騒ぎの後で その2
それからしばらく、ガスタンは職場に休養の連絡を入れた。事情としては表向きは街で突然妖精食いの襲撃を受けて思わぬ負傷をしたということにした。
「おごご・・・」
「これは酷いな」
解呪を行う術師はツテで優秀な者を呼んだつもりだったが派遣されてきた術師はガスタンの状態を見るなり顔をしかめた。
「どういうことです?」
執事がしゃべれない主人に変わって術師に尋ねる。術師は時折魔法の籠っているらしいルーペをつけてガスタンを観察し、それを手と足、顔に交互に見やりながら言う。
「呪いが連動してるんですよ、妖精が結託して呪いをかけたんでしょうな」
「連動している?」
「ええ、解呪してもどれかが残るようにね。一つ目は容易いが、二つ目は至難、三つ目は諦めた方がいい」
その言葉にガスタンと執事は仰天した。それではどこかに不都合が残るということだ。冗談ではない。
「うご、おっごご・・・!」
「旦那様、お気を確かに・・・!」
怒り顔のガスタンを見て術師はやれやれと溜息を吐いた。
「そりゃ不満があるのはわかりますがね、自分としてはこんなに妖精に恨みを買った人間がいることに驚きなんですよ」
術師は呪いの専門家らしくこの呪いが誰の仕業か見当がついているようだった。そして彼は因果応報の理に重きを置くタイプでもあったようだ。というのも呪いというのは精神の強さ、言ってしまえば恨みの深さによって強弱が決まる事が多い。妖精や精霊という個体や一族の呪いや祝福に一家言あるような存在に恨まれるようなことをしたこの男が悪いと暗に言っている。
「報酬はちゃんと支払ったはず、仕事をしてもらわない事には困りますな」
「三カ所、しかも順番に難易度が上がる依頼なんて貰った金額に見合わないんですよ?それも妖精のだなんて」
とりあえずどこからにします?と術者は言う。するとガスタンは自分の顔を指さした。
術師はそれを見て頷くと鞄から瓶を取り出して杖でその口を叩いた。
「『呪いよ、此処に入れ』・・・リムーブ・カース!」
術師の魔力が杖の先に灯ると瓶の口を叩くリズムに合わせてガスタンの顔から呪いらしき黒い煙が染み出して瓶の中に吸い込まれていった。そして術師はその瓶に厳重に蓋をするとそのまま革袋に入れて鞄に入れた。
「さて、これで一カ所目です」
「ぐ・・・く、これれ、ようやく喋ることができる」
呪いが解けてガスタンは自分の顔を撫でながら言った。呪いのあるうちは感覚も曖昧だった為に顔の強張りが抜けず困っていた。しかしこれである程度の不便は取り除かれる。
「それで、あとはどうします?」
術師はどこか嫌そうにもう一つの瓶を取り出した。難易度もさることながら生まれつきの妖精は関係者も恨むことがあるからだ。肉体的な繋がりの無い妖精にとって呪いを解除する者は当たり前だが敵対者を助ける存在に他ならない。許していない相手の呪いを勝手に解くということは自分と敵対するということ。
妖精たちに仕事でそうしているという言い訳は通じないのだ。
「そうだな、足にしてくれ」
「よろしいのですか?」
ガスタンの言葉に執事は驚いた顔をした。利き手の感覚が戻らなければ魔法は使えない。人間は繊細な動作や感覚器官が宿っている手を主な魔力の放出源にしている。そうでないと魔法の暴発や不発を招く恐れがある。
そしてなにより魔力の増幅や魔法制御を行う杖を握れない。
「足ですか、失礼ですが魔法使いの方ですよね?」
当然というべきか術師も不思議そうな顔をした。足ならば義足のように補助の器具をつけ、それを魔法の言葉を刻めば生身ほどではないにしろ補助できる。しかしそれをしない理由とはなんだろうか?
「呪いというのは解除は難しくとも色々と別のやり方があるだろう」
それを聞いて術師は内心で唾を吐いた。呪いをやり過ごす方法はいくつかある。一つは妖精本人の許しを得て解除してもらうこと。もう一つは術師がしたように第三者か自身の力量によって解除してもらうこと、そして最後は・・・
(この男、誰ぞに呪いを押し付ける気か・・・)
他者に呪いをなすりつけることである。人倫に悖る行動であるが呪いを解除するには手っ取り早い方法でもある。
そしてこれのもう一つのメリット。それは呪いを相手を貶める攻撃手段とするときだ。
自分の利き手に掛けられた呪いを相手に押し付けた際には左右の手どちらの区別なく必ず相手も利き手に害が出る。
効果を知っているので相手がどのように不便しているかが良くわかるというわけだ。
「そうですか、じゃあ足の方解除しときますねー」
術師は努めて平静を保ちつつ足の方の呪いも回収した。そしてガスタンが立ち上がって何やら考え込んでいるのを見ながら執事に手を差し出した。
「さ、二回分なんで追加お願いしますよ」
「話が違いますな、料金は前もってお支払いしました」
執事がしれっと答えたのを見て術師は露骨に舌打ちをしたのちに仕事道具を仕舞い、そそくさと屋敷を出ていった。
「ギュント家に災いあれ、妖精の怒りあれ」
そして屋敷の門扉に呪いの籠った瓶をぶつけて呪いを振りまくと術師は踵を返した。
体外に出た呪いは行き場を失っていずれ霧散するがこうしておくことで術師は妖精に義理を通すのである。
見た目通りかなり失礼かつ敵対的な行動だが払いを渋り、悪事の片棒を担がされた術師からすれば正当な抗議であった。




