海の上で!
膂力もさることながら重量も凄まじい槍の一撃はロープで密輸船と命知らず号を繋ぎ止めた。
「これで奴等は逃げられない、後は拿捕して連中をとっ捕まえるだけだ!」
投げ込んだ槍には返しが飛び出す仕掛けになっている。そのために杭のような太さになっているのだがその槍を船に穴を開ける勢いで投げられるのは規格外の腕力と言っていい。
「縄巻けー!引け引けーっ!」
船員が槍に繋がっていたロープを巻き取り機に引っ掛け、まるで魚を手繰り寄せるように回し始めた。
しかし相手は命知らず号より小型と言えど船舶である。船員達は顔を赤くしながら巻き取り機を回している。
「ええいじれったい!どけ!」
遅々として進まない巻き取りにイシシが痺れを切らしたのか船員を蹴散らして巻き取り機を回し始める。すると少しずつではあるがロープが軋みながら巻き取られて行く。
「お手伝いします!」
「お、おい!尼さんがやるような事じゃ・・・!」
ルナもそれに続いてイシシと反対側にある持ち手を掴んだ。そして一歩ずつ力を籠めて前に押すとそのまま巻き取り機が回り始める。
「す、すげぇ・・・動き出したぞ!」
「嘘だろ・・・腕力もお頭並みかよ・・・!」
じりじりと回っていた巻き取り機がルナが加わって歩くスピードに近いながらも止まる事なく動き始めた。
逃げようとしていた密輸船も突然の減速の原因に気付いたのか水夫を船尾に集めてこちらが近づくのを待っているようだった。そうして距離はさらにスピードを上げて縮まっていく。
「命知らず号の衝角をぶち当てろ!奴らの船に風穴を開けてやるんだ!」
密輸船が帆を畳んで戦闘態勢に入ったのを見るとイシシはロープが緩まないように巻き取り機の一部に括りつけると自身も船首に向かった。徐々に近づいていく両船は殺気だった水夫と船員が睨み合う状態が続く。
お互いが敵意と戦意をむき出しにして睨み合っている。しかしイシシ達の表情にはどこか余裕さえあった。
船の通りの命知らずたち、死なば諸共の心意気である。そして彼らは勝って全てを戴いていくのだ。
衝角が密輸船の船尾に直撃した瞬間、戦闘の火ぶたは切って落とされた。
「ぶっ殺せーーーーー!」
衝突の揺れに負けず命知らず号の船員が長い板を持ってくる。先端に鉤のついた襲撃用の足場である。その板を高く掲げて重量を活かし、攻撃と侵入の準備を同時に行うのである。イシシ達はその板についた鉤が密輸船の手すりを直撃し、深く食い込んだと同時に飛び乗ってカトラスを抜いた。
「野郎ッ!」
「へっぴり腰め!そんなんじゃ紙も破れやしねえぞ!」
飛び込んだ先で水夫が槍を突き出してくる。イシシはそれを容易く掴み止めると槍を引き寄せる。
「うっ!?」
「ふんっ!」
太い腕が人を容易く引きよせ、前のめりになった水夫の顔にカトラスを突き刺した。
「あがっ!」
「トーシロがしゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
突き刺したカトラスで水夫を引っこ抜くように持ち上げるとまるで襤褸切れのようにそのまま海に放り捨てる。そして奪い取った槍と血に塗れたカトラスを手にイシシは不敵な笑みを浮かべるとそのまま水夫たちを蹴散らして甲板に躍り出た。
「抵抗する奴は皆殺しにしろ!交渉はそれからだ!」
「「「おおっ!」」」
続々と侵入する命知らず号の船員達はイシシほど圧倒的ではないものの鉄火場に慣れた猛者らしくある者はカトラスを手にまるで獣のように飛び掛かり、ある者はナイフを手にマストに張り巡らされたロープを器用に伝って観測手に襲い掛かり上からの攻撃をシャットアウトしていく。
甲板が瞬く間に血で染まり、悲鳴と怒号が響いた。
「イシシのおじさんたち行っちゃったよ!」
「ティナちゃんは船首を見てて」
イシシが飛び込んでいったのを見てティナがそう言うとルナは未だに追いかけてくる幽霊船を見据えた。
「こっちは私が片付けるから、もしも相手に魔法使いがいたらイシシさん達を助けてあげて」
「わかった!」
ティナが船首に向かったのを見てルナは船尾に移動し、クインクと共に幽霊船と相対した。
「これ以上近づいてくるなら!もう優しくはしてあげない!」
クインクがチョーカーのシンボルを口に咥え、ルナの顔に八つの目が光った。
『船長!船尾に聖職者が!』
幽霊船を操るスケルトンの船長は霧の中で舵を握りながらゾンビの報告を受けた。中天の最悪の時間帯ながら乗り合わせた魔法使いのおかげで太陽を防ぐことに成功した幽霊船は性能で勝るはずの命知らず号に肉薄していたがルナが張った結界や聖水のおかげで後ろを追随することしかできず苛立ちを募らせていた。
『なぁにぃ・・・?どうりであの忌々しい結界があるはず・・・だが、なんだ・・・?』
幽霊船の船長は結界がもたらす破魔の力とは別に感じる、遠い昔に失ったはずの感覚を感じていた。
(さ、寒い・・・!これは、なんだ・・・?)
歯がカチカチと音を出している。寒さなどとうに忘れたと思っていた船長はこれがただの寒さでないことに気付いた。
恐怖だ、これは・・・身の毛のよだつ恐怖の冷たさだ!
かつて人間の時、命を落とした時に感じた恐怖が再び・・・!自分の元にやってきた!
聖職者がこちらを見据えた瞬間に!




