ドローイングゲート団とその事件
それは遡ること40年前。まだ召喚術が行政の管轄になっていなかったころの話である。
人々は悪魔との交信に躍起になっていた。
「我らにも悪魔の力を!」
偉業を成し遂げ、成果を上げる事。
悪魔召喚はその両方を一挙に成し遂げる機会を得る黄金のチケットだった。
呼んで契約できれば力を得られ、呼んで会話をすることで知識が、呼んで追い返すことで力の証明が可能だった。
そして上級悪魔の中には美姫と呼んで差し支えない美女も、学問の師となれる学者もいた。
彼ら彼女らの中から誰か一人でも呼び出して契約することができれば魔法使いもそうでない者も、人生のすべてが思いのまま。そう思わせるだけの魅力があった。
そして事実、上級悪魔達は王侯貴族の御用聞きとして表と裏の社会、その様々な世界で動いていた。
そうでない者も世界の端々で村の管理、都市の運営、魔法陣の再生などなど枚挙にいとまがない。
悪魔達は笑いが止まらなかった。
人々は我らを望んでいる。我らとの契約を。
一晩明ければ身の破滅を呼ぶような恐ろしい対価を提示しても縋りついてくる!
悪魔は刹那に身を委ね、足掻く人々の姿が大好きだった。
小賢しく自分達に疑いの目を向け、聖水を撒いて追い払う聖職者たち。
恐怖して逃げ惑う小市民ども。
そんな彼らにとって鬱陶しい者達よりも自分達との対話を求める人々を好むのは当然だったかもしれない。
人々は望み、悪魔は与えては奪う。それでも人々はまた望み、火花のような生き様を悪魔に見せる。
納得の往生も、悲嘆に暮れて泣きぬれる悲劇も、果ては自分達をねじ伏せて高らかに笑う大団円も。
悪魔達にとって好ましかった。
だから日に日に悪魔達もまた人間界の動向を見つめるようになっていた。
由々しき事態だ。
召喚の乱発は魔界の混乱を招いた。当然ながら彼らにも魔界での生活がある。
彼らもまた人間と同じように上司にに仕え、軍団を統率し、領地の運営をしている。
仕事があり、生活があるのだ。
しかし彼らは今、人間との遊びに夢中になっている。
魔界を統べる大悪魔達は部下の手綱を再び握り直し始める。
悪魔達を監視し、自分の仕事へと戻らせる。
そうしていくと徐々に召喚が成功することは減っていき、仕事や地位を持たない下級悪魔程度がちらほらと応じる程度になっていた。
しかしそれも表向きのこと、一度味をしめた悪魔達がそう易々と諦めるはずもない。
こっそり、そして幾度も召喚は行われた。
こうなれば人間に規制してもらうしかあるまい。
そう悪魔達が囁き合った。
ならばいかがする?
呼ばせろ
呼ばせろ
我らを呼ばせろ
災厄をかの地に巻き起こせ
彼らは互いに頷きあい、機会を待った。
彼らは魔界の秩序の為に、魔王バエルの意思を代弁するかのように。
そして彼らの目論見を察知した者もいた。
「ふざけやがって、問題起こして規制させようってか。規模にもよるが許すワケねえだろ……!」
エトナ―である。元より小まめに悪魔召喚の事故などを処理していた彼女であったがそれ故にきな臭い雰囲気が漂い始めていたのを敏感に感じ取ったのだ。
その発端は悪魔が問答無用で召喚者に襲いかかる事案である。
魔法使いや術師にとって悪魔が自分に襲いかかってくることは当たり前のこと。
それを調伏して言う事を聞かせるのが作法とする流派もある。
「しかしこれは……」
「聖人様、なにか?」
「これをみろ」
エトナーはとある事件現場での遺留品を探っていた。
僧侶の立ち会いの元の時である。
「これは契約書ですか?」
「そうだ、しかも成立しかけのな」
えっ?となった僧侶は契約書を拾い上げた。
契約書の欄には悪魔の名前と契約者の名前があり、契約者側は名前を書きかけた途中で止まっている。
「あっ、名前が途中で……」
「騙し討ちだな、本人がやったか上司が待ったをかけたのかは知らないが署名の段階で襲いかかったかな?」
お互いの了承が得られたと思えばいかに熟練した魔法使いとて油断するもの。
ともすれば熟練しているほど引っ掛かるだろう。
「下級の悪魔を呼んだ魔法使いが殺られる案件が増えてる。迂闊なヤツがしくじったとは言い難い内容だ」
エトナ―は犠牲者が増える中で魔法使いのだけでなく、悪魔が野放しになる可能性が捨てきれずに警戒感を露わにしていた騎士や聖職者の面々の中からも声が上がり始めていた。
悪魔の召喚術を魔法局の管理下に置くべきではないか、と。
「これで下火になってくれればいいが……」
「といいますと?」
「こういう時ほど『ぼちぼち潮時か』って考えるヤツと『じゃあ最後にどでかいのやっちまうか』ってのに分かれるもんなんだよな」
警戒は怠るなよ、とエトナ―はそう自分の息がかかった聖職者たちに目を光らせるように指示していた。
「自由に悪魔と交信できるのも今日が最後になるかもしれんな」
そんな中、一つの団体が地下室にて巨大な魔法陣を完成させつつあった。
複数人の魔法使いが触媒を運び込む中、一人の青年が白墨を走らせている。
「サドロー、お前は本当に器用なヤツだな」
「……本職ですから」
ローブ姿の男性が感心したようにサドローに言葉をかけた。
彼はコンパスや定規を用いて巨大な魔法陣を紙から床に正確に写し取っているのだ。
その精巧さは触媒を運ぶ他の魔法使いたちも何ら疑いを持たぬほど。
「建物の図面を描くのと魔法陣を描くことの差がサドローくらいの腕になると大差ないらしい」
「紙に書くのと床に描くだけじゃない、大小の区別もなくそう言えるのはヤツくらいのものだよ」
一番の若年であったサドローは皆から若い若いと言われつつもその図面を正確に紙から地面へ写し取り、またはその逆をいとも容易くやってのける技量を買われていた。




