名誉のお話
エトナーはその後も暫く笑い転げていたが、やがて呼吸を整えながらその事件のその後を語り始める。
「アフロボンバー事件は第三者から見れば笑い話だったが、司教とそのお貴族様がそりゃあ大層な怒り様でな」
司教はアフロを逆立てて、貴族は禿頭を真っ赤にしてそれぞれの筋から抗議を行った。
そしてその怒りが収まらなかったのか二人は協力してそのセールスマンであった二人を以下の罪で告訴してしまった。
ひとつ、貴人に対する名誉の罪
ふたつ、聖職者が参加する儀式の妨害
みっつ、聖職者の格好を著しく乱した罪
である。
「ここで笑えない話になったんだよな」
エトナ―はそう言うと当時を振り返った。
エトナ―はもじゃもじゃ頭の司教を宥めつつ、上二つは事故であり、さらに三つ目の罪状については拡大解釈に相当する為厳しすぎると釘を刺した。
これは本来、為政者や暴徒が聖職者の法衣や僧衣を剥ぎ取って身分を剥奪するのを防ぐための罪であり、服装が身分を示すが故に厳格に守られる規律である。
もちろんだがこれは非常に重い罪であり、日光教に対する重大な挑戦とみられかねない罪だ。
残り二つに関しても個人的な事情が重なったが故の事故であり、当事者が納得する形での謝罪と補償があれば心情としては許せずとも公的な立場として彼らに罪を問うのはやめるべきだとエトナ―は言ったのだ。
「それに前もって試してりゃ問題もなかったはずだし、そこらへんも汲んでやれって頼んだんだな」
こちらにも非とは言えずとも落ち度があったのではないか?と改めて宥めながらエトナ―はどうにか司教を宥めた。
司教さえ宥められれば後はほとぼりが冷めた頃に毛生え薬を持って謝りに行き、頭に毛が戻れば貴族も許してくれるだろうと考えていた。
聖人に懇々と諭された司教はややクールダウンしたのか謝罪さえあればいつでも告訴を取り消し、異端審問官たちにも通達を出すと約束してくれた。
しかしである。
「一般人にとって異端者認定ってのはとんでもなく重かったんだな」
その日の内に追われる身になった二人はその日から裏社会での生活を余儀なくされた。
事情を知る者からすれば犯人に同情さえ覚えるものだが、異端審問官たちの中には情に惑わされないために前後関係をあえて調べない者もいる。
その恐ろしさを聞いた二人は結局エトナ―の努力も虚しく、姿を消してしまった。
そのせいで司教たちは振り上げた拳の落とし処を見失って届け出た告訴状だけが残ったのである。
「とっ捕まっても即地下行きにはならないよう言い含めてたが顔も知らなかったんで調べようがなかったんだよな」
異端者の二人は聖人が自分達の為に色々と動いてくれていた事を聞いてちょっと感動していたが、エトナーの口添えが無ければ地下で異端審問官と対面することになっていたと知り顔を青くしていた。
「お前さん達も足洗って出直すならすぐに大聖堂に来な、司教はもう許してるし、貴族の坊ちゃんもまだ若いから毛生え薬持ってきたら許すって言ってるぜ」
ツルッ禿げになってしまった貴族はなんと今三十代とのこと。二十歳半ばでつるつるになってしまったのだから怒るのも無理はないだろうか。脱毛剤は強烈でまだ一本も生えないので時々大聖堂に顔を出して彼らが来ているか確認してはがっかりして帰る姿が目撃されている。
司教に至っては剃ればいいだけなのでもう怒る理由もないとのこと。
「俺たちもうこそこそしなくていいのか……」
「良かった、商品は何も悪くないんだ……」
ローブの男は異端者という烙印から解放される目途が付いたことでホッとした様子。
同時にモノクルの男も長い間の自問自答があったのだろう、自分の発明品が引き起こした騒動でいろんな感情が渦巻いていたのかぼんやりとした様子で呟いている。
「こいつらの仲間はどうなんだ?」
「魔法使いは金で雇った流れ者だ。馬車のところに居たのはウチの社員だよ……行く当てがないからついてきてた」
アダムがそう言うとローブの男はすんなりと白状した。
「なるほどな、まあ未遂だし前科が無けりゃすぐにでも釈放されるだろう。社員の連中はそもそもまだ何もしてないし」
「「ホッ」」
「だが今回の事は色々手続きいるからな?そこらへんはきっちりやってもらうぞ、逃亡中の話も聞かなきゃならんしな」
「「はい……」」
エトナ―がそう言うと異端者の二人は安心したのか脱力した様子。今回の事はともかくこの十年も後ろめたい事は殆どなかったのかもしれない。出頭を促された際の態度からもそれが伺えた。
「よかったですねぇ」
そこにルナののほほんとした言葉が出たことで場の空気が柔らかくなる。
時折アンヌの頭を撫でるのでその際に眠っているアンヌが気持ちよさそうに身を捩る。
「しかしあれほど強烈な毛生え薬と脱毛剤を作れるんだ、真っ当に生きてくのに難しいことはあるめえよ」
「商品の取り違えさえなければな」
「それは工夫次第でしょう、容器の形を変えるとか……」
こうして事件は解決に向かっていくのだが……
「アンヌ!そろそろ帰るぞ!」
「あと五分……」
「その調子でもう三十分だ!帰るぞ!」
アンヌがルナの膝から離れなくなったのは別のお話である。




