何故か好かれる・・・何故か?
ルナは靴を履きながらなんとか拾った貝殻をイシシに見せる。
「これくらいでどうでしょうか?」
「おお、これくらいなら大丈夫だと思うぞ」
貝殻はルナの手よりも大きい。ルナにとって色々と疑問は尽きないが本人が良いと言ってるからにはそれ以上は何も言わなかった。
「しかし尼さんはなにか海に縁でもあるのか?」
「どうしてですか?」
「クラーケンが浅瀬にまで足を伸ばしてくるなんて普通じゃありえないことだからな」
クラーケンと言えば海に行ったことのない人でも知っているレベルの海洋の魔物だ。船を沈めるほどの巨体と膂力、大しけの海ですら泳ぎ切るだけの体力もあり、信憑性は低いが大陸を跨いで同一個体が見られたとのうわさもあるほどに行動範囲も広い。そんなクラーケンがわざわざ入り江に入ってくるというのは偶然にしては出来過ぎている。
ルナ達にはわからない事だったが航海を経験しているイシシにとってあのような大物とこのような場所で出会うという経験はまったくの未経験だったのだ。
「ど、どうなんでしょうか・・・」
「まあそんなことより祭礼の話だ、ウェパルの赦しの作り方を知ってる奴が教会に居るから今から行こう」
ルナはそう言うとうーん、と考え込んだ。それを見てイシシはすぐに話題を切り替える。
ルナはすぐに歩き出したイシシの後ろ姿を見ながらホッとした様子で歩き出した。
(実際どうなの?)
(たぶんルルイエ先生も含めてかなりあると思う・・・)
(そんなに?)
ティナとクインクがそっとルナに尋ねる。魔神として名高いルルイエは海に縁があると言っていた。なにせ大悪魔のラハブとウェパルの二柱と縁を持つほどに関係が深い。
その為にルナは今までの生涯で数えるほどしか海に行ったことがないにも関わらず海と非常に深い縁があると言えた。そして意外なことにルナを構成する百足は種類によっては泳ぎが非常に上手なことで知られており、地底に過ごす大百足の神性が元とはいえ海の加護を受け入れる余地があるのだ。
そうしてこそこそと話し合う子供たちをちらりと見てイシシはなにかしらの事情があるのだろうと聞かないことにした。
それからしばらく歩くと港町が見えてきた。大きな看板が一行を出迎える。
『ワイルビー』
そう書かれた看板は年季が入っている。その看板を見ながら町に入るとそこには人の往来がたくさん行き交う通りが。それに繋がる港は活気に満ちており、停泊した船から荷物の積み替えや船の整備、補給の作業に当たる人々が忙しなく動いている。その中で人々はイシシを見つけると驚いた様子で彼に駆け寄ってきた。
「棟梁!戻ってきたのかい!心配かけないでおくれよ!」
「アンタがいないと船団の纏まりが悪いんだよ!」
「戻ってきたってことはまた船に乗るのかい?!待ってたよ!」
「若い衆が緩んできて困ってたんだ、なんとか言ってやってくれ!」
イシシを取り囲んであれやこれやとまくし立てる港町の奥様方。台所を預かる彼女達の騒ぎぶりはとても姦しい。
「まあもう少し待ってくれよ、新しい護符ができるまでの辛抱だ」
「そういって山に行っちまって何日経ったと思ってんだい!」
「そんなに経ってたか?まあ、後は教会に行くだけだから待っててくれ」
奥様方はどこでも強いらしい。イシシの巨体が左右に大きく揺れ動いている。そんな彼女達を宥めながらイシシは振り返って取り残されているルナ達に丘の上に鎮座している教会を指さした。
「あれが教会だ、先に行っててくれ!」
巻き込まれると大変だぞ!と叫ぶが早いかイシシはそのまま奥様方の群れに飲み込まれて見えなくなった。
ルナ達は呆気にとられていたがすぐに奥様方の一部がこちらに目を向けた。
そして好奇の眼差しでこちらを見やるとすぐに一部がルナ達のところへやってくる。
「あらあら!若い子ばっかりじゃない!ワイルビーによく来たわね!なんの御用かしら?」
「・・・りょ、旅行で」
「あらまー!こんなとこに良く来てくれたわね!なんも無いけどゆっくりしてって!」
一番体力的に弱いクロエが最初に捕まった。瞬く間に主婦の波に飲まれていく。
「あらー!随分と器量よしばかりじゃないの!どこから来たの?」
「街の方から・・・」
「まー!都会から来たのね!」
瞬く間にルナ達も取り囲まれてしまった。そして奥様方は街からやってきたらしいことがわかるとさらに色めき立った。
「まぁまぁ!お若いのに僧侶を志しているなんて立派ねぇ、祭礼の事を?」
「はい、大聖堂の聖人様から勧められて」
「あらー!嬉しいわ、こんなきれいな人が来たら男連中も喜ぶでしょうね」
ルナは比較的穏やかに話が出来ている。どうやら僧形であることが奥様方をやや沈静化させているようだ。
「あらやだ!都会から来たのね!良いわぁ!それでこんなにおしゃれさんばかりなのね!」
「そ、そうなんですか!?」
「エルフさんなんて初めて見たわ!やっぱり綺麗ねえ」
山育ちで田舎者という自覚のあるカティナは主婦の言葉に目を白黒させている。実際問題彼女達は物珍しさにまくし立てているだけだろうがカティナは人の多さと言葉の津波にただただ圧倒されていた。
「ここって何が特産品?」
「漁師がとってくる魚もあるし、舶来の品もたくさんあるわよ。あなた商人?」
「実家がね。街にも来てるの?」
「川を上る事ができるけど手間がかかるからあまりないわ。買ってくれるなら頼んでみるけど」
「やった!交渉する価値ありだね。陸路と海路があればいくらでも商売ができる!」
そんな中、ティナだけは奥様方に負けないくらい元気だった。旅行のはずが商売っ気が出てきたようだ。




