夢の行く末
エトナ―は杖を床に突き立てるとその瞬間に部屋そのものが結界で覆われた。
悪魔達がそれを見て動揺する中、聖職者たちは倒れている魔法使いたちを抱えて部屋の出口へと下がっていく。
「息をしてない……」
「酷いことを……」
守護天使を呼ぶために用意されたらしい聖櫃があったが見る影もないほどに破壊されていた。
エトナ―の言葉から推測するに天使を呼ぶ前に奪い取られた可能性が高い。
一対多数で立ち向かう予定が多人数の悪魔がやってきたのだ。
数の有利で悪魔との力の差を覆そうとしていた魔法使いたちにとって上級クラスの悪魔に囲まれることは悪夢のような出来事だっただろう。
「こいつらはそれなりに名を売れた魔法使いどもだな。召喚の規制を唱える大義名分としちゃ十分過ぎる犠牲だ」
エトナーは聖職者達に運ばれていく彼らの顔を見て言った。
ドローイングゲート団は召喚術の知識に関しては一流と言って良かった。
「そんでもって、テメェらが何かしらの小細工を仕掛けた証拠でもある」
彼らが一流だったのは、悪魔を呼び出す術だけではない。召喚後の封印や調伏まで準備していた。
その集団が悪魔と戦闘になり、全員が命を落としたこと。
それ自体が異常事態であることを証明したようなものだった。
「守護天使の召喚の妨害、他の悪魔の召喚に対する横入り……、どうしてやるべきかね」
悪魔達がじりじりと距離を詰める。
目的は聖職者と魔法使いの死体。
それで結界を汚せば聖人の結界であろうと打ち破る事が出来るかもしれない。
そう思っていた。
『お前の出る幕ではない』
魔法陣が明滅し、雑多に上書きされた魔法陣が元の魔法陣へと書き換えられていく。
「ほぅ!おいでなすった、お前らの親玉がよ」
エトナ―が獰猛な笑みを浮かべるのとは対照的に悪魔達の血の気はみるみるうちに失せていく。
『訂正しろ、聖人』
「あ?なにがだ」
空気が震え、腹の底から響くような狼の遠吠えと共に魔法陣から飛び出した蛇の尾が震える悪魔達を貫いた。
『このような下賤な者は我らの配下にはいない』
「なるほどな……」
巨大な狼の姿で現れた大悪魔、アモンは口端から火を漏らしながら部屋を埋め尽くす巨狼の姿を持って顕現した。
『アモン様!お、お許しを!』
アモンが持つ蛇の尾に貫かれた悪魔が血を吐きながら慈悲を乞うた。
「無理だろ」
『お前に言われるのは不本意だがその通りだ』
アモンが目をカッ!と見開くと同時に尾に貫かれた悪魔は炎に包まれ、あっという間に灰になった。
『統制を図りたいとは思っていたが……このような愚かな真似をするとはな』
灰がそのまま魔法陣に吸い込まれていくのを見届けるとアモンは溜息をついた。
『せっかくの呼び立てと思っていたのに……』
「それなんだが、一つ私から頼みがある」
『なんだ?』
「こいつらの死因だよ」
魔法使いたちの亡骸を指し示してエトナ―は言う。
「バカに殺されましたじゃあまりにも可哀想だ。責任取れ」
『……なるほど』
アモンは指を弾くと、魔法使いたちのリーダー格だった男の亡骸を引き寄せた。
操ったのは、既に魂の抜けた肉体だけである。
死者の魂を契約で縛ることなく、ただ契約が交わされたという事実だけを現世に残すためだった。
『汝との契約を、後世に』
アモンは男の手を動かし、互いの名を契約書へ記した。
契約の内容は、ドローイングゲート団とアモンの間だけに秘される。
守秘の呪いは契約書そのものに刻まれており、死者の魂には何の義務も害も与えない。
それでいて死霊術や鑑定術を用いても、内容だけは決して抜き取れない。
残るのはただ一つ。
大悪魔アモンと、ドローイングゲート団が契約を交わしたという事実だけだった。
契約書をしたためるとアモンはそれをエトナ―に差し出した。
「ご協力感謝っと」
『契約の内容は他者には教えぬ。私が言わねば……、誰も知らぬ』
「ああ、それでいいさ。契約したって事実が大事だからな」
契約書には守秘義務に関する呪いが書かれておりエトナ―をもってしても問うことはできない。
そして死者の記した契約書故に死霊術を使っても内容を知ることはできない。
ただ、契約したという事実だけがこの世に残ったのである。
大悪魔の召喚を少人数の団体が行い、成功させて契約を成した。
その事はすべての魔法使いを驚愕させた。他の追随を許さぬ功績と死と引き換えという事実が後追いをしようとする魔法使い達への大きな抑止力になった。
ドローイングゲート団は大悪魔と契約した。その命と引き換えに。
契約の内容は知る由もない。その一団がいかようにして成し遂げたのかも。
ただ一人、魔法陣を描いた者がいたはずだが……。
その事実は教会と、教会につながりのある魔法局の一部の人間によって秘匿された。
「……というわけだ」
「じゃあ、その魔法陣を描く作業に参加してたのがサキュラスさん達のお父さんだったんだ……」
「事実はもうわからんがな、エトナ―に聞けばわかるかもしれんが他はちょっと厳しいだろう。なにせ40年前だ」
事件を記録した本を閉じてアダムは言った。
サドローの名前はその本には記されていなかった。
しかしその時、その場所におそらく彼はいたのだろう。
そして仲間の死と、彼らの功績が風化しないようにと願いを込めて息子たちに語ったのかもしれない。
「秘匿されているが故に多くは語れなかったが、それでも息子たちにだけは言いたかったのかもしれん」
「そうですね……、あの団体の一員だったって思い続けていたのかもしれませんね」
二人がしみじみとサドローとドローイングゲート団のやり取りに思いを馳せている中、ティナだけが不思議そうにしていた。
「でもさ、それじゃあオジサンたちはただの製図職人だってなるんじゃないの?」
「どういうことだ?」
「だってさ、魔法陣を書き写すのが仕事なわけじゃん?それは凄いけど、魔法使いとは関係ないよね?」
彼らの父がドローイングゲート団と関わり合いがあり、事件の関係者であったことはわかったが肝心な所がまだ謎のままであった。




