良薬は口に苦し
異臭騒ぎは霊薬の完成と共に下火になったが……
「で、この大量の薬はどうなさるんで?」
アダムが鍋を指さして言う。
「効能の差を調べようと思ったのですが……」
ビーカーに取り分けた分だけでも数人分になると言う。
それが鍋一杯に出来てしまった。
端的に言うと処理に困った状態だ。
「沢山飲めば元気になると言うものでもなし」
「それどころか濃いのを飲むとかえって毒になりますよ」
「だよな」
ルナが言うとアダムは頭をかいた。
「うぇぇ……頼まれたって飲みたくないよぉ」
濃縮した霊薬を飲んでエラい事になった弁当屋の主人を思い出してティナは苦い顔をした。
彼女の中で出来ることなら世話になりたくない薬の筆頭に躍り出たのだ。元よりティナは薬品や装備については合理的な考えを持っているものの、エルフの霊薬だけは……となった。
「どうしたものかな……」
チャイムが鳴り、皆は一旦休憩に。
アダムも新館の方へCクラスの様子を見に行くことにした。
「キーン先生、これは?」
生徒指導室に入ったアダムの目に飛び込んできたのは青い顔してグッタリしている生徒達だった。
「わかりません!全員をここで再テストさせようと思ったのですが……」
キーン先生によると彼らは此処に来て少ししたところで急に頭痛を訴えて生徒指導室でぐったりしてしまったと言う。
他の先生に校医であるコロンを呼びに行ってもらったがこのままでは再テストどころではない。
「うーむ、それは困りましたな……待てよ」
アダムはふと、山盛りのエルフの霊薬を思い出した。
あれは頭痛にも効いたはずだ。
「どうかしましたか?」
「いえね、ボーボ先生が実習で頭痛に効く薬の調合をしてたはずですよ」
呪いでカンニングを自白したところで彼らがどこまで反省しているかは未知数である。
そもそも無理矢理であるし、体調不良を起こしたことも彼らにとっては何が何やらといったところだろう。
中にはあわよくば今の状態にかこつけて有耶無耶にしようとするやつもいるかもしれない。
「そうですか!それはいい!さっそくコロン先生にも相談しましょう!」
アダムはちらりと生徒達を見ると、どこか恨みがましい目線がちらほら。
アダムは気づかないふりをしつつも内心で鼻を鳴らしていた。
(奴らめ、再テストとお仕置きから逃げられると思うなよ……)
しかしまだ焦るほどではない。
アダムには文字通り『良い薬』があるのだから。
「えっ、エルフの霊薬があるんですか?」
頭痛薬の調合をし始めていたコロンの元を訪ねたアダムは頷く。
「ああ、出来立てだ。ハイエルフのアインザッツとFクラスとボーボ先生が丹精込めて作った力作だぞ」
「そりゃいい、エルフの霊薬なら覿面だろうねぇ」
コロンは旧館の実習室にアダムと共に向かう。
その途中で集団頭痛のワケを聞いて彼は大笑いした。
「あっはっは!そりゃあ、災難だったねぇ。しかしエルフに軽い呪いを掛けられて……か」
「本人もかなり手加減したらしいがな」
「頭痛で済んで良かった、魔力が呪いのせいで逆流したのかもなぁ」
魔力とは不可思議なものである。
場合によっては血のように働き、場合によっては空気のように働く。
しかしどちらも困るのは逆流である。空気であれば咽るし、血ならば最悪命に関わる。
「そんなことがあり得るのか?」
「エルフの言語というのは思いのほか繊細なんだよ。私は使えないけどね、文献とか治療に一家言ある人とかは人間がエルフ語を使うことをあまり歓迎しないんだよねぇ」
コロンが言うにはエルフ語は無意識の内に高度な操作をしていることが多く、人間がやると魔力の出入りにかかり切りになる事が多いという。
「呪いっていうか、まあたぶん強い思念が籠った言葉を浴びせられて言われた通りにしちゃったんだろうねぇ」
「怖い先生に怒鳴られて竦むような感じか」
「そうそう、でだ……感覚で言うとエルフ語はまあ耳を最大限すましつつ、こそこそと喋るという感じらしい」
「つまり耳に手を当てていたら大声で怒鳴られた感じか?」
コロンはアダムの例えに肯定するように頷く。元より人には聞こえない音域を魔力で無理矢理知覚しているのだ。
サピスキアの言葉による呪いは彼らにとって耳元で大声で怒鳴られたに等しい。
そしてその衝撃で無防備になった彼らを言霊で操ったのがサピスキアの使った呪いのからくりだ。
「それを一般人やガードが甘い魔法使いを操れるレベルにすると呪言や邪視みたいなものになる」
「日光教の布教で廃れた技術だな」
「神の御加護ってすごいよねぇ」
かつて悪魔が地上を自由に闊歩していた頃、悪魔の力によって睨むだけで人を呪い、言葉だけで人を殺めることができる時代があった。
聖職者たちはそれを祈りの力や護符などで防いでいたが、神の加護と教えを大陸全土に広めることで邪視や呪言は殆どが意味をなさなくなった。
全員が魔除けと同等の力を持つ祈りの言葉を生活に取り入れたからである。
それらは無意識の内に挨拶や動作の中に紛れ、皆がほんのりとではあるが護りを得た。
人が使える邪視や呪言はそれくらいで簡単に防がれてしまうのだ。




