ウェパルの赦しをここに!
ルナの再三の要請にウェパルはあらあらとまるで子供を見る母親のように優し気なまなざしを向けている。
「それでは、お願いします」
ウェパルが掲げられたネックレスに再び指を近づける。すると貝殻に彫った名前にまるでインクが充填されるように色が付いて行くのが見える。それも金色だ。
「金色・・・!」
『私が手ずからするのだから当然そうなるわ』
正確には銅色よ。とそう言うと文字から熱が抜けて銅色が出てくる。それでも浮かぶ文字は非常に美しいものだ。
「イシシさーん、できましたよー!」
ルナが笑顔でそう言うと木に引っ掛かって白目を剥いていたイシシが即座に覚醒してこちらに走ってきた。
「ほんとかーー!!!!」「ぐえっ」
木から落ち、途中で何かに躓いて転びながらやって来る。先ほどひどい目に遭ったばかりだと言うのにえらく元気な男だ。
「お嬢ちゃん!そう言えば俺はさっき空を飛んだ気がするぞ!!」
「そう・・・ですか」
『良かったわねぇ』
どうやら途中で失神していたらしい。魔力を含み、大男が吹き飛ぶような突風を浴びたのだから当然なのかもしれないが。ルナは苦笑いだがウェパルはまったく素知らぬ顔で答える。
『とにかく、これであなたに海で生きていく許可を与えたことになるわね』
「ガハハ!やったー!」
まったく悪びれないウェパルもそうだが大悪魔を前にしてこちらも全く動じた様子のないイシシ。ルナは二人のやり取りを呆れながら見ていた。
『で、私に貢ぐものは?』
その一言にルナとイシシは固まった。そんなこと聞いてなかったのである。驚く二人に口元だけで笑みを浮かべ、人差し指と親指をスリスリしながら二人を見下ろすウェパルにルナとイシシは困った。
「ちょっとタイム!」
『いいわよ』
イシシのタイムが入り、イシシとルナはひそひそと話し合った。
(お、おい、貢ぎ物なんて聞いてないぞ)
(私もです・・・イシシさんはしらなかったんですか?)
(護符が借り物だとバレたらヤバいから祭礼の日は出かけてたんだよ)
祭礼を仕事やらでやり過ごしていたイシシだったが子供たちが無邪気に自分達の護符を見せあっているのを見て内心羨ましいと思いつつひやひやしていた。
船長の護符見せて!
なんて言われやしないかとイシシはずっと思っていたのだ。子供相手に見せないのも変だし、子供はそういった違和感に敏感だったりする。だからこそバレないように極力関りを持たないようにしていたのだ。
「そ、そうだ・・・ガラバなら何か知ってるんじゃないか?」
「えっ」
イシシがそう言うとルナは非常に気まずそうに顔を横に向けた。イシシがそれを見て同じように顔を横に向けると鼻血を流して倒れているガラバが見えた。
「あの様子で・・・」
「な、なんであんなことに・・・」
「気付いてなかったんですか?」
イシシが護符欲しさに駆けだした途中にガラバが倒れていたのである。何かに躓いたのはよりにもよって倒れていたガラバで、倒れまいと足を踏み出したイシシに踏んづけられて失神してしまったのだ。
蹴りからの踏みつけの凶悪コンボである。
「背中に足跡が付いてますよ・・・」
「うわぁ!ガラバ!ゆるしてくれー!」
唯一の知識人が昏倒した今、ルナ達にウェパルの言う作法に則る術はない。二人はどうしたものかと考えていたところ、ウェパルから提案が出された。
『なら、その子を借りていくというのはどうかしら?』
「借りる?」
二人がそろってきょとんとしているのを見て内心で笑いながらウェパルは言う。
『詳しくは言えないけどこの子と私には縁があるの、だからその子を少しの間私の巫女として借りたいのよ』
「それは困る」
意外なことにイシシは即答した。ルナが驚いているとイシシはきっぱりと言い切った。
「その子はこの町の人間じゃない、それなのに俺の都合でこの子を差し出すわけにはいかない!」
『え、じゃあ護符いらないの?』
「それも困る!」
どちらも即答であった。あまりに正直な受け答えにウェパルは大笑いしながら言った。
『あははは!対価を支払うのにあれもだめ、これもダメでは話にならないな!ならばどうする!』
「よーし!ならば次に航海にでたら船を分捕って捧げよう!これでどうだ!」
『大きく出たな、船を拿捕するときたか。ならばやってみるがいい、できなければこの子をもらい受けるぞ』
「任せておけ!俺はイシシだ!必ずやってみせるぞ!」
イシシは力こぶを作ってウェパルに誓いを立てた。次の航海で船を拿捕するというのは並大抵のことではないはずだがイシシはそれを自信満々に言ってのけたのである。
『よろしい、契約はなされた!』
ウェパルは笑いながらそう言うとルナにウィンクをして海に戻って行った。ウェパルが去ると雷雲や渦巻は瞬く間に姿を消し、また明るい日差しともにいつもの海の姿が戻ってきた。
「さて、ちょいと大変なことになったが護符はもらえたな」
「そうですねぇ」
イシシはともかくルナはそれほど大変なことだとは思っていなかった。ウェパルと交流することは別に嫌な事ではなかったし、彼女が妙な事をするなどとは思っていなかったためである。
しかし・・・
「おや、なにか落ちてくるな・・・」
「羊皮紙みたいです、たぶんウェパル様の契約書かと」
ひらひらと舞い落ちてきた羊皮紙はイシシの手に収まった。イシシがその中身を確認すると先ほどの約定を文章としたものらしかった。ただ一つ書き加えられている事といえば。
「借り受ける期間が書いて・・・あれ?」
「どうしたんですか?」
「期間が書いてないぞ。『借り受ける』としか・・・」
借りるのだから普通は期限が書いてあるはずだがそれがどうにも見当たらない。となると・・・。
「これじゃあ借りるじゃなくて差し出すも同然じゃないか!」
「えっ」
「十年でも百年でも借りっぱなしでもいいってこと!」
「えーーーっ!」
イシシの言葉にルナは仰天した。返却期限が書かれていなかったのである。




