後輩ちゃん
アンヌはよりにもよって、と痛む頭を押さえて唸った。
(あの子達がイジメてる子に助けられるとはね)
ちらりとルナを見やる。
頭の痛みが邪魔をするけれど、アンヌは小さな頃から社交界でたくさんの人間を見てきた。
中には雰囲気だけでわかる本物。
佇まいに見え隠れする技量を見抜く術をアンヌは得つつあった。
(この子、先生達に混ざって私の所に来たのは義理だけじゃないわよね……)
少なくともアダムはこう言った時に自分と関わりのない生徒をこの場に居させたりしないはずだ。
しかもこの勝手に入ってきた聖職者、おそらくは聖人エトナーだろう。
この人物とも知り合いのようで、しかもかなり気安い関係らしい。
(オマケにこの人も……)
トリニティに目を向けると彼女もまたアンヌに気づいて笑みを浮かべ、会釈した。
その瞳の輝き、その鋭さが彼女の異様さを説明している。
「大丈夫ですか?」
そう言うとルナがアンヌの頭に軽く触れる。するとアンヌの頭にじんわりとした熱が広がり、すこしだけ痛みが和らいだ気がした。
「ありがとう、少しマシになったかも……」
「それならよかったんですが……もう少し横になった方がいいかもしれませんよ」
「そうしようかしら……」
そう言ってアンヌが体を倒したところで、ルナがそれを受けとめ、自身の膝の上に移動させた。
「る、ルナちゃん?」
「椅子のクッションは固いですから」
あまりに自然にされたのでアンヌは遠慮する間もなくルナの膝枕をされる形になった。
最初こそ断って体を起こそうとしたアンヌだったが……。
「それも……そうね」
困ったことに非常に居心地がいい。頭痛が和らぐ感覚と柔らかい感触。
疲れが吹っ飛ぶような気持ちになり、アンヌはぽやーんとした状態になる。
「いいなぁ」
「いいなぁ」
「……おまえら」
エトナ―とトリニティがそろって指を咥えるのを見てアダムはドン引きした。
「あ”ぁー……もう動きたくないわ」
「そうですか?それなら無理しちゃいけませんよ」
「うん、しない」
半目になって今にも寝落ちしそうなアンヌを見て全員がどうしたものかと考えている。
おそらく魔道具の影響下からは抜け出したはずだが今度は別の影響下に入って朦朧としているのだ。
「話がまた進まなくなったな……」
アダムの一言が虚しく響いた。
「Zzz……」
「ねちゃいました」
「寝かしつけたんだろ」
ルナがあっけらかんと言うのでアダムは呆れたように言う。疲れた人間を寝かしつけるのが異様に上手なのはもはや特技と言っていい。
「とりあえずこの子はルナちゃんとそこの悪魔に任せときゃいいだろ。私達はあの連中の事を調べるか?」
「そうだな、サロンの関係者はあの有様だしな……」
そう二人が話し合っていると部屋に壮年の男性が入ってきた。
「すまない、こちらに私の娘がいると聞いてきたのだが」
紳士然とした男性は急いでいる様子でアダムとエトナ―を見る。そしてルナの膝の上で寝息を立てているアンヌを見るとホッとした様子で息を吐いた。
どうやら彼がタイユラン男爵らしい。
「あなたがタイユラン男爵ですか?」
「いかにも、私がサロンの主、タイユランです。今回は危ないところをお助けいただいたと……」
「ええ、まあ……ただ我々も詳細はまだわからず、彼女から事情を聞けたらと思っていたのですが」
保護者の視線がすやすやと眠るアンヌに注がれる。なぜかルナは笑顔だ。
どこか誇らしげですらある。なんでだ。
「魅了かなにかの魔道具で洗脳されかかっていたから二人がかりで処置した、こういうのは頭に負担がかかるんだよな」
認識を弄るタイプの魔法は脳に負荷がかかる事が多い。色々と言いたい事はアダムもあったし、エトナ―は羨ましいとしか思っていなかったがすぐに寝かしつけたのは治療としては最善手である。
「うむむ、娘にこのような事が起きるとは……」
「とはいえ多少は心当たりがあるんだろ?お前さんの人脈が狙いだろうしな」
エトナ―はアンヌと、おそらくはタイユラン男爵を狙った異端者たちの目的が二人の人脈だろうと考えていた。
彼らを押さえれば上流階級につながりができる。彼らは政治的や経済的には強い立場であるが魔法には無防備な事が多い。
優れた魔法使いが知り合いや部下にいるとしても、このようなサロンでは警戒も緩むだろう。
そうでなくてもタイユラン男爵の人脈ならばあえて魔法使いを除外して呼び出すこともできる。
「ううむ、警戒すべきでした……」
「今回はたまたま私達が居ましたがおそらく周到な計画を練っていたのでしょうな」
魔法の研究や組織の暗躍にはとかく金がいる。そして異端者は通常の方法で資金を得るのは難しい。
異端者認定されると資金提供にも厳しい監視がつき、教会や魔法局だけでなく一般の治安組織からも目をつけられる。
異端者認定はもはや犯罪者と同様の扱いなのだ。




