すべてはうやむやのままに
トリニティが解呪薬とお土産を受け取って帰り支度を始めたのを見ながらルルイエはお茶を飲んでいた。
「まったく、バタバタしちゃったわね」
「そうなんですか?」
「まあね……」
まさか外交に関わる宴席を抜け出してきたとは言えない。
言ったところで心配されるだけだし、帰った方がいいのでは?なんて言われたら泣くので言わない。
「とりあえず今日はゆっくりするわ」
「そうですか」
ルナはのほほんと自分もお茶を飲みながら言った。
サロンで、そしてつい先ほど魔界で大騒ぎが起こったことなど遠い世界のことのように穏やかな雰囲気である。
「アモンよ、そろそろ立ち直ってくれんか?」
「……」
二日経ち、隅っこで萎れているアモンにバエルは言葉を投げかけるものの当然のように無反応である。
ガラス細工が萎れた後、同じように萎れてしまったのだ。
間が悪い事にトリニティが魔界の検問所で手続きに手間取っており、帰る時間が遅くなってしまっている。
「命は儚い……」
「ガラス細工なのにのう……」
バエルも内心ではトリニティが持ち帰ったお土産が食べ物であることを聞き、腐ってしまわないか心配していた。
ルナの作ったビスコイトは水分が少なく、湿気を防ぎ保存に向くように紙などで包んではあるものの味が落ちてしまう可能性は高かった。
「どうして時間がかかるの!魔王バエルへの進物とアモン様への届けものがあるんだよ!」
一方でトリニティはなかなか魔界に戻れずに世界の境目に存在する検問所で憤慨していた。
「進物はいいんですが、このアモン様への届け物がねぇ」
お役所仕事と言わんばかりに入れ替わりに人がやってきては荷物を調べている。
そのせいでとにかく時間がかかっているのだ。
「なんですか!これがなにか?」
「だってこれ魔神ルルイエの作ったものでしょ?」
「……」
「困るんだよなぁ、あの魔神の作ったもの持ち込まれちゃ」
トリニティは返す言葉がなかった。
「これは解呪の薬だから!治療薬だから!」
「治療薬って言ってホントは治療薬じゃなかったこと結構あるし」
「じゃあ進物だけでも届けてよ!」
「だってそれも製作したところにルルイエがいたんでしょ?怪しいじゃないの」
「それは………………そうだけども!」
トリニティもルルイエが魔界でのトリックスター的な存在であることは知っている。
アモンの服が虹色になってマジギレしていた現場に居合わせた事もある。
しかしながら仕事であるのでとにかく届けなければならない。
「しかしこれはアービル様が作ったものだし、釘刺してたから大丈夫ですって!」
「釘刺したって、言葉にしろ現物にしろ効果ないのでは?」
「いや、大丈夫だよ、たぶん、だって、その、アービル様はルルイエのお気に入りだし、機嫌損ねたら、その……っこまるだろうし」
「そんな弱弱しく言われてもねぇ」
トリニティは歯噛みした。ルルイエが絡むだけでこんなに面倒くさくなるとは思っていなかったのである。
渋い顔をしながら次の検査員がやって来るまで待ち続けなくてはならない。
その後、バエルから迎えの使者がやってくるまでトリニティはこの場から動けなかった。
「ルルイエぇぇぇ!マジで!もう!ああーもう!」
床に大の字になって駄々をこねるトリニティを見て検査員と守衛は可哀想なものを見る目で彼女を見ている。
彼女の苦労はまだ始まったばかりであった。
「――というような次第でございます」
報告を受けてトリニティからお土産と報告を受けたバエルは改めてルルイエの存在に頭を抱えた。
彼女が絡むとそれだけでややこしくなる典型であった。
アモンはガラス細工の花が元に戻るや大切に金庫に保管しに行った。
「まあ、今回の事はご苦労であった。下がって良い」
「はっ」
トリニティは今度こそ仕事が終わり、そそくさと自分の部署へと戻って行った。
しかしルナと顔見知りであり、中級悪魔に相当する適度に等級の低い悪魔である彼女はこれからも都合よくつかわれることになる。上級と違い市井が騒ぐことも少なく、下級悪魔のように襲われたり撃退されることも少ないトリニティは連絡役として適任であった。
バエル達に名前を憶えられてしまった彼女の苦労は、繰り返しになるが始まったばかりなのだ。
こうしてサロンで起こった出来事と、それに付随した騒ぎは徐々に収束に向かっていく。
サロンで活躍した存在も、魔界での騒動も、その内に過去になっていくのだろう。
そしてその事の顛末を聞いたルナはもろもろを含めて
「もうサロンはいいかな……」
と一人つぶやいた。




