見事な魔法陣!……でも?
「父さん!入るよ!」
ディエが家の中に入ると声を上げた。
するとそれに気づいたのか階段を上ってくる足音が。
「ディー!そんなに叫ばなくても聞こえてる!」
声の主は家の奥にあるドアから姿を現した。
くたびれたシャツに作業用のオーバーオールを履いた男性だ。
目元がディエにそっくりであり、おそらく彼がディエの父親だろう。
ディエはぱっちりとした丸い目をしているが彼もまた同様で、なんだか愛嬌のある顔をしている。
「おや、そこの二人は?」
「学生新聞です!魔法学校から来ました!」
「新聞……?」
ティナがメモ帳を取り出し、ルナが頭を下げる。
「魔法陣の研究をしてるって聞いて取材に来ました!」
「取材か!」
ティナの言葉にディエの父は嬉しそうに声を上げた。
恐らくは自分の研究に肯定的な人物が少ないのだろう。そんな中に素直そうな若者が取材に来たと聞いて嬉しくなっているのかもしれない。
「自分達も召喚陣の研究はまだ授業で習ってないんで色々と先輩の意見が聞けたらと思ってます!」
ティナの物怖じしない上にぺらぺらと出鱈目が飛び出すのはもはや特技といっていいだろう。
「えっと、ではお名前から!」
「サキュラス・ヴァトワルです。弟のディピトと召喚陣の研究をしてます。よろしく!」
魔法陣は、知識のない者には意味不明な図形にしか見えない。しかし学べば、それが目的ごとに意味を持つ文字や図形を組み合わせた、一種のパズルだと分かる。
「魔法陣は工業製品にも使われるものですが、やはり召喚陣となると複雑ですか?」
「もちろん!だからこそ長い間研究しているんだ」
かつての魔法は、火や水を出すだけの単純なものだった。そこへ火力、持続時間、滞留、連続発動などの制御が加わり、魔法陣は複雑化していった。召喚陣も同様である。
「そうですか、うーん、でも魔法陣って簡略化できないんですか?」
「そりゃあ難しいだろう、触媒と円陣だけで呼べるなら苦労はしないさ」
実際は相手を選ばないなら魔界への入口と魔力供給部分を描き、魔石を置くだけでも召喚はできる。
ただし呼ばれる悪魔は不定で、魔力が足りなければ下級悪魔しか現れずに不発に終わることもある。
「召喚陣に書かれてる文字はどんな意味があるんでしょうか?」
「わからないけど、決まった書き方があるのかもしれないね。組み合わせを決めて何度も試してるよ」
そのため通常の召喚陣には、召喚先の地域、属性、階級、所属、役職、氏名や真名など、対象を絞り込む情報が書き込まれる。さらに魔力の供給と制御、魔界への入口を生成する術式まで円陣の中へ組み込むため、上級悪魔の召喚ともなれば相当な作業になる。
最も手早い方法は、対象のシジルを描いて膨大な魔力を流し込むことだ。しかしこれは相手を強引に呼びつける無礼な方法で、親しい間柄でなければ不興を買う。魔力制御の補助もないため人間にはほぼ不可能であり、主に悪魔が別の悪魔を呼ぶための術式だった。
「なるほど、今描いてるのはなんの召喚陣なんですか?」
「上級悪魔を呼び出すものさ!」
「すごい!見てみてもいいですか?」
ティナはサキュラスに対して流れるようにスムーズに話している。
その後ろでルナはディエとこそこそと話し合っている。
「あの、ティナさんが言ってることと父の言ってる事からわかることってあります?」
「えっと、サキュラスさんが素人だってことくらいは……」
それを聞いてディエは溜息をついた。
やっぱり何の知識もないままに悪魔召喚など無謀だったのだと再確認したのだ。
そんな娘のことなど知らずサキュラスは笑顔でティナを地下室へと案内している。
「ディピト!お客さんだ!」
「え?お客さん?俺たちにかい?」
「ああ、学生さんたちが俺たちの研究を取材したいそうだぞ!」
「えっ!本当かい?!」
弟のディピトは服装こそ作業着らしいオーバーオールだがサキュラスと違いカイゼル髭だ。
それ以外は兄にそっくりで、もしかすると区別してもらうために生やしているかもしれない。
「お邪魔しまーす」
ティナはこういう時もまったく遠慮なく作業場へ突撃していく。
召喚陣を描く環境がどういったものか興味もあるのだろう。
「それでは拝見します!」
ティナが好奇心に任せて魔法陣に歩み寄る。
そこはどうにも魔法使いというよりも技術者の製図室といった雰囲気で魔道具よりも分度器や製図に使う道具がひしめいている。
これらは実際魔法使いも使う物だが彼らのはそれを差し引いてもプロの使うそれに近い。
魔法使いが使うのは木製の安価な物がほとんどだが彼らのものは金属製、触媒よりも製図道具にかなりの資金を使っていることがわかる。
「むー、これはたしかに綺麗な円に模様だ」
円は少しも乱れがなく、描かれた紋様はどれもはみ出したりせずキッチリと計算された配置になっている。
魔法文字や紋様がちゃんと使われていれば簡単な触媒で反応が始まるだろう。
ちゃんとした魔法の言語が使われていればだが。




