大とつくからには
ティナはアダムの説明を聞いてルナの事を思い浮かべていた。
「じゃ、じゃあルナちゃんをもし召喚するとしたら?」
アダムは少し考え、ポケットから魔石を取り出した。
見た目は石ころと大差のない小さく安価なもので普段使いするものだ。
炭のように暗い色は安価で質の高くないものだがその分周囲の変化や劣化に強く、工業製品用に好まれるもの。
「まず魔法使いの魔力だけではどうあがいても無理だ。なので魔石で補助するか、丸ごと肩代わりしてもらう」
「ほへー、そうなるとどれくらいの大きさになるの?」
魔石が魔力を蓄えられる量はその大きさに比例し、宝石のように澄んだものはその量をさらに高める。
必要な魔力が膨大になるということはつまり、大きな魔石が必要だということだ。
「そうさな……、もしも最高品質の魔石、魔宝石と名が付くものなら」
「ものなら?」
「お前さんの頭くらいの大きさのものが図形の角の数だけいる」
図形の角というのは魔法陣を円の中に書き込む紋様のこと。
三角形や三角形を組み合わせた六芒星などがそれにあたる。
魔法陣に魔力を供給する際にそこに魔石を置くのだがこれがプラグとコンセントの関係になる。
「え、でも悪魔の名前を指定しようとしたら複雑になるんじゃ?」
「そうだ、だから大量にいるぞ」
「うげーー!」
魔石は高級品となると天井知らずの値段がつく。
性能のランクが上がれば同時に宝石としての価値もついてくるためだ。
それを手に入れるだけでも足がつきそうなほど高額である。
「あとは月夜、特に満月を待って月の光を魔法陣に当てることで魔力を代用することもある」
「一晩中かかりそう……」
「一晩じゃ無理だ、何年もかかる」
「ぶえええ!現実的じゃないよ!」
「しかしタダ同然でできる」
「タダかぁ」
タダという言葉にティナはちょっと嬉しそうな顔。
「それにもう一つメリットがある」
「それは?」
「月の出ていた日や月齢を数えれば魔法陣がいつ使えるようになるか計算することができるのだ」
魔石と併用することで費用と時間を節約するやり方がポピュラーだぞ。とアダムは言う。
「なるほど、月の光で節約すれば時間はかかるけど魔石は少なくて済むんだ」
お得!とさらにティナはにっこり。
実際召喚術を専門で行う場所には天窓がとりつけられ、月光を取り込めるようになっていることが多い。
屋内なのは召喚陣が風雨で劣化するのを防ぐためである。
「なるほど、なんだか賢くなったみたい……」
「それは良かった、じゃあ魔法学のテキストだが」
「ほみょみょー!」
「凄い勢いで馬鹿になった!」
「それでは、記者に化けて今からディエさんのお父さんに会いに行きましょう!」
ティナが悲鳴を上げながら補習を受けていた日から何日か経ち、ちょうどアダムの私用で補習が中止になったので朝から二人はディエと共にカフェに集合した。
「お二人はその格好でいいんですか?」
「はい、学生新聞という体でいきますからこれくらいで」
ティナは帽子を、ルナは眼鏡を掛けている。
そして学生服である丈の短いローブを羽織っている。
簡単な変装だがそもそも身分を隠す必要もないので装いを変える意味はほとんどないのだ。
「それでお父さんたちは?」
「今……、近くの家を借りてるみたいですね」
少し言い淀んだところを見ると彼らは今日も今日とて悪魔召喚に勤しんでいるようだ。
わざわざ家を借りているところに並々ならぬ執念が感じ取れる。
「それじゃあ出発!」
三人はディエの父と叔父がいるであろう家に向かう。
そこは街の外れにある部分で外からきた商人などが仮の拠点として使う出入りの激しい場所だ。
宿よりも長く滞在することになる者がここを借りて街にある商店や役所に通い、仕事をしたり仕入れをしていく場所であるために楽団の関係者である二人は容易く借りられたのだろう。
「商人とか旅人が商売の為に拠点にする借家の区画だね」
「ここならディエさんの楽団の名義があれば借りられる場所があるかも」
「まあ魔法陣を書き殴っていい家があるとは思えないけど……地下室のある家はあるからなぁ」
地下室と言ったところでディエは嫌な予感がしたのか顔をしかめる。
そんな三人がたどり着いたのは借家の区画にある平屋の家だった。
「区画で一番安価で地下室のあるとこだねぇ」
「ああ……修繕費扱いでどれだけかかるかなぁ……」
ディエは楽団の台所を預かる為か、かかる経費に頭を抱えている。
地面に描いている内はまだいい。しかし借家や他人の敷地となると話はややこしくなる。
お金が余分にかかるだけならともかく法令に引っ掛かる場合もある。
そうなると楽団の行動に大きな制約がかかる事にもなるし、収入が無くなってしまいかねない。
「さて、それじゃあ取材と行きますかね」
ティナはディエに鍵を開けてもらい、借家の中へと入った。
「ごめんくださーい!」
元気よく入ったティナの鼻をつくインクの匂いがした。
「インクの匂いだ……」
「インク、それも高級品ですね」
「なんでわかるの?」
続いて入ったルナがくんくんと匂いを嗅ぐと呟いた。
ディエは当然ながらわからなかったが、ティナがわからなかったのに気付いてルナは呆れたように言った。
「インクの匂いに覚えがない?」
「いんや?」
「魔導書とかに使われるインクだよ。魔法陣を描くのにもつかわれるやつ!」
魔力の帯びた高級なインクである。魔力の伝導率がよく、魔法陣を描くのに欠かせないものだがティナは知らないようだ。
考えてもみればティナは白墨で書いた陣か刻印された魔法陣しかほとんど見たことが無かった。
高級品よりも使いまわしができる白墨や安価な木炭がティナの筆記用具だった。
これでももちろん魔法陣は描けるが細かいロスが発生するので魔力が多めに必要になることがある。
工業製品や通常の魔法陣を使うくらいには気にならないものだが、膨大な魔力を必要とする召喚陣には些細なロスも大きな浪費になりかねないのだ。




