アダムは見た!
一方、午前中の試験でCクラスの大半の生徒が生徒指導室行きになったのでアダムは暇になってしまった。
「ここまで来ると学年主任に任せるしかないか……」
最後の一人も別室で二年の先生が担当してくれるというので学年の違うアダムは一足先にボーボの様子を見ることとサピスキアを旧館に戻す為に移動していた。
「おつかれ、アダム」
「ああ、こっちこそ助かった。呪いというのはとんでもないもんだな」
「まあ、ね」
サピスキアは少しだけ自慢げに言った。アダムもルナ達も普段の態度から忘れがちだがサピスキアも生物としての格は非常に高く、全力を出した状態ならば多神教の神に匹敵する能力を持っている。
ただそれが戦闘能力に直結しないだけだ。
「すこし、疲れた、やすみたい」
「呪いはやはり体力をつかうのか?」
とてとてと歩いていくサピスキアははふぅ、と大きく息をついた。
呪いは術者だけの力でやる場合はとても消耗が激しい。それ故に祈祷や踊り、地脈や魔石の力を借りて行う事が多い。
しかし人間が幾たびの手順を踏んで呪いをかけたとしても成功率から効果の強弱に至るまでが非常に不安定なのである。
それは人間の感覚が妖精や悪魔のそれと比べて非常に鈍感な事に起因する。
呪いは簡単に説明すると呪いというボールを離れた相手にぶつけるようなもの。
そのボールが痛い物か、触れると嫌な物にするために祈り、遠くまで投げる為に自身の魔力や地脈などの力を利用する。
しかし肝心の狙いを定めるための目測が人間には非常に難しい。相手とは距離もあるし、動いてるし、防御したりもする。例外は先ほど述べた妖精や悪魔達。
彼らは魔力の流れや縁を可視化することができる。誰が何処にいて、何をしているかが調べればすぐわかってしまう。目隠しでボールを投げる人間に対して対象を目視し、なおかつ距離や場所を適切に測って呪いを投げる事ができるわけである。
今回の呪いにしても特定の魔法を使っていたもの全員に即座に効果が出るような呪いを的確に発動できるのはまさしく人外の御業と言えるワケだ。
「いや、手加減するのに、つかれた」
「手加減か」
呪いの強弱は知らないがアダムは近接戦闘や魔法の威力のコントロールの強弱が難しいことを知っている。
打突はもちろん、魔法も弱ければダメージどころか効果が無くなる事がある。
しかし元より殺傷を目的とした魔法や動作である。普通に使えば怪我をする行動を狙って怪我をしないようにすることは至難の業と言えるのだ。
「まあ、疲れるよな。だがこれでエルフの名誉も保たれるだろう」
「そうだと、いいけど」
旧館にたどりつくとアダムはまずサピスキアを送り届ける。部屋に戻るまで目撃者が居ないように注意しなければならない。
「帰宅」
「Cクラスはどうなるか……考えると気が重いな」
アダムはおそらく保護者や他の教科担当なども含めた話し合いがあるだろうと思い、その後の一悶着に思いを馳せる。
しかしサピスキアはそれにきっぱりと言った。
「仕方ない、不正は、慣れると、心が、腐る」
皆でやれば、バレなければ、バレなかったから、そんな安心感の裏で真面目に努力することや何故このような努力をしているのかという勉学の基本を忘れてしまう。
そうなれば待っているのは精神の腐敗であり、遠い先の身の破滅だ。
健全でないものにはひずみが生じる。それが隠し切れなくなったとき、人はツケを払うことになるのだ。
「そう、考えると、早い方が、いい」
「それもそうだな」
旧館の寮を目指して歩く途中で二人はふと、足を停めた。
「「くさっ!」」
なんだか得たいの知れない臭いがする。臭いということしかわからない感じだ。
「なんか臭うぞ」
「なつかしい、臭いだ」
アダムはえっ、とサピスキアを見る。そして臭いの発生源に思い当たる節があったのか顔をしかめた。
「まさかエルフがらみのアレか?」
「アダム、知らないのか?」
「薬は自前の物があったから存在だけは知ってるが……しかしこんなに臭いのか」
サピスキアが懐かしいと言い、そして情報と照らし合わせた結果導き出されるのはエルフの霊薬だ。
効果は高いがとにかく臭いという前評判がかつて出会ったどのエルフからももたらされるのでアダムは耳にタコができそうだった。
「しかし薬を作っているということは実習室を使ってるはずだ、それなのに寮の近くまで臭いが来るのか」
「おそらく、祈祷者が、多いから」
「祈祷者で変わるのか?」
「うん、効果が、よくなる」
ただ、とサピスキアが何か言いかけたのをアダムは押し留めた。
「いい、聞きたくない」
「臭いが」
「聞きたくない」
「広範囲に」
「聞きたくないというに!」
自分達が臭いのするところにやってきたと思っていたがどうやら臭いの方が自分達の所にやってくるほど広範囲かつ強烈になっているようだ。
「妖精と悪魔がいるんだぞ!ひどくなるに決まってる!」
「ふふふ」
「笑ってる場合か!」
アダムは慌てて実習室へ向かう。早く辞めさせないととんでもないことになりそうだ。




