先に「人魚の入り江」へ?
イシシは少し考えるそぶりを見せた後に何かを決めたように頷いた。
「よし、じゃあ先に嬢ちゃんたちを人魚の入り江に連れて行こう」
「えっ、いいんですか?」
「かまわないさ、どうせ航路の途中だ」
聞くところによると人魚の入り江がある離島というのは潮の満ち引きで道ができることもある非常に近い場所にあるという。しかし普段は強い潮の流れによって水深が深まり、魔物が出ることもあって船でしか移動できなくなる。
しかも船に乗って安全なのは聖職者が聖句を唱えたり魔除けのタリスマンなどを持っていた場合のみでそれ以外は現地の人間以外は船に乗っていても安全ではない。それ故に他所から来た聖職者は現地の船乗りや聖職者が船で迎えに来るか潮の満ち引きで道ができるまで待たなくてはいけない。
移動が限定されると自然と俗世の誘惑から切り離される。そういった環境が修行にはもってこいなのだ。
「お頭、いいんですかい?」
「何がだ?」
「船に女子供を乗せるなんて・・・危ないんじゃ?」
意気揚々と船に乗り込むルナ達を見送ると船員の一人がイシシに耳打ちした。それに対してイシシはふんと鼻を鳴らして答える。
「仕方ねえから途中で降ろすんだろうが、このままだと密輸船を一緒にとっちめるって言いかねないからな」
「そうなんですか?」
「ほかの嬢ちゃんは知らないが尼さんは聖術でクラーケンを撃退できるんだ。あれくらいの実力だとついてくるって言いかねないだろ」
腕前があるのはイシシも感じている。ウェパル相手に全く臆した様子が無かったのもあってかなりの腕前なんだろうとも。しかしながら海の荒っぽいやり方は女子供に見せてもいいかと言われればそうでないことも。
「それに俺たちの流儀は人死にも出る。そんなことに尼さんが着いてきてみろ、やりにくいだろうが」
「そりゃそうっすね」
真面目な船員達はイシシの言葉に賛成していたが
「あの尼さん可愛いなぁ」
「俺エルフなんて初めてみたよ」
「あの金髪の子も可愛いよなぁ」
普段女っ気のない船なだけに突然現れた年頃の女の子に年若い船員はそわそわしている。彼女達が乗ることに賛成かどうかは言うまでもない。
「よそ見するんじゃねぇ!」
「「「はいいっ!」」」
副船長の珍しい怒号にカティナやティナを見て鼻の下を伸ばしていた船員達は飛び上がって作業に戻って行った。
船では必ずしも年功序列とは限らない。船の中で功績を挙げたり、商売に成功した船員はそこから事務方になったり、商人として他所の街にいったりもする。しかしそんな中で先代からたたき上げで仕事一筋の副船長の言葉は本人が思った以上に重かったのである。
「よし、命知らず号出航だ!勝者の総取り号と死なば諸共号は指示した場所で網を張れ!」
「「わかりやした!」」
「もし密輸船がお前らの前に現れた時は最悪、俺たちが既に海の底ってこともあり得る!気合いれてかかれよ!」
「「おう!!」」
旗艦の命知らず号が出航すると続いて二隻の船が出航する。命知らず号は離島に寄ってから密輸船の航路をなぞるように移動し、二隻は河口で密輸船を待ち構える作戦である。仮に密輸船がイシシ達をすり抜けたとしても二隻がその行く手を遮る計算である。
命知らず号はそのまま帆に風を受けて進み始める。そこにさらに彼らにとって嬉しい誤算があった。
「ここは風がとても元気ですね」
「風が元気?」
甲板でカティナが海風に目を細めている。彼女には風に乗って精霊が通り抜けていくのが見えているのである。
海のような広い場所では風の精霊は誰に遮られることなく進む為に多くの精霊が居るのだ。
「船長、進路は?」
「うん?このまま岸をなぞりながらすすんでいくだけだが」
「それなら精霊の力を借りましょうか、たまには私も練習しないと」
カティナはすうと息を吸い、そのまま目を閉じると手を広げた。
「イシシ船長、皆に窓を開けるように言ってください」
「何故だ?」
「淀んだ空気も追い出しますから」
そう言うとカティナは手をあおぐように動かし始める。すると先ほどまで緩く吹いていた風が帆に集中するように流れ始める。そしてイシシが船員に全てのドアを開け放つように指示を飛ばすと今度は片腕を伸ばしてコマのようにくるりと体ごと一回転した。
『風よ、風よ、我が元に集い、力を貸して』
そう言うとカティナの周囲を淡い光が包み始める。精霊が彼女の声を聞いて集まった証拠である。そして集まった精霊はカティナの意思を汲んで帆に風を起こしていく。
『風よ、清らかな風よ、わが手に示すところに吹き込んで。淀みを押し出してちょうだい』
魔力を含んだ言霊によって空気がまるで意思を持ったように動き、淡い光が飛び込むと船の下層部に溜まっていた淀んだ空気が栓を抜いたようにあふれ出した。
「わ、すご・・・くっさ!」
空気に色がついていたらきっと恐ろしい色をしていただろう。船室への入り口に立っていたティナは突然の風に驚いたがすぐに噴き出す風の臭いに慌てて逃げ出している。
船には空調や換気のシステムなどあるわけもなく非常に臭いが籠りやすい。しかもそこに航海が長引けばそれだけゴミや汗だくになって働く船員が風呂にも入れずにひしめいているのだ。
想像するだけで恐ろしいものである。
「わ、わぁ・・・船室がくさくないぞ」
「すげえ・・・それしか言えねえ」
空気が入れ替わり、清浄な空気に換気された船内は出航したててで汚れていないのも相まって臭いが非常にクリーンになった。船員達はそれにいたく感動したのか作業の合間合間にカティナを拝んでいる。
「・・・じめじめ」
「絞っても絞っても布巾が水を含んでる!」
「こりゃ綺麗になるぞぉ」
クロエがじめじめしているのを良い事に船員達が彼女から掃除用具を湿らせるための水源にされていた。
なんとなくクロエは嬉しそうだ。




