一触即発
「ティナちゃん……!」
ルナが珍しく力のこもった声でティナに呼びかける。
ティナはそれに少し驚きつつもルナに言った。
「ルナちゃん、この人の目的が何にしろルナちゃんが目的なんだから妥協はできないんだよ」
「でも!」
「アイドルとしてスカウトしたい、なんて呑気な話じゃないでしょ?」
ディエはティナの言動がルナを守る為だとわかると、ため息をついた。
このままだと目の前の少女二人の仲が拗れてしまうかもしれない。
転々とする生活の中で友人が少なかったディエは友達の為にそこまでしようとするティナにとても好感を覚えてしまっていた。
(このまま二人を切離して、ルナちゃんに負い目を持たせれば目的は達せられるかも……)
しかしその為にこの善意と友情で繋がった二人を切離してしまうことは彼女にとって耐え難い悪徳だった。
父と叔父の悲願のために、そこまでして目的を果たす理由は無かった。
「わかった、そう言うことなら全て白状するわ」
「嘘はつかないでね」
「わかってるわ」
ディエはカップのお茶を飲み干すとティナに席に戻るように促し、思い出すように話し始めた。
「実を言うと私の父と叔父が悪魔崇拝をしているのよ」
「悪魔崇拝……」
「そう、でも二人は全くの独学でね。一度も成功したことがないのよ」
ディエはそう言うとため息をついた。
「私が子供の頃、お祖父ちゃんが生きていた頃からの悲願……そう言えば聞こえは良いけど」
「下手の横好きなんだね」
「ティナちゃん!」
ティナの容赦ない言葉にディエの表情がキュッとなった。
実際そうだったのだ。
『これで魔法陣はいいのか?』
『この本によるとこれで……あれ?』
『あれ?ってなんだ』
『いや、なんか文字の配置が……』
覚えているやり取りはだいたいこんな感じ。
そうして苦労して書き上げた魔法陣も触媒の配置がおかしかったり、魔法陣を作動させる魔力や魔石の用意を怠ったりと失敗の理由には枚挙に暇がない。
さらに問題だったのが独学故に二人は全く失敗の理由に心当たりがなく、しなくてもいい手探りを続けて此処まで来てしまった。
「誰かに頼めば良かった、勉強する時間だってあった。だけど二人はどうしても、自分達だけでやりたがったの」
膨大なトライアンドエラー。しかしそれで到達点にたどりつけるのは一握りの天才だけだ。
ルナやティナをはじめ、魔法学校に在籍する数多の魔法使いの未来を担う若者たちですら、膨大な書籍と先達の知恵を借りて学ぶのである。
その中でも大成するのは一握りだというのに。
「回り道を続けているの、今でもずっと、ぐるぐるとね」
「それでルナちゃんの力を借りようとしたの?」
「うん、そう……今となっては資金を獲得するために始めた楽団の方が稼いじゃってる有様。皆も疲れてきてる」
「皆って言うと楽団の人たちですか?」
ルナの問いかけにディエは頷いた。
楽団の人間だって悪魔崇拝の集団として出発したのだ。本来なら彼女の父親たちに協力するつもりもあっただろう。
しかし今ではその事に疲れてディエ個人に従うようになっている。
二人が悪魔召喚を諦めずにいられるのは既に娘の協力ありきになっているのだ。
後援者も失敗続きでどこの流派や学派にも属さず成功の見込みもない素人にいつまでも支援はしてくれない。
「だから、ルナちゃんの協力を得て……一回でも成功したら満足してくれるかなって……」
そう呟いたディエの言葉には全く力が無かった。
彼女自身も相当な苦労があったはずだ。
それを察してルナは思わず協力を申し出ようとしていた。
「それじゃ……」
「ルナちゃんタンマ」
そんなルナを制してティナは言った。
「ダメだね、成功体験はこの場合。絶対にダメ」
「な、なんで!」
きっぱりと言い切ったティナにディエは思わず声を上げた。
しかしティナはそれを気にした様子もなく続けた。
「上手く行かない方法を試し続けてるのにそれが上手く行くように仕向けてなんになるの?」
「そ、それは……」
「手助けは正しい方法の実践中だからしてあげる意味があるんでしょ?それじゃあ二人を騙してるだけだよ」
そう言われてディエは言葉に詰まった。
悪魔召喚を手助けして二人の喜ぶ顔が見たい。そう思っていた。
しかしその内に先の見えないやり取りに疲れて、心のどこかでそれを終わらせてしまいたいという気持ちがあった。
ティナの言葉はディエの中にあるその気持ちを鋭く突いていた。
「この場合、悪魔を召喚すべきなのはお父さんじゃなくてディエさんだね」
「私が?」
「うん、残酷な話かもだけどさ。お父さんたちに引導を渡してあげるべきだよ」
ティナの筋書きはこうだ。
頑なに独学を貫く二人に参考書を片手に魔法陣を描いたディエがあっさりと召喚を成功させ、二人のやることが如何に無駄かを見せつけるというもの。
二人にとってはとても残酷かもしれないがこうでもしないと二人も意地になっていて聞き入れないだろうと言うのだ。




