サドローの思いとは?
鍵が開いた事を確認するとアダムは机の上にあるトランクをサキュラスに差し出した。
「鍵は開きました、どうぞ中を確認してください」
「わ、わかりました」
サキュラスはどこか緊張した面持ちでトランクを開いた。
ディピトとディエがそれを隣に並んで覗き込んでいる。
「どんな感じ?」
「ティナちゃん!」
覗き込もうとするティナを捕まえるルナ。アダムが拳骨を落として大人しくさせる。
「色々、ありますね……」
「懐かしい……」
サキュラスが丁寧にトランクの中から取り出したのは恐らくサドローの思い出の品だろう。
筆記具、製図用の道具、そしてハードカバーの手記やノートなどが出てきた。
「!……これって」
「懐かしいね、俺たちが描いた最初の魔法陣だ」
古びて黄色くなった紙が二枚出てきた。
乱雑な円の中に火のマークが描かれている。もう一枚には水滴のマークが。
どうやらサキュラスとディピトが子供の頃に描いたもののようだ。
これを大事に持っているだけで二人とサドローの関係性が知れようというもの。
そしてその中にもう一枚、少し新しい紙が……
「こ、これはダメ!」
ディエが紙に書かれた文言を見て慌ててひったくった。
サキュラスはきょとんとしていたがディピトが思い出したように笑みを浮かべた。
「ディエが父さんに送った最初の歌の歌詞だね」
「い、言わないでよ!」
「キラキラあなたのいちばんぼ……うげぇっ!」
歌詞を口ずさみかけたディピトに鋭いボディブローが飛んだ。
「お、お腹がー!」
「やかましい!なんで知ってるの!」
「父さんが自慢してたから……」
ディピトが転がりながら呻いている。自業自得というものだろう。
誰にだって触れてはいけないところがあるのだ。いわゆる黒歴史的なもの。
肩で息をしているディエがサキュラスを睨むとサキュラスはトランクの中身を取り出す作業に戻った。
「これは……製図した魔法陣の写しかな」
「少し拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
アダムがサキュラスの許可を得て写しを確認する。
精巧に描かれたそれは今では使われなくなったものから、工業製品の元となった魔法陣など貴重な資料になり得るものが多数残っていた。
「これはすごい、器具を使ってるからといってこれほど精巧に写し取れるとは」
魔法使いならば仕組みはわかる。模様や円、その形が何を意味するのかも。
しかしそれを寸分の狂いもなく正確に書き込み、それを写し取る技能は別種の才能だ。
これが出来ず一つの魔法陣を描くのに何か月も掛ける魔法使いの多い事。
「生活に困ったことはなかったでしょう?これほどの技量ならいくらでも金を出す人がいたはずだ」
「そうですね、私達も研究を続けながら楽団を組織できる程度には」
「それが楽団に養われる立場になったのか……金食い虫じゃん!」
二人はティナの容赦ない言葉に顔がキュッとなった。
事実ではあるがアダムから二発目の拳骨が飛んだ。
「後はサドロー氏の手記ですな」
アダムがそう言うとサキュラスは小さく頷いてハードカバーの手記を手に取った。
ページをいくつかめくる中、二人について書かれたページがサキュラスの目に留まった。
「これ……」
「どうしました?」
「私達が魔法陣を初めて描いてプレゼントした時の……」
手記の内容はこうだ。
〇月×日
サキュラスとディピトが私の描いた魔法陣に興味を持ったようだ。
仕事で仕方なく描いていたものだが二人が興味を持ってくれたことで昔を思い出した。
あのとき、私も確かに二人のように目を輝かせていたのだろうか?
私を見ていた彼らの笑顔が目に浮かぶ。
私がこの子たちにできることはなんだろう?製図に興味を持ってくれるだけでも嬉しいが……
できることなら彼らの跡を継いでくれたら……しかし私には魔法そのものの知識はない。
どうしたものか。
「これ、お祖父ちゃんが二人の事について書いたページだね」
「父さん、魔法の知識なかったのか……」
横から覗き込んだディエが言うとサキュラスは驚いた様子だった。
自分達の知識の原点がサドローだったのだから仕方ないのかもしれないが。
「続きは?」
そう言われてサキュラスはページをめくった。
〇月▽日
魔法陣の写しはたくさんある。これを渡して基礎を学んでもらえば大丈夫だろう。
しかし困った、お父さんは魔法使いなの?ときた。
要らぬ見栄など張るんじゃなかった。私は魔法など使えないし、魔法陣の意味もわからん。
だが今更誰かに聞こうにも知識もコネもない。
それにあの事件以降、魔法局や教会に魔法に関わるなと言われてきたので
どうしたらいいのか皆目見当がつかない……
実は父さん魔法使いなんだよ!なんて言うんじゃなかった!
しかしあの目を見るとどうしても本当の事が言い出せなかった。
今なら押しかけて仲間に入れてくれと最初に言った時のドローイングゲート団の面々の
困ったようなはにかんだ笑顔が思い出される。
私は彼らにすごい魔法使いなんでしょ?と尋ねて仲間に入れてくれと頼んだ。
魔法についてはついに教わることはできなかったが、
それでもあの不思議な世界に彼らと一緒に居た事実と感動を私は今でも覚えている。
二人にはちゃんとしたところで学んでくれるといいが……。
魔法学校なる施設もあるようだ。近くにそこを尋ねるのもいいかもしれない。
日記は、そこで途切れていた。
「続きがありませんね」
「その翌日に、親父は交通事故で亡くなったんだ。トランクの鍵も、その時になくしたのかもしれない」
サキュラスは、遠い記憶を探るように目を伏せた。
「父さんは確か、この街に来ていたはずだよ」
サドローは事故に遭うまで、魔法学校のあるこの街に滞在していたらしい。
日記の内容から考えれば、息子たちを正しく学ばせるため、魔法学校について調べに来ていた可能性が高かった。
しかし、その目的を二人が知ることはなかった。
父の帰りを待っていたサキュラスとディピトのもとへ届いたのは、突然の訃報だった。二人は遺体と遺品を引き取り、父を故郷へ連れ帰るだけで精一杯だった。
なぜ父がこの街へ来ていたのか。何をしようとしていたのか。
そこまで考える余裕など、当時の二人にはなかったのだろう。




