致し方ない犠牲というやつなんだ
ルルイエは正直なところウェパルに対して同情的だった。バエルがさんざん煽った結果として彼女も不満を溜めていたわけだし、ルナが嫌がっていないなら・・・とも。
(正直、今あの子を取り戻したらどんな癇癪起こすかわかったもんじゃないのよね)
話を聞く限り相当にせこい手を使ってルナを連れ去った様である。ウェパルは広大な海を支配する関係上、貿易や漁業に関わる産業を全て牛耳っていると言っていい。つまるところかなりの金持ちなのである。
そんな彼女はそれ故か物や人に対する執着が薄く、実のところ悪魔の中でも契約が難しい。
(だからこそ気に入った物への執着は人一倍・・・)
今までは大悪魔としてのプライドが勝っていたものの、バエルという同格以上の存在が大人げないふるまいをしていた為に自身の執着心が非常に刺激されたわけだ。そうでなくとも数少ない同性の大悪魔ということで彼女はルナを非常に気にかけていたのにである。
『困ったわね、取り返すにしたって・・・すぐには・・・』
自分の立場になって考えてみたらそれこそ・・・という奴だ。ご無沙汰だった彼女がやっとこさ自分の所に来たと思ったらすぐに返せと言われたらたまったものではないだろう。
絶対に駄々をこねるに決まっている。抵抗だってする。問題はそれが大悪魔という権力も力もあるヤツの行動だということだ。
『エトナ―と喧嘩したら鎮圧はされるだろうけどエトナ―は一人しかいないのに対してウェパルが従える上級クラスは何人いたかしら・・・』
精鋭のサハギンやセイレーンが川を上りながらルナを探して大暴れなんてことになれば彼女の生活も近隣の都市も壊滅的な被害を受けるだろう。ウェパルの権能で海を逆流させ、水害を持って彼らの活動範囲を広げるような事になればさらに被害はとんでもないことになる。
「ルルイエせんせー?」
『ひえっ!もう、脅かさないでよ!』
考え込んでいるルルイエにティナが不思議そうに声を掛けた。はっとなった瞬間にティナが思ったより近くに居たので驚いて仰け反りながらルルイエはティナの頭を軽くたたいた。。
「ルナちゃんはどうしたらいいの?」
『・・・とりあえず今から私がウェパルの所にいって話をしてくるわ。なんだかんだ言って彼女もルナちゃんに会いたかっただけだろうし』
イポスとラハブという例外を除いてはルナと積極的に交流を持ちたいと考えている。その中でウェパルだけがその願いを叶えられていないわけで、それをサクッと解決してあげないといけないのである。
ただそうなるとまたバエルがうるさくなるだろう。あちらを立てればこちらが立たずというややこしい状態である。
そちらの解決策も考えないといけない。
『・・・』
「あ、すっごいめんどくさいって顔してる」
『そうよ・・・何か悪い?』
「しいて言うなら巡り合わせ?」
そう言う意味じゃ・・・と言いかけてルルイエは溜息をついた。クズや悪人を相手にしたときとは別種のあっけらかんとした、悪意のない相手とのズレた会話は今の自分には相当に堪える。
そうなると自分がすべきはウェパルがそうしたようにルナに癒しを求めることだけである。
釘をさすついでに自分もあって少し話そう。そう思ってルルイエは海に足を向けた。
そして一足先にウェパルの宮殿に招かれたルナはというと
『なんだか・・・すごくいい感じです』
『そう?ここは地上よりもマナに満ちているからかもしれないわね』
宮殿にやってきたルナはウェパルに勧められるまま悪魔の姿で過ごしていた。
普段ならひっこめている百足の部分も少し折り畳めば顕現させられるので普段よりも開放感がある。
そして思わぬ副産物であったのが百足の部分が呼気として取り込んだマナを分解する過程で吸い込み切れない部分をクリアな魔力にして息と一緒に吐き出すことだった。
『なんか空気いいねここ』
『ほんとだねー』
宮殿で働いているセイレーンやサハギンたちはルナが吐き出したクリアな魔力の満ちた空間を通り過ぎる度にひそひそと話している。まるで水槽に沈んでいるブクブク的なアレである。
『・・・招かれざる客が来たわね』
『?・・・うゆゆゆ』
ウェパルはルナの頬をひとしりきもちもちした後、宮殿に近づく気配を出迎えた。
『呼んだ覚えはないけれど・・・ようこそルルイエ』
『こちらこそ来る予定はなかったけれど・・・どうもウェパル』
ルルイエは深海に来ると少しだけ姿が変わる。普段の女性の姿だけでなくまるで触手の集合体のような、悍ましくも不可思議な姿に変質してくるのだ。
『単刀直入に言うわ、あの子をどれくらい滞在させたいの?』
ルルイエの問いかけにウェパルは即答した。
『十年』
『バカ!若い子を親から引き離す気?』
そう言うと今度は少し考えて
『百年!』
『増やすな増やすな!あの子の両親死んじゃうから!』
値切る感覚で増やしていくのだからたまらない。ルルイエはまるでティナと話しているようだと内心で頭を抱えた。




