま三カ所目へと向かう。
「手伝いにきた!」
「ありがたいけどなにもしなくていいぞ!」
「なんで?」
「やりすぎるから」
同僚たちの制止もあってエルドはちょっと大人しくしとくことにした。
しかし新人たちの中で一番高慢なヤツがいたのが最後の屯所である。
そして、そいつの一言が引き金になった。
「この魔法の防壁は暴力じゃ壊せませんよ!やりたかったらお好きにどうぞ!」
時代遅れの攻撃なんか無駄無駄!とそう言いつつ扉に防御魔法を重ねていた。
それを見て一旦冷静になっていた先輩陣営もたまっていた怒りが再燃し
「じゃあやったろうじゃねぇか!」
「泣きべそかくんじゃねえぞ!」
「吐いた唾のまんとけや!」
全員キレながらエルドの方を向いた。エルドは期待に満ちた表情である。
「扉に全力攻撃だ!蹴れ!」
「蹴破ってやれ!」
「ビッグブーツだ!」
そう言うと皆がエルドに速度を上げる身体強化魔法を掛け始める。
走る速度を上げるだけの単純なものだがエルドは体重が重い為、速度を上げるだけで相当な威力になると踏んだのだ。
「よし、いってこい!俺たちの意地を見せてやるんだ!」
エルドはそのまま、応援を力に変えて走った。まるで砲弾のように。
そして門が迫り、防衛していた人員が退避したのを見計らって大きく飛び上がると扉に向かって渾身のドロップキックを放った。
「おおぅ!?」
とても人間が蹴ったとは思えない衝撃が建物に走る。この時、新人の魔法使いは致命的なミスを犯した。
防御を扉だけに施していたのである。
当然ながら扉は鉄のように固くなっていたがその分の衝撃は全て建物に走り……
「わ、わ、わ、わぁぁぁぁ?!」
建物の前面に広がった衝撃はヒビとなって建物のダメージを表わし、四本の大きな支柱の内前面の二本に致命的なダメージを受けた建物は……
「おい、傾いてないか?」
「やばいやばい!」
「崩れるぞー!」
一階部分が二階部分の重量に耐えきれなくなり、二階建ての屯所は一階建てになってしまった。
「は、ひ、ふ、へ……」
バルコニーで自信満々だった新人の筆頭格は蹴り一発で自分の張った渾身の防御が無意味になった現実を受け入れられず、手すりを握りしめ、涙目で呆然としていた。
「ふはは!これが体術だ!」
「違うと思う」
胸を張って笑うエルドの後ろで同僚はドン引きしながら言った。
この日行われた演習は言わずもがな、襲撃者側の完勝であった。
というより、守衛側に何か言う権利すらなかった。
結果だけを見ればエルド一人に三カ所が陥落するという大失態である。
「えー、表彰するべきか、叱責するべきか非常に迷うところである」
瓦礫と化し、一から再建する羽目になった三つの屯所を時折見ながら総隊長はげっそりした様子で言った。
本来ならばエルド達は賞賛されて当然であるが、惨状が惨状なだけに誰もが何も言えなかった。
一人、エルドだけがニコニコしており、次の演習を楽しみにしていた。
もちろん、エルドが呼ばれることはもうなかったのだが。
「というようなことがありましてね」
「……俄かには信じがたい事だ」
エルドが優れた戦士であること、治安維持部隊の精鋭だったことは司令も知っている。
しかし人間が建物を一人で瓦礫に変えるなど魔法でも使わないとできない事だろう。
至極真っ当な事であるが、司令は常識人であった。
まさかそんな、という考えが先にきてしまったのである。
「守衛側に回せばとも思ったんですがそうすると彼は外に出て襲撃側を襲い始めるのが目に見えていたので」
「それはそれでアリなんじゃないのか?」
「被害が大きくなる恐れが……」
総隊長からすればその当時は屯所という建物の中だったので被害はある意味最小限だったと思っているのだ。
それが野外になり、そこで熾烈な戦いが始まったとすると……。
「建物を倒壊させるパワーで市街地で暴れるんですよ?許可しかねます」
それに守衛側は新人の評価試験も兼ねているのでどうしても新人ばかりになる。
エルドが外で暴れたら新人の力量が測れないのだ。
というか、守衛側がオフェンスに回るのがそもそもの間違いなのであるが。
「うーむ……しかしもう彼は前線を離れているわけだし、襲撃者側として演習に参加させてみるのもいいのではないかな?」
「辞めといた方がいいです。絶対に」
総隊長が頑として受け付けないので司令は少しだけ不満に思った。
というのも司令は同じ立場の職務についている人物の中では若年だった。
そんな中でベテランの総隊長の諫言は彼にとって年齢からくる侮りに近い感覚を覚えたのだ。
「彼だって娘もいるんだろう?ならその子も呼んで見学させたらいいじゃないか」
「それは……」
それでも不安を拭えない総隊長に対して司令はやや意固地になって決裁のハンコをついてしまった。
良識のある親になったのだから無茶はすまい。
そんな言葉に総隊長もついに押し切られてしまったのである。




