良薬は口に苦し その2
コロンがアダムと共に実習室に向かうとコロンは時折鼻をヒクつかせながら歩いていた。
「どうした?」
「んー、なんだか懐かしい臭いがするような……」
そう言うのを見てアダムはコロンの経歴を思い出した。
学問では劣等生だったコロンはボーボや他の教師と違い、書物だけでなく実地で試行錯誤をする必要があった。
その際にアルバイトも兼ねて仕事をしていたのだが、その際に遺体の処理や長く放置された薬や薬剤の処分などを医者の修行の一環として請け負っていた。
「懐かしいか?」
「カビが生えた薬草とか、死んで何日か経った遺体に近い臭いがするような……」
とても薬の臭いとは思えぬ例えである。
劣悪な環境で働いてきた経験が彼を図太くさせているのだ。
そしてそれ故にかコロンは不潔な場所でも平気なのである。
(アインザッツが聞いたらなんと言うだろうなぁ……)
アダムは内心で笑えばいいのか、哀れめばいいのかわからなかった。
「すまない、エルフの霊薬をわけてもらいたいのだが」
「おや、ディーン先生にコロン先生」
休み時間の最中ではあったがボーボは早速カティナからもらった樹液を調べていた。
「それはなんです?」
「エルフの霊薬に欠かせない樹液だそうで」
コロンも職業柄かボーボが調べている物に目敏く気づき、アダムを押しのけて二人で小皿に落とした水滴に見入っている。
「魔力反応は……」
「熱に反応するのか……」
「薬草の成分に反応するのか……」
「匂いや味は……」
二人に実験対象が揃うとあーでもないこーでもないとお互いに気になる所を延々と話し合っている。
「始まった、学者やらの類はこれだからなぁ」
自分も人の事は言えないとは思いつつも本来の目的を忘れて喧喧囂囂と話し合う二人を遠巻きに見ていた。
「お二方、そろそろいいかな」
数分待ってアダムは声をかけた。
するとまったく反応が無かったのでアダムは二人を転がして机から引きはがした。
「「あーれー」」
コロンはともかくボーボは丸い体格をしているのでよく転がる。
「生徒が頭痛で悩んでると言うのに!」
「そうだった」
「そうなんですか?」
アダムは改めてエルフの霊薬が必要である事を説明してボーボとコロンに頼み、皆に処方出来るように調整してもらう事に。
「ちょいと調べないと」
そう言うとコロンは匙で掬って口に。
「こりゃ凄い」
そう言って丸めた紙屑のような表情になると窓を開けてぺっ!と吐き出した。
「そんなに酷い味なのか?」
「それもそうだけど濃すぎるよ、このまま飲んだら毒だ」
アダムはルナの言葉を思い出すと彼女の言葉が誇張では無いことを再確認した。
「臭いの通りの味だ、飲まなきゃいけない人は災難だよ」
「寝込んだ方がマシかな」
医者二人からのお墨付きにアダムは悪い顔をした。
それはそうとしてとりあえず飲める濃度に薄める事にしたのだが……
「増えたぞ」
「どうしようかなぁ、これ」
「どうしようもないですなぁ」
原液が鍋一杯だったので当然であるがCクラスの分を差し引いても余った。
三人はどうしようかと少し考えたがすぐに諦めた。
出来上がったのは効果だけは高いが同じくらいの度合いで臭いがすごい薬の原液だった。
「とりあえずCクラスの悪ガキどもに飲ませるか」
「思ったんですがどうしてアインザッツさんはこんな量を作ったんです?」
「ワシに聞くな!」
ヤケクソ気味のアダムにコロンは当然の疑問をぶつける。しかしアダムがそんなこと知るわけもない。
「だってアダムは担任……」
「ワシだって知らんことくらいある!」
恐らくではあるが十中八九作っていいよ!と言われたので張り切って作った結果だろう。
こんな結果になるなら誰だって作るなと言い含めるはずだが、何も知らない皆から頼まれたので頑張ったのだ。
悪臭地獄への道は善意で舗装されていたわけである。
「まあ、良かれと思ってやったことでしょうね」
ボーボがあっけらかんと答えるとアダムは溜息をついた。
悪意があったなら拳骨で済むぶんその方が物事は簡単だが実際はそうはいかない。
彼女がまたお薬作りますか?と聞いてきた時にそれをやんわりと押し留めるのはアダムの役割である。
今回ほどひどくなることはないと信じたいがサピスキアの言葉をよくよく考えると祈祷の人数が増えて増大するデメリットは臭いが届く範囲だけということらしい。
「誰か一人は確実に犠牲に……」
つまるところ臭いそのものは消えないのである。屋外でやろうもんなら被害は甚大になる可能性もある。
実習室で消臭剤やら換気設備やらをフル稼働させたとして、誰かが一人犠牲になる必要があるのだ。
「と、とりあえず処方しに行くぞ!」
コロンとアダムは数十人分の薬を持って生徒指導室へと向かう。
「お待たせしました、こちらg「くさっ!!」」
廊下で待っていたキーンが現物を持って近づいたアダムを見た瞬間に鬼瓦のような顔になった。
「薄めてこれか……」
「私らは慣れちゃいましたからねぇ」
原液が製造される過程で発生する激臭を嗅いだアダムとそれに近しい臭いが発生する環境で働いたことのあるコロン以外にとっては薄めても十分に臭かった。




