フライング?
セイレーンたちがあたふたしながらルナを見上げている。
「なにか事情がありそうだね」
「なんだろね」
三人はそれを見守っていたがやがて各々が逃げ出そうとし始めたのでルナは指に息を吹きかけると糸を伸ばしてセイレーンを一人一本釣りした。
「どっせい!」
『にゃっ!』
まさか鰹のように釣り上げられると思ってはいなかったのだろう。セイレーンは甲板に放り出されると仰向けに倒れたまま目を丸くしている。
『はっ!も、戻らなくては!』
空を仰いだまま呆然としていた彼女も流石に不味いと思ったのか体を起こして逃げようとする。
「だめ」
『あっ、はい』
肩をがっしりとルナに掴まれてセイレーンは硬直した。水の中ならばともかく、甲板の上となると彼女達は殆ど無力なのである。ましてや魔法使い相手となるとさらにそれは顕著になる。
「どうしてこんなことを?」
セイレーンの歌は人を水中に誘い込む恐ろしい歌である。そうでなくても魔力を乗せた歌をまともに聞くと精神が錯乱することがある。どちらにしろ危険極まりないものだ。
『う、ウェパル様が・・・貴女様をお連れしろと』
ルナの問いかけは主とほぼ同格の雲の上の存在からの問いかけである。いかに主の命令を帯びていようと簡単には逆らう事はできない。ただでさえウェパルの一字を貰った存在でもある。
「何故?もうじきに契約の完了に必要なものは手に入るのに」
ルナの言葉にセイレーンはえっ、と声を上げた。それを見てルナはおおよその状況と言うかウェパルの思惑を悟った。彼女はイシシがそのような事をできるはずがないとたかをくくって契約を認めたのだろう。
(まあ・・・普通は船を手に入れてくるなんて思わないよね・・・)
大悪魔を前に大言壮語を吐いたイシシを笑いつつ自分を水底に連れていく大義名分を得る為に。
船を得るなどということが早々できるはずがないと思うのは誰だって同じだ。しかもイシシは船を分捕ると宣言した。海を航海する船などそうそう巡り合えるものではない。ましてやそれがイシシが拿捕していい船であるという確率ともなればまさしく大海に落ちた針を探すようなものだろう。
本来ならば。だが。
イシシは腕っ節に頼った乱暴な男に見えがちではあったが船団を率いる船長である。皆が思った以上に計算された行動を取っていたのだ。というよりよほど無鉄砲な男でもなければあのような無理難題を自分から言い出したりはしないだろう。
『そ、そんなぁ・・・』
セイレーンは目論見が露見したばかりかそもそもそれが叶わない可能性が高いと知って頭を抱えた。
そしてまるで慈悲をせがむようにルナを見上げている。
『ど、どうにかなりませんか・・・』
「どうにかって・・・」
ルナはそう言われると困ってしまった。彼女を通してまるでウェパルの落胆が見えるようである。
知らぬ仲でもない彼女のがっかりした顔を思い浮かべるとどうにも弱ってしまう。そしてそれの余波でイシシに被害が出るのではとも思えてならない。
「えー・・・」
あの山のように大きな体を小さくしてしょんぼりしている姿が浮かび、どうしよう・・・、とルナは困ってしまった。カティナとクインクもこれに関してはまったく解決策を思いつかなかった。
「・・・じゃあ帰りに寄ってけばいいんじゃない?」
『んひゃっ?!』
背景と同化していたクロエが口を開いた。セイレーンはそれをみて驚いたのか変な声をだした。
戦闘が始まってやることが無かったクロエは邪魔にならないように隅っこでじっとしていたのだろう。
そうなると基本的に喋らない彼女は空気になっていくのだ。
「クロエちゃん、帰りってどういうこと?」
「・・・帰り道はどうしても時間かかるけど、ルナちゃんなら魔法陣で呼び出せるかなと思って」
クロエが言うには悪魔として魔法陣で行き来できるルナならば帰り道にかかる時間を使ってギリギリまで居残り、最後に魔法陣で一気に帰ってくるというものだ。
「どうなのかな・・・私あんまり魔法陣で長距離移動したことないな・・・」
ガルドナとの鍛錬で身バレ防止のため旧校舎から召喚術の修練場を繋げてワープする方法を取っている。
しかしそれは魔法陣を設置できていること、そしてなによりルルイエの協力があってのことだ。
しかもここにいる面々が魔法陣での移動が抱える致命的な欠点をしらなかった。
魔法陣で行う移動は『一時的な』もなのである。なぜなら魔法陣によって悪魔が界域を移動するのは召喚術によるものであるが、それは一方通行ではなく『行ったら帰ってくる』ものであるからだ。
開いた窓から手を伸ばしているのに等しいのが召喚陣。
そしてルルイエの魔法陣の欠点、それは彼女が自身の力で境界を歪めてワープする方法と違いルルイエの魔法陣はただ単に『A地点からB地点を直線でつなぐ』というもの。かりに作成に成功したとしても直線距離で移動しなければならない距離は変わらず、結局は長い距離を歩かなければならない。そもそも海底に行ってしまったら魔法陣は描けない可能性すらある。
(もしかして・・・これは言いくるめるチャンスなのでは・・・)
セイレーンはあーだこーだと話し合っているルナ達を前に内心で期待を膨らませていた。
彼女からしてみればルナが帰れようが帰れまいが関係ないのだ。
とにかく主の元に連れて行く約束さえ取りつければ契約の成否など関係なくなるし、主が横紙破りをする必要もなくなる。




