海の男!イシシ!
しばらく悩んだ素振りを見せていた大男は自分を親指で指し示して自己紹介を始めた。
「俺の名前はイシシ、恐れ知らずの海の男にして三隻の船を率いる棟梁だ!」
「山にいるのに?」
「ちょっと理由がある!」
そしてそこの尼さんに用があるんだ!と大男ことイシシは言う。切実な問題なのかまん丸の目を見開いて言う姿はなかなかの迫力だ。
「私に用とは?」
「実は護符を作ってほしいんだ」
「護符というと『ウェパルの赦し』の事でしょうか?」
ルナが言うとイシシは大きく頷いた。しかしそう考えると不思議である。確かウェパルの赦しは子供の頃に貰うもののはずである。
「そうだ、実はとある理由があってな・・・」
そう言うとイシシは自身の生い立ちを話始めた。
イシシは港町の有力者である私掠船の船団を率いる棟梁の家に産まれた。荒々しい海の男の気質を受け継いたイシシは大人や僧侶、はては祖父の部下にさえもなんら気後れすること無く振る舞っていた。
『まったく棟梁に似たな』
祖父のように荒々しく、幼いながらも腕っぷしもあり、どこか憎めない愛嬌のあるイシシ少年は仲間を連れての悪戯などで統率力の片鱗を見せては大人たちを困らせつつも将来を期待されていた。
「俺は将来部下になる悪ガキたちのガキ大将だったわけだ、その中でも港町に赴任してきたジジイの僧侶との悪戯合戦は俺たちの楽しみの一つだったんだ」
そんな中でイシシ少年たちのライバル的存在だったのが港町に赴任してきたお年寄りの僧侶だったようだ。
「御坊さんに悪戯を?」
「・・・勇気あるね」
「ああ、俺たちの戦いはあの時熾烈を極めたぜ・・・」
ルナとクロエが呆れる中、イシシは思い出していた。イシシ少年はその時の僧侶の事を侮っていた。
年老いた老人など元気盛りの子供たちの相手になるわけもないと思っていたのだ。
しかしその老人も歳を取ってからも僻地に赴任してくるような人物である。日光教の僧侶は大聖堂から離れて遠くに赴任する僧侶ほど名うてである事が多いのだとか。
「そういえば、大聖堂を離れて布教活動や任務にあたる人はとても高位な人や熟練者が多いと聞いたことが・・・」
「その通りだ、だからこそ俺たちの戦いは厳しいものになった」
そんな海千山千の猛者であるとは露知らず、イシシ少年たちは僧侶の通り道に落とし穴を掘る計画を立てた。
僧侶がすっぽりと収まる深さまで掘り始めたところ・・・。
「なんと掘ってる間にあのジジイが迂回して俺たちを後ろから監視してたんだよ」
なんと気付かれないように藪を抜けて後ろに回り込み、彼らが落とし穴を掘り終えるのを待っていたのだという。そして穴を掘り終えて一息つく間もなくイシシ少年は背中を押すように蹴られて自分が落とし穴にはまることになった。
「その爺ちゃん只者じゃないね」
「ああ、どこから情報が漏れるのか大抵先回りしてきやがるんだよ」
ただそんな中で一つだけ僧侶の弱点というか変わった習慣があった。それは行水である。
それだけならば問題は無いのだが彼は見晴らしのいい場所で行水をするのを好んだ。ともすれば露出癖なレベルで。
当然ながらそれはすぐに港町の奥様方にどやされる話に発展し、僧侶は嫌々ながら目隠しをして教会の近くで行水をするにとどめたのだとか。
「それで俺たちはあのジジイが行水してる間にその目隠しを全部取っ払うことにしたのよ」
「ひどい・・・」
「わはは、その計画を立てるまでに川に落とされたり肥し用の馬糞と生ごみの山に頭から突っ込まれたり散々な目にあったからな」
「どっちもどっちだ・・・」
お互いに譲れない所までやり合った結果、とうとうその時がやってきた。僧侶が目隠しをして行水をし始めた時にイシシ少年は仲間を引き連れて目隠しを取っ払った。仰天する僧侶に彼らはさらにトドメの一撃を見舞うのである。
「目隠しを取っ払った後ジジイの乗ってるタライを薄い板に乗せて坂から滑らせたんだよ」
「危なくないですか?」
「それくらいじゃ死なないとその当時は思ってた」
あっけらかんと答えるイシシに皆ドン引きしていた。ティナだけは腹を抱えて笑い転げていたが。
「そんで坂を滑ってったジジイは綺麗に町を駆け抜けてそのまま港の桟橋まで滑ってって海に落ちたんだ」
奇跡的に僧侶はタライに乗ったまま怪我一つなく海までたどり着いた。そして仰天する漁師や船乗りたちによって助け出された。イシシ少年たちの初勝利であった。
「いやー、痛快だった。あのあと親父たちに滅茶苦茶に殴られたがな」
「それで護符がもらえなかったの?」
「いや、ジジイもそれまでに俺たちにしたことで思う事があったみたいでな。俺たちは紳士協定を結んだ」
お互いのプライドのぶつかり合いになった戦いは無事に終結したかに見えた。
「紳士協定?」
「あのじーさんの任期が決まってたからな、その間お互いに大人しくしとこうって話になったのよ」
しかしその平穏はイシシ少年がウェパルの赦しを貰う時期が近付いてきた時に起こった。
僧侶が突然厳しくイシシ少年たちに素行不良を治すように言い出したのである。
これにはお互いに不可侵を決めた紳士協定の違反だとイシシ少年は怒りを覚えたのだが・・・。
「なんで突然厳しくなったの?」
「その時の俺は知らなかったが日光教からエライさんが来てたんだよ」
子供が粗相をしてはならないと僧侶は子供たちに声を掛けて回ったのだろう。しかしそんな事情をしらないイシシ少年は再び僧侶に悪戯を敢行することにした。そしてそれが悲劇の幕開けになったのである。




