水底から伸びる手は未だに
セイレーンからの報告を受けてウェパルは水底で退屈そうに目を閉じた。
『逃げるつもりはなさそう・・・か』
セイレーン達はウェパルがとにかく退屈そうな状態に戦々恐々としていた。大悪魔はとにかく強大な力を持つ。
その力は指を弾く程度の動作で操作する魔力で自分達を消滅させるだけの力があるほど。
そんな中で娯楽に飢えた彼女がその不満や退屈の矛先を自分達に向けないとも限らないのである。
ただ、今はまだイシシとの契約が成功するか否かという関心事があるのでウェパルはその事を考えて過ごしている。
つまり、部下達にとっても安全というわけだ。
(イシシってあのワイルビーの海賊よね?)
(そうそう、で、ウェパル様が名付けに関わったお方がその船に乗ってるの)
セイレーン達がヒソヒソとウェパルの関心事について話し合う。彼女達はウェパルが率いる二十九の軍団に属する構成員であるが現在の地位はさほど高くない。
しかしながら彼女の関心事の解決に寄与すれば上司であるウェパルの覚えがめでたくなるのは確実だろう。
(私達で連れてきたらダメなのかな?)
(でもウェパル様に名付けをしてもらうような悪魔が私達の手に負えるの?)
(な、泣き落とし・・・?)
(ぷ、プライドは・・・?!)
そんな事を言いつつもウェパルの宮殿から出て再び命知らず号の船尾へと戻っていく。
大悪魔はいかなる時も恐るべき存在である。しかしもしも、彼女が来てくれたら・・・そんなことを考えながら。
「ったく、まあいいさ。やることは変わらねえ」
イシシはそう言うと先ほど確認してきた航路図と今の状況を見る。カティナの精霊術の後押しを受けていつになく速度が出ている。そして気付いた。
「いけねーっ!もうとっくに通り過ぎてるじゃねえか!」
「「「えっ?」」」
集中しているカティナ以外の声が揃った。ルナ達を降ろすタイミングを逃したのである。
普段よりも速度が出ていることが災いした。景色が見えない船室にいたことも。
船尾の方を見ると本来ルナ達を降ろす為にボートを降ろす予定だった地点から過ぎて離島が既に遠くなっている。
「なんで言わなかった!」
「セイレーンが出てる海にボートなんて降ろせませんよ!それに速度が速すぎますって!」
「ええいクソ!こうなりゃ一蓮托生だ!野郎ども!死んでも怪我させるんじゃねえぞ!」
イシシが頭をばりばり掻きながら怒鳴り散らすと船員達は申し訳なさそうにしつつも内心ほくそ笑んでいた。
彼女達が居れば仕事は格段に楽になるからである。航海に出るのは仕事だがそれでも早く済むに越したことはないからである。また鉄火場になれば当然女の子たちは怖がるに決まっている。そんな時にかっこよく戦う自分の姿が見せられれば・・・などと考えているヤツもいた。
(こいつら恥ってもんがないのか・・・!)
そんな船員たちの下心などお見通しのイシシはすこぶる不機嫌になった。子供たちを適当な場所で降ろすつもりがアテが外れたばかりか大の大人が子供の力を当てにして仕事をしているのがとにかく面白くなかった。
そんなイシシの胸中とは裏腹にカティナの能力で船はさらに速度を上げていく。
「あ、そうだ」
ティナが何かを思いついたように腰に下げたポーチを探ると中から小さな筒が。
「ティナちゃんなにそれ?」
「遠眼鏡」
引っ張って伸ばすと手のひらよりも長くなる。ティナはそれを持って船首に向かうと覗き込みながら景色を見渡し始める。
「おー、良く見える」
「遠眼鏡なんて良く持ってたな」
「海に行くって言ってたからこれが必要かなと思ったんだよね」
ティナの実家では様々な道具などが仕入れられる。その中には輸入品やそれを加工して作られた品などもある。
魔力を持たない道具としてはかなり高度な加工技術を必要とする道具だがティナはそれを使用感などを知るために時折持ち出している。
「お、なんか見える」
「なに?どんなのだ?」
「船っぽくない?」
「どれどれ・・・」
ティナが面白半分に海原を見ていたところ、何かを見つけたのかやや前のめりになった。落ちそうなティナの服を掴んで引き留めていたイシシはティナの言葉を受けて遠眼鏡を借りて彼女が指さす方向を見る。
「遠眼鏡様様だな・・・」
イシシの目には山に居た時に目撃した船の特徴をはっきりと捉えていた。そして未だに旗を掲げていない事も。
遠眼鏡を返すとイシシは操舵手に指示を飛ばした。
「奴さんの尻を捉えたぞ!進路そのまま!戦闘準備を進めろ!」
「アイアイ!」
船員に指示を飛ばすと全員が慌ただしく走り回り始める。その中でイシシはカティナの元へやってくる。
船の揺れと風の影響をまるで感じない彼女の姿にイシシは感心しつつも船の速度の要である風が気になるからだ。
「速度はあとどれくらい維持できる?」
「日が落ちると精霊の気が変わるから・・・夕方までなら」
「十分だ、しばらくそのままで頼むよ」
精霊術を行使しているからかカティナがいつになく落ち着いた雰囲気を放っている。うっすらと精霊の放つ光を纏うその姿はまさしく精霊に愛される種族の姿だ。




