実は!
タイユラン男爵が困ったように視線を動かしていると憔悴し切った二人に目が行った。
「おまえは……」
少し思い出すような仕草をしてからタイユラン男爵は思い出したように手を叩いた。
「おまえはあの時の!」
「知り合いか?」
エトナーの問いかけにタイユラン男爵は頷いた。
そして思い出すようにぽつりぽつりと話し出した。
「あれは数年前、多分十年には届かないくらいだと思いますが……」
タイユラン男爵がサロンでの交流の場を提供していた頃、彼は二人組に出会ったのだと言う。
「異端者になるような連中だ、その時から怪しかったのか?」
「いえ、少なくとも会った時は真っ当な商売人でした」
その当時の二人は世にも珍しい毛生え薬と脱毛剤を売り歩くセールスマンにして薬剤師だった。
製造と販売を自ら行うやり手だったのだ。
「毛生え薬と脱毛剤……んで十年以内に起こった事件だよな」
「はい、そのはずです」
その説明を受けてエトナーはなにやら考え出した。
アダムは少し不思議そうにしていたが男爵に続きを促した。
「彼らはその時、私のサロンに来ていました」
当時、彼等は顧客を探してサロンやその他の社交場を点々としていたそうだ。
毛生え薬と脱毛剤、これらはいつの世も需要の無くならない物のひとつ。
人は生えて欲しい場所を見つめては寂れゆくその一部分にため息をつき、生えて欲しくない場所に鬱蒼と茂るそれらを見てはため息をついていた。
その悩みに一筋の光明を差し込むのが彼らの製造する薬剤であった。
「そして、いつものように契約を行っていました」
こういった品は貴族や上流階級ほど欲しがる者が多い。彼らにとっては宝飾や美容に関わるものはいくらでもお金をつぎ込む。それが彼らのステータスに繋がる為である。
そうでなくても男としては頭が薄くなっているなどと指さされることは耐えがたい恥でもある。
女性も髪型を変えられなかったり、艶が無いなどと言われては表に出るのも同様の理由で億劫になってしまうだろう。
「意外だな、効果があったのか?」
「商品についてはリピーターが付くほどでしたからね」
サロンの会場の端で立っていると上流階級の使用人たちが彼らの元にやってくるのが多かったという。
裏を返せばそれだけ効果が高かったということだろう。
「ですがある時事件が起こったんです」
タイユラン男爵がそう言ったところでエトナ―が盛大に噴き出した。
「だははははははっ!思い出したぞ!この二人、あの時の薬を作った奴らだったのか!」
エトナーは腹を抱えて大笑いしている。アダムは不思議そうにしていたがタイユラン男爵は苦い顔だ。
「何があったんだ?」
「ふひっ!あっははは、ふぅ、ふーぅ!あれな!聖職者の間じゃ語り草だぜ!アフロボンバー事件と同時に起こった戴冠毛根死滅事件!」
笑い転げるエトナ―の言葉を要約すると彼らが異端者とされるきっかけとなった事件は二人の被害者を出したある意味悲惨な出来事だったという。
被害者の一人は聖職者、階級は司教であった。帽子を被る際に蒸れること、そして聖職者としての清廉さを周囲に示すために剃髪していたのだが、人の髪は自然と伸びるもの。
しかし手入れには手間もかかり、怠るとかえって不衛生にみえてしまうのでその聖職者は思い切って脱毛剤を使うことにしたのだ。
そしてもう一人は貴族で、当時世襲の儀式として冠を頭に載せる習わしがあった。
彼は王族ではなかったが当時の諸侯が先祖を称号として王と讃えた名声を後世に残す為にと後継ぎに戴冠の儀式をさせていた。
しかし彼には悩みがあった、王冠を乗せる際にしゃがみこむのでどうしても頭頂部が見えてしまう。
髪の薄さに悩んでいた彼は思い切って毛生え薬を頼んだのだ。
「聖職者は脱毛剤を使って身なりを清潔にして儀式に、貴族の後継ぎは毛生え薬を使って自信をもって儀式に臨んだんだけどな」
「もういい、なんとなくわかった……」
アダムがげんなりした様子で手を振ったがエトナ―はくっくと笑いをこらえながら言った。
「どっかで薬を取り違えたんだろうな、冠を乗せようとした瞬間に髪の毛がはらはらと全部抜けちまったんだ」
「そ、それは悲惨な……」
光輝く頭頂部に冠が乗った瞬間、狙いすましたように毛生え薬の効果が出てきた。
「そんでよ、司教だったかな、そいつがよ……禿げ頭に冠乗っけた瞬間、帽子が飛ぶ勢いでアフロになったんだよ!」
その瞬間を思い出して耐えきれなくなったのかエトナ―はげたげたと笑いながら床を転げまわっている。
あまりの光景に誰もが言葉を失っただろう。そして直視できた人間も少なかったにちがいない。
笑えばあまりに失礼であるが教会のステンドグラスから差し込む光をうけて輝く貴族の頭と、それと対照的に帽子を吹き飛ばして生えそろった司教のもじゃもじゃ頭。
そして呆然としている両名、絶句する周囲と笑いをこらえる為に唇を噛んで下を向く参列者。
奇しくも全員が意味を違えども震えながらただ耐え忍んでいた。




