頼りにするべきなのは?
「お母さんの伝手でもダメかぁ……」
悩んだ所で人脈は生えてこない。
まぁ時間はまだまだあるし、と楽観的に考えてルナはその日の晩に日課となったバエルへの手紙を書いていた。
「ええと……『近くサロンに参加します、先輩からのお招きを頂きました』……あとは何がいいかな」
ルナは細かい事を伏せつつ、サロンに参加する事に少し触れつつ後は当たり障りのない日常についてを手紙に書き連ねた。
本人は何の気なしに書いた内容であった。
しかしである。
『なんと、あの子がサロンに!』
魔界の王であり、貴族の中の貴族であるバエルにとっては一大事であった。
『アービル嬢が?』
手紙を読んでいたと思ったら唐突に立ち上がった主人に副官であるアモンはちょっとだけ嫌な予感がした。
『ワシがエスコートしたい!』
『ダメです』
アモンが立ち上がろうとするバエルを制して押し留める。
『人型になればいいじゃろ』
『ダメです』
人型に変身しようとするバエルの前で指を弾いて妨害する。おそらく高度な魔法による妨害であろう。
『聖人を目付にすればいいじゃろ』
『ダメです』
バエルが古びた日光教のエンブレムを取り出すとアモンがそれを鮮やかな蹴りで引き出しに戻した。
『軍団連れて迎えにいくか!』
『ダメっつってんだろ、ぶち殺しますよ?』
アモンが呆れた顔で見ているのもどこ吹く風。バエルの頭は孫可愛さで埋め尽くされている。
アモンの妨害をいなしながら屋敷を歩いていく。
『誰かあるか!』
『あらなくていいです!持ち場に戻って!』
使用人や部下が困った様子で主人とその副官を見ている。
主人が命令を出し、副官が即座に取り消しているから当然なのだが。
『我が主、それにアモン様、我らはいかがすれば……?』
『出立の準備だ』
『しなくていいです』
『ど、どっちですかぁ!?』
ひたすらおたおたしている部下たちにアモンがイライラを募らせている。
そんな中、バエルは大声で叫んだ。
『我が孫アービルがサロンデビューするのだ!誰かワシの代わりに様子を見て来てくれ!』
ワシが許可する!と屋敷が震える大声で叫ぶと部下や使用人たちが顔を見合わせる。
『許可しない!戻れ!八つ裂きにするぞ!!!』
アモンが怒気を籠めて叫ぶ。大半はそれで硬直したが何人かがこそこそとその場を離れ始め……
『動くな!』
『『『きゃー!』』』
中級の悪魔達が何人か散り散りに逃げ出した。アモンは悪魔の正体を露わにして咆哮を上げたが今度はバエルが指を弾くと咆哮の音はまるで見えない壁に阻まれたように小さくなっていく。
『首尾よくやるのだぞ!』
バエルが杖で床を打ち鳴らすと魔力が迸り、逃げていく悪魔達の位階を一時的に底上げした。
彼らは皆翼を広げて窓から飛び出すと一目散に地上を目指した。
『……』
それを見送ったアモンはプルプルと震えながら目を血走らせると
『ガァオォォォオオオオオ!』
今度はバエルの魔法をブチ破る勢いで叫んだ。その勢いはまるで突風のようで、使用人の中で体重の軽いものはまるでボールのように転がっていく。
『ひぃっ!アモン様がキレた!』
今度は使用人たちも散り散りに逃げていく。屋敷の広間にはあっという間にバエルと怒りに燃えるアモンだけが残った。
『オオオオオッ!』
『ホッホッホ、ワシの勝ちじゃ。後はお前さんをいなして勝ちに華を添えるとしようかのう』
文字通り火炎を吐きながらバエルを睨みつけるアモンを前にバエルは杖を構える。
『わはー、俺たちも地上デビューだなぁ』
『ねー』
中級悪魔の三人はアモンの使い魔の捕捉を逃れ、バエルの加護を受けて一路地上を目指していた。
それぞれが猫、蝙蝠、フクロウの特徴を備えた悪魔であったが、それは暗闇の概念から産まれた無形の存在。
故に力を得れば自由自在に姿かたちを変えることができるのだ。
『地上に出るのにお金かかるじゃん?』
『かかるね』
『俺たちでも合体できるじゃん?』
『元が無形の悪魔だったもんね』
『じゃあさ、合体しとかない?地上でお金いるし』
魔界の沙汰もなんとやら、地上に送り出してくれる場所があるのだ。
しかしそれは人数で価格が上下する。それを誤魔化すのは本来難しいが彼らは無形の悪魔。
体をくっつければ造作もない。
『よーし、いくぞー!』
『『おー!』』
三人の悪魔はその名をトリニティと定め、合体して一人の悪魔として体を作り上げると魔界の門をくぐり人間界へと向かった。
「よっと、さて人間になりすますか」
門は古びたブティックに繋がっている。魔界から使命を帯びて人間界にやってくる悪魔を補佐するための店である。
本来ならばトリニティが使える店ではないがバエルの命を帯びているということでやってこれた。
使い走りであること、中級以下であることを条件に黙認されたこの召喚陣は人間界と魔界を結ぶホットラインとして
その存在を許されていた。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件で?」
「バエル様のお孫様が人間界でサロンに参加するのでその同行者か、もしくはサロンに参加して彼女を補佐できるような恰好を頼みます」
仕立て屋を兼ねているのだろうモノクルを掛けた老人がやってくるとトリニティは内心ではガチガチに緊張しつつも服のオーダーを通した。




